第34話 遠い空

「俺のこと、いくつに見える?」


「え、年のこと?」


「そう」


「高一だから、15とか16じゃないの?」


「ブーッ、外れです。今年で21になるんだ」


「……ええ……? じゃあ、もう大人じゃない!?」


 普通は、こんな大人がクラスに交じっているとは、夢にも思わないだろう。 

 ぱっちりと見開かれた瑠璃色の瞳が、驚きの大きさを物語っている。


「大人っぽいなとは、思っていたけど……」


「それ、老け顔ってことだよな?」


「う、ううん、そうは言わないけど…… 転入してきたばっかりなのに、落ち着いているっていうか」


「学生をするの久しぶりだから、何にも分からずに、好き勝手やっているだけだよ」


「今の高校に入る前は、何やっていたの?」


「覚えていないんだよ」


「何よそれ?」


 意味が分からないと言いたげな、白け気味な視線で刺してくる。


「本当なんだよ。15歳くらいから最近までの、記憶が無いんだ」


「え……ホントに?」


「ホント」


「私を笑わせようとして、からかってない?」


「ないよ」


「……どうして……?」


「どうしてなんだろうな。それが分かったら、色々と思い出せるのかも知れないけどね」


 年上で記憶喪失、こんな激レアな生徒が隣の席で、今は目の前にいるのだ。

 想定を超えた話に違いないだろう。


 けど、篠崎さんはすぐに、普通の女の子の表情にもどった。

 

「ちょっとびっくりなんだけど」


「な、変な奴だろ、俺?」


「確かに。お互いに変な奴なのかもね、私達」


「な? だから、篠崎さんは篠崎さんのままでいいと思うぞ。けどできたら、その綺麗な顔、もうちょっと自慢してもいいかもな。俺は大好きだぞ、篠崎さんのその顔。俺はお姉さんのことは知らない。篠崎さんは、篠崎さん。一人しかいないんだ」


「……藤堂君……」


 口元を緩めて、きゅっと肩をすぼめる篠崎さん。

 その仕草に、つい心をくすぐられる。


「うん。やっぱ、綺麗な女の子だよ、篠崎さんは。自身を持ちなって。何かあったら、俺が力になるからさ」


「……ありがとう」


 赤く染まった顔で、コーヒーカップに唇を寄せる。

 こうして見ると、はにかんだ笑顔が似合う、普通の女の子だ。


「こんな話ができるの、藤堂君だけだ……」


「これからもっと、知り合いを増やしていけばいいさ。夢佳なんかもちょっと変わっているけど、悪い奴じゃないぞ」


「夢佳……鬼龍院さんって、思ったより怖く無いね?」


「そうだな。あいつのイメージって、そんな感じなのか?」


「そうね。だってお嬢様だし、赤石君達とタメで喋っているし」


「……確かになあ。あのクラスの中では、夢佳が最強なのかもな。そうだ、篠崎さんも、林間学校に行きたいんだったよな?」


「あ、まあ一応」


「なら、良かったら、俺達の班に入ってくれないか? 俺と夢佳だけだと、ダブルぼっちになりそうなんでな」


「ダブルぼっちって……何よそれ?」


「今俺が作った言葉だ」


「ふふっ。いいよ。じゃあ、あと二人探さなきゃね」


「それな」


 と言っても心当たりはない。

 最悪、赤石達と合流して七人ってのもありなんじゃないかと腹を決めかける。

 人数が足りないよりも、多めの方が、多分ましだろうし。


 一しきり話を終えて息をついてから、さあこれからどうしようかといった話題になった。


「篠崎さん。空港にいかないか?」


 そう俺から提案すると、篠崎さんは目を丸くした。


「空港? いいけど、なんで空港なの?」


「たまにふらっと行くんだよ。じっと空を見て、呆けているだけだけどな」


「変なの。でも、いいよ。のんびりできそうね」


 小顔を縦に振る篠崎さんと目を合わせて、席を立った。


 国際線が行き来する空港に向かう途中に何度か、「霧島希美さんですか?」と、通行人から声を掛けられた。

 その都度、


「すいません、人違いです」


「こいつ、似ているってよく言われるんです」


 と苦笑いを返して、そそくさと先を急ぐ。


「確かにウザイな、これ」


「でしょ?」


 本人じゃない篠崎さんでさえこれなのだから、本人の霧島さんは大丈夫なのかと、会ったこともないのも勝手に心配してしまう。


 そんなトラップを搔い潜って、空港に着いてから気づいたけれど、今日はよい天気。

 鯨のような白い雲が青い空を泳いでいる。


 展望デッキで座っていようと思っていたけれど、この日差しは女の子の白い肌には、良く無いな。


 なので、滑走路が望める喫茶店の、窓際に陣取った。


 白い機体が次々に滑走路を滑り、ふわりと浮いて、あっと言う間に彼方へと消えていく。


 今日二杯目のコーヒーを口に運びながら、その一つ一つを目で追っていく。

 青色のキャンバスに描かれる白い軌跡に、遠い異国への旅路を重ね合わせる。


「ねえ、藤堂君?」


 不意に、篠崎さんに声を掛けられた。


「んん?」


「珠李君って呼んでいい? 鬼龍院さんみたいに」


「ああ。それなら、『君』はいらないよ、未来。面倒くさいし」


「……珠李は、外国へ行きたいの?」


 普通の女の子の笑顔を向けながら、未来が問い掛ける。


「そうでもないさ。俺は、日本に帰ってきたばっかりだからな」


「え、てことは、外国にいたの?」


「ああ、多分。アフリカのルイジェリアさ。三か月前に、日本へ帰って来たんだ」


「ルイジェリア…… よく知らないなあ」


「俺もよくは知らない、ていうか、覚えていない。色んな人種の人がいて、自然が豊かな国みたいだけど。最近までずっと内戦が続いていたらしいな」


「もしかして、そこでのことを思い出そうとしているの?」


 そうかも知れない。

 けれど、足踏みをしてしまう自分もいる。

 知ってしまうのが怖くもあり、でも知らないと、前に進めないような、そんな逡巡。


 近頃思う。


 多分自分は、普通の人より強いんだ。

 神代先生を助けた時も、全く恐怖心とか迷いを感じることなく、体が自然に動いた。

 睨みを利かせると、屈強そうな相手が、子猫のように大人しくなる。


 こんなの、どこで身についたんだ?


 それに、いつも夢に出てくる彼女。


 どこかで会ったことがあるのだろうか?

 思い出せない。


 けれど、声なき記憶の断片が、パズルのピースのように、頭に浮かんでは消える。

 眩く輝きながら揺れる金色の髪、宝石を宿したような瑠璃色の瞳、そして白くて柔らかな肌の温もり……


 それらが一つになりかけて、また淡く消えていく。

 

 高校に入ってから、そんなことを抱えるようになった。


「なあ、未来」


「なに?」


「もし俺が、普通の人間じゃなかったら、どう思う?」


「……なに、その質問……?」


 急にそんな言葉を投げ投げ掛けられて、未来は顔を強張らせる。


 四か月前にルイジェリア日本大使館の前にいた俺は迷彩服姿で、血に塗れていた。

 

 そして、自分でも理解できない謎の強さ。


 導き出される答えは……

 

 軍人、しかも自分の手を血に染めた。


 本当なら、地球の裏側の遠い世界に出てくるような存在。

 

 それを思い出した時、その先には、何が待っているのだろうかな。




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