第42話 招待チケット

「霧島さん、未来と喋ってもらったら、いいんじゃないですか?」


 思ったことをそのまま口にした。

 思いはあっても、言葉にしないと伝わらないことも多い。

 特に、ずっと離れ暮らしていて、姿が見えなければ尚更だろう。


「そうですよね……」


 霧島さんは申し訳なさげに、肩をすぼめて俯く。


「お恥ずかしい話なんですけど、父と母の仲が悪くって、お互いの家に行き辛いんです。それに私自身、ずっと自分のことで手いっぱいで。でも、そんなこと言ってたら駄目ですね」


「駄目とは思いませんよ。霧島さんだって、頑張ってることはあるんだから。でも、今の未来なら、話はできると思いますよ」


 とはいえ、別に根拠がある訳ではない。

 ただ少なくとも、俺や夢佳の前では、普通に接してくれるようになっている。

 彼女も実の姉のことは嫌いではないはずなので、そうできると信じたいところだ。


「そうですね。ちょっと考えてみます」


 自分に言い聞かせるように深く首を振って、今日一番の柔らかい表情を見せてくれた。


「せっかくだから、霧島さんのことも聞いていいですか? 仕事とかって、忙しいんでしょう?」


「そうですね。お休みはほとんどないし、学校にもあまり行けてないです。脇役だけど映画の撮影とかも始まっていて、今は特に。あ、そうだ!」


 明るい声を上げてから、持っていた鞄の中をごそごそと漁り出す。

 そこから真っ白い封筒を取り出して、白木のカウンターテーブルの上にそっと置いた。


「これ良かったら。私も出ているファッションショーの招待券なんです」


「へえ。ファッションショーですか?」


 封筒の中を覗くと、カラフルに印刷された紙片が2枚。

 

「『ミカコ・ツチヤ』ですか?」


「はい。私がお世話になっているデザイナーの先生やお弟子さん達のショーなんです。私もモデルで参加するので、お時間があれば是非」


 取り出して、表裏に目を通してみる。


 ―― あれ?


「あの、鬼龍院グループ協賛ってあるんですけど?」


「はい。イベントのメインスポンサーですし、『ミカコ・ツチヤ』ブランドの販売なんかもやられてて」


「はあ、なるほど……」

 

 また鬼龍院か。

 よほど手広くやっているのか、世界は実はスモールワールドなのか。


「あの、一応非売品なので、転売とかはやめて欲しいです」


「へえ、結構貴重なものなんですね。もちろん、そんなことはしませんけど。逆に、そんなの貰っていいんですか?」


「はい、是非」


「ありがとうございます。誰かを誘って行きますね」


 そう伝えると、霧島さんは嬉しそうに頬を緩めた。


 その後、デビューの経緯やら、バラエティ番組の裏側やら、歌が好きだとか、そんな話をたくさんしてもらった。

 霧島希美本人とこうして話せるなんて、彼女のファンからしたら生唾ものなのだろう。

 けれど俺にとっては、未来のお姉さんなのだという意識の方が、ずっと強かったりする。


「そう言えば、水着の写真を見せてもらいましたよ」


「え……そうですか。それは、あんまり自信はないから……」


「いえいえ、すっごく綺麗でしたよ。俺も写真集買っちゃおかうと思いました」


「……ありがとうございます……」


 彼女は少しだけ頬を赤らめて、口の端を歪めた。

 今度、AMEZONで探してみるかな、と心の中で独り言を言う。


「ありがとうございましたあ!」


 ひとしきり喋ってお腹も満足したところで、板前さんの声に見送られて、店を後にした。


「あの、本当に、ご馳走になっていいんですか?」


「はい。寿司が食いたいって言ったのは俺だし、面白い話も聞けたし。それに、チケットのお礼もありですから」


「そんな……今日お願いしたのは私なのに…… でも、ありがとうございます。今日はお言葉に甘えますね」


 徹頭徹尾明るくて礼儀正しくて、宝石のように美しい。

 この姉の陰で苦労したという未来の言葉には、重みを感じざるを得なかった。


 チケットをもらったファッションショーは、期末試験や林間学校の後、夏季休暇の最初の頃に予定されている。

 チケットは2枚あるので誰を呼ぶか、この時点で俺の中では神代先生の一択だ。

 鬼龍院グループ協賛ということは、そこの一族が出席することもあり得るので、夢佳は呼びにくいし、何が起こるか分からない。

 未来を呼んでしまうと、チケットをもらったのが姉からということがバレる可能性がある。


 もちろん、先生の都合が合えばの話だけれど。


 10分の帰り道をまた並んで歩いて、エレベーターの個室でサヨナラを交わしてから、霧島さんとは別れた。


 部屋に戻ってソファに腰を埋め、


 神代先生に、連絡を入れてみるかな。

 スマホを手に取り、画面上で指を滑らせる。


『こんばんは、先生。夜遅くにすいません』


 冷蔵庫に向かい、缶ビールを取って戻ると、もう返信が届いていた。


『いいえ。勉強、進んでる?』


『はい、ぼちぼち。先生は、八月最初の日曜日、空いてますか?』


 そう送ってから、暫く返信がない。

 スケジュールの確認なのか、それとも迷っているのか。

 考えてみると、先生と生徒が休日に会うのって、かなりレアだしな。


 落ち着かない気持ちで待っていると、着信が表示された。


『空いているわよ』


 その何文字かのお陰で、胸の中が晴れ渡った気分になる。


『ミカコ・ツチヤって人のファッションショーのチケットがあるんです。一緒に行きませんか?』


『ファッションブランドのデザイナーね?』


 流石、洋服のセンスもいい神代先生、ご存知のようだ。


『はい、みたいです』


『是非行きたいわ。でも私でいいの?』


『はい、大好きな先生と一緒がいいです』


 また暫く、返信が滞る。

 スマホの向こう側で、いつものように照れているのだろうか。


『恥ずかしわ、珠李君。でもありがとう。でもみんなには内緒ね?』


『はい、もちろん』


『何時からかしら?』


『15時からですね』


『じゃあその後、ご飯でも行きましょうか?』


『はい是非』


 無事に約束を取り付けて、胸の中で自分に向けて『イイネ』を連発する。


 ふと気付いたけれども、どこかで先生に、霧島希美が篠崎未来の双子の姉だってことは、伝えておかないといけないな。

 でないと、ステージ上の霧島希美を見た時に、目が点になってしまうかもしれない。


『珠李君、ファッションに興味があったの?』


 そう問い掛けられて、また一悩み。

 正直、あまり興味があった訳でもないのだけれど。


『知り合いからたまたまチケットを貰って。先生なら興味あるかなとも思って』


『ありがとう。大好きなの、ミカコ・ツチヤ』


『そうですか、それは良かったです!』


 先生との約束を取り付けて一安心。

 当日までに、どんなブランドなのか、少しは勉強しておこう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る