第35話 家にいたくないから

 土曜日は、夜遅くまで未来と一緒に過ごした。


 空港で静かな時間を過ごしてから、ショッピングやゲームセンターで動き回り、俺のリクエストでホルモンが売りの焼き肉屋に足を運んだ。

 全然ムードも何もない、おじさんで満載の店だったけれど、味は絶品で、二人して大いに食が進んだ。


 それから夜の公園を散歩して、ベンチで腰を下ろした。


「ねえ、珠李と鬼龍院さんって、付き合ってるの?」


「いや? なんでそんな話になるんだ?」


「なんでって…… 噂話が聞こえてくるわよ。いつも一緒にいるし」


「そうか。ただでさえ、あいつ目立つからな。ちょっと距離を置くかな」


「可哀そうよ、そんなことしたら。でもそれだったら、私が珠李と喋っていても、平気だね?」


「ああ。友達なんだから、全然いいと想うぞ」


「だって、珠李と喋ってる時、鬼龍院さんの目つきが怖かったからさ」


「そうか。流石、クラス最強の女だな」


 なんだか変なレッテルを貼ってしまったけれど、未来には受けたらしく、目鼻立ちの整った顔を崩して笑っていた。




◇◇◇


 その次の日曜日は予定がないので、運動と勉強で平穏な時間を過ごす。

 面倒くさいので朝飯と昼飯は適当に済ませ、真面目モードで教科書や参考書と向きあう。


 その分、夜はどこかで、自分にご褒美を与えよう。

 その決意をモチベーションに、垂れ下がる瞼を強引にこじ開ける。

 悲鳴を上げる脳みそを、頬からの痛覚を通じて刺激し続ける。

 

