第31話 初デート?

 そう言えば、期末試験が近いんだったよな。

 夜更けに一人でぼんやりしていて、ふと思い出す。


 高校生になった以上、勉強はしておかないといけないのだろうけど。 

 せめて、まだ勝負になりそうな英語だけでも頑張っておくか、それとも社会や数学といった難攻不落に挑むか、なかなか腹が決まらない。


 悶々としていると、スマホがピコンと音を奏でた。

 お、神代先生からだな。


『こんばんは。どうしてる?』


 どうしようかな、えっと……


『部屋で、幸奈さんのことを考えていました』


 英語=神代先生、とのことで、強引に結びつけてみる。


『珠李君、いきなりそんなの、恥ずかしいじゃない(汗)』


『ごめんなさい。今日はもう、家ですか?』


『うん。お風呂から上がったとこよ』


 そう言われて、先生との一夜のことを思い出してしまって、一人で思いっきり赤面する。


『期末試験、大丈夫そう?』


 どうやら、そのことを心配してくれていたみたいだ。

 転入生を預かる担任の立場としても、気になるのだろう。


『大丈夫ではないですが、英語だけはそれなりに頑張ろうと思います。他は、ぼちぼちできるところまでで』


『そうね、頑張って』


『はい』


 心配かけないように、少しでもやらなきゃな。

 俺の成績が悪いと