第43話 期末試験

 週が明けて、いよいよ期末試験が始まった。

 月曜から木曜にかけて毎日いくつかの科目の試験がある。


「どう珠李、試験大丈夫そう?」


 すぐ隣の席から、未来が今日も、瑠璃色の瞳を眼鏡越しに向けてくる。

 本当に、姉妹でそっくりだよなー、と実感しながら、

 

「一応一通りはやったけど、一日目のしょっぱなが理科って、どういうことだよ。これは学校から俺達へのいじめだな」


「でも、最初に難しいのがあったら、後が楽だよ?」


 未来はそう言うけれど、何せ俺は、理系科目は何年かぶりの試験なんだ。

 この高校に入る時は、英語、国語の試験だけだったので。


 とはいえ、高校に入りたいと思ったのは自分なので、あまり文句ばかりも言えない。


 試験開始時間前になって、神代先生が助手の人と一緒に、白い紙の束を抱えて姿を現した。

 そうだ、試験期間中は個別の授業が無いので、担任の神代先生が毎回姿を現すのだ。


 ほおお。

 今日は青色のノースリーブに白のスカート、ちょっと清楚系のイメージだな。


「じゃあ初めて」


 そう言われて、詰め込んだ知識を総動員して活字に向き合うけれど、中々答えに辿りつけない時間が続く。

 途中、見回りで神代先生が傍を通るけれど、流石に今日は、余計なところに目を向けたりする余裕はなく。


 あまり埋まっていない答案を見られたのではないかと、小恥ずかしさが胸に漂う。


 何とか空白が無いように埋めるとすぐに、「はい、やめて!」の号令が響いた。


 答案を裏返しにして前の席に回して、やっと一つが終った。


「疲れてるね、珠李?」


「これ、四日間あるのかあ。死にそうだなあ」


「そんな大げさな……」


 ぐったりと机に突っ伏す俺に未来が苦笑していると、夢佳が合流してきた。


「もうだめ、死にそう……」


「あはは、二人とも、同じこと言ってるね。でも今日は午前中だけだから、早く帰れるよ?」


「帰っても、明日のがあるしなあ。珠李、英語教えてよ」


「一通り教えただろ。あとは覚えるのみだ」


「二人一緒の方が、覚えられる気がしない?」


「しない」


「もう~~ ……」


 夢佳は頬を膨らませて、じとっとこちらに目線を投げる。

 そうだ、夢佳なら、何か知っているかなと思い立ち。


「なあ夢佳、『ミカコ・ツチヤ』ってブランド知ってるか?」


 そう問うと、彼女はキョトンとした顔になって、まるで初対面の者を見るような眼を向けた。


「知ってるけど、珠李、興味あるの?」


「ああ、ちょっとな」


「若い女性向けのブランドよ。土屋美香子っていうデザイナーの大御所がやっているブランドで、うちのグループが製造や販売をやっているわ」


「そうか。それって、鬼龍院の本家か?」


「そう、ね。跡取の御曹司が広告塔で、派手にやっているみたい」


 そうなのか。

 やはり、夢佳を呼ばなくて正解だな、と思っていると、


「そう言えば、夏にファションショーがあるわよ? 確か八月最初の日曜日だったかな?」


 お? 知っていたのか?


「もし行きたいんだったら、入場券ゲットするわよ? お父さんに言えば何とかなるかも」


 う、それは…… 非常にまずいな。

 何とか阻止しないと、神代先生と一緒に行くのがばれてしまう。


「いや、ちょっと気になっただけだから、別にいい」


「そお?」


「ああ。さ、次の試験は何だっけかな…… ふふ~ん♪」


 不自然な鼻歌とかも歌ったりして、何とかこの話題は封殺しようとしてみる。


「そう言えば私、その御曹司から、一緒に来いって、しつこく言われているのよね」


 おいおい…… 勘弁してくれって。


「そ、それはあれだな。嫌なら嫌で、きっぱりと断った方がいいな、うん!」


「……どしたの珠李? 何だか声が上ずってるけど?」


「いや、そんなことはないけど……」


「珠李がどっかに誘ってくれたら、理由をつけて断りやすいんだけどなあ」


 そんなの、何とでも理由つければいいだろうと、胸の中で独り言ちながら、


「悪いけど、俺予定あるんだわ、その日」


「そっかあ……」


 夢佳が腕組みをして、困ったような顔で首を傾げていると、


「じゃあ、私が付き合おうか?」


 思いもかけない提案が、未来の口から漏れ出した。


「え、いいの?」


「うん。私、夏休みの予定あんまり無いから」


「サンキュー! じゃあそうしようよ!」


「オッケー!」


 金髪女子と眼鏡女子とが意気投合して盛り上がっていると、神代先生と助手の人が、次の試験用紙を抱えて、教壇に立った。

 

 ひとまず、好ましくない将来は回避できたかなと一息つきながら、机の前に向き直る。


 それから、二時限目、三時限目と試験を終えて、初日の日程は無事終了。

 心地よい倦怠感と開放感が、体の中に充満していく。


 神代先生は助手の人に何か指示を出してから、こちらをちらりと一瞥して、多分憔悴しきっていたであろう俺の顔に、一瞬笑顔を送ってくれた。


 ありがとう、これで明日からも、頑張れそうです。


 そんな俺とは対照的に、ほとんど疲れを見せない未来が、


「どうする? 勉強会やってく?」


 そうだな、明日って、なんの科目だっけかな?

 未来に訊いてみると、


「えっと、保健体育と国語と、数学かな」


 うわあ、理系科目の王様があるじゃないか。


「数学は、教えてもらえたら嬉しいかも……」


「分かった。じゃあお昼食べたら、図書室かな?」


「ああ、助かるよ」


 そんな会話をしてから夢佳も合流して、お昼はどうしようかといった会話をしていると、赤石と青芝が近寄ってきた。


 何だ、いつになく、真面目な顔つきだな?


「なによ、私達これから勉強するんだから!」


 二人に正対した夢佳に早速に凄まれるけれども、彼らは表情を変えない。


「藤堂、ちょっと時間あるか?」


「え、俺か?」


「ああ、ちょっと話があるんだ」


 何だろうな、一体?

 重たい目をしていて、恋愛相談とかそういった、楽しい話ではなさそうだ。


「ああ、分かった。夢佳と未来は、先に飯に行っといてくれるか?」


「「は~い」」


「ここでは喋りにくいんでな、顔貸してくれ」


「ああ、いいよ」


 赤石、青芝、そして俺の三人は、ほとんどのみんなが帰り支度を始めた教室を後にして、人気のない場所を探して歩いた。



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