 太陽が西の空に沈みかけてから、スマホに着信があった。


『珠李、今ひま?』


 ―― 暇ではないぞ、夢佳。

 俺は勉強を終えて、これから腹を満たしに行くんだ。


『暇ではないが、どうした?』


『ちょっと家にいたくなくて』


『そうか。じゃあ外に出たらどうだ?』


『一人だと寂しいなあ』


 ―― 夜の自堕落なバラ色プランが、台無しになりつつあるが。


『なんかあったのか、家で?』


『本家のおぼっちゃんに呼ばれてて』


 なるほどな、何か理由を付けて、外出したいのだな。


『じゃあ、俺が誘ってやるよ。その代わり晩飯は、俺の趣味に合わせてもらうぞ?』


『ありがとう。それでいい』


 何だか素直だな。

 らしくないなと気になりながら、外出着に袖を通す。


 約束した待ち合わせ場所に赴くと、遠目からでも目立つ金色の髪が目に入った。

 青っぽい上下のシャツとスカート姿、上品なお嬢様と言った風合いだ。


「夢佳!」


「あ、珠李~!」


 口の端を緩めて、駆け寄ってくる。


「急にごめんね」


「いや、いいけどさ。お前ん家も大変なんだな」


「まあね……それより、どこ行くのかしら?」


「まだ決めてないんだけどな」


 適当に街をブラついて、目に入った店に行こうかと思っていたのだけれど。


「ホルモン焼きにでも行くか?」


 昨日、未来と一緒に焼き肉屋に行ったばかりだけれど、アルコールは控えていたので、今日はそのリミットを外したいのだ。


「私、内臓系ダメなの……」


「面倒くさい奴だなあ」


「ごめん……」

「まあいいや。なら…… 鍋にしよう」


「鍋?」


「ああ。鍋は一人よりも、人数が多い方が美味いんだ」


 以前から目を付けていた水炊き料理の店の暖簾を潜る。

 結構な人気店らしく、店内はすでに大勢の客が腰を下ろして、歓談に興じていた。


 和装姿の店員さんに通された先で、向かい合って座る。


「ここは、鳥の水炊き屋さんなんだよ。コラーゲンたっぷりで、美容にもいいぞ」


「へえ、久しぶりだな。前に博多で食べたっきりだ」


「そうだな。ここの本店は、博多にあるみたいだしな」


 上品そうな店員のお姉さんに、オーダーを伝える。


「鳥の水炊きセット二人前と、鳥刺しと生レバー。あと、ウーロン茶と生中で」


「ありがとうございます。では、少々お待ち下さい」


 お姉さんがいなくなってから、


「今日ははめ外してもいいよ、珠李。私が家まで、送って行ってあげるから」


「大丈夫だ。多分2、3件はしごしても、俺の意識は無くならないさ」


「そう。つまんないの」


「お前、家に帰りたくないのか?」


 夢佳が上目遣いで、おずおずと綺麗な眼を向ける。


「うん。家にいると本家からお呼びがかかって、その後どうなるか……」


「また、触られるってか?」


「それだけなら、まだいいんだけど……」


 言いにくそうに、唇を噛んでから、


「結婚の約束をさせられそうで」


「結婚? お前ら、親戚じゃないのかよ?」


「親戚だけど、遠い親戚ね。だから、結婚も一応できるのよ」


「本家のおぼっちゃんに、気に入られてるってことか?」


「そう、ね…… 昔からそんなこと言われていたけど、最近激しくなってきててね。お父さんも反対はしてなくて。娘が本家に嫁いだら、心強いじゃない?」


「はー、政略結婚みたいなものか?」


「まあ、そうなるのかな……」


 夢佳の身の上を聞いていると、飲み物やら、出汁が入った土鍋やら、野菜や肉やらが、次々に運ばれてきた。

 

「そうか。じゃあ今夜は、俺がお前に付き合ってやるよ。家に帰りたくなるまでな」


「あ、私は別に、帰んなくてもいいよ? 珠李のお家に……」


「すまん、今日は却下だ」


「……つまんないの」


 唇を尖らせて、恨めしそうな眼を向けてくる。


 ビールを喉に流して、具材を鍋の中に放り込んでから、鳥刺しやレバーを摘まむ。


「そう言えば、未来との話は、どうだったの?」


「ああ、色々と聞いたんだけど――」


 俺から喋っていい話って、あまり無い気がするな。


「ちょっと事情があって、自分の顔を見せたくないみたいだな」


「事情?」


「自分の顔のことで、昔嫌なことがあったらしい。まあ、彼女なりに、悩んだ結果らしいけどな」


「……なんか、よく分からないけど」


「霧島希美ってアイドル、知ってるか?」


「えっと……よく男子が噂してる子よね? 歌や雑誌とかでよく見るわよね」


「その子と双子で、お顔がそっくりなんだよ」


「……はあ???」


 夢佳が思い切り顔を崩して、驚きを披露する。


「それ、人気アイドルと、双子の姉妹ってこと?」


「まあな」


「そんな……まさか……」


「なあ、その霧島希美って、そんなに凄いのか?」


「めちゃくちゃ人気よ、今。それでなんで、顔を見せたくないの?」


「まあそこは、折を見て、彼女に直接訊いてみてくれ。けどやっぱり、素顔は超絶綺麗だったぞ。だから、もっと自信を持てよって、言ってやったんだ」


「そんなに綺麗だったの?」


「ああ。お前も綺麗だけど、多分負けてないぞ。モデルやアイドル顔負けだ」


「そっかあ……なんか珠李、嬉しそうね……」


 なんとも微妙な表情を浮かべて、目線で俺をなでる夢佳。


「あ、林間学校の班に入ってくれって、お願いしといたぞ。これであと二人だな」


「そうなのね。どうしようかな……」


「最悪、赤石んとことくっつくとかでいいんじゃないか?」


「……それ、未来が可哀そうよ、多分」


 ……そう言われてみれば、そうかな。

 謝ってもらったとはいえ、今まで降り積もったものが、急に消えて無くなるはずもなく。


「他に、誰かあぶれてるっぽい子を探しましょうか」


「別に三人でもいいんだけどなあ。バーベキューやって、肝試しやるだけだろ?」


「それと、自由散策ね」


 最終何人が参加するのか知らないけれど、ぴったり5で割り切れるかどうか分からないよな。

 あんまり深く考えないようにしよう。

 いざとなったら、神代先生に、相談すればいいのだ。



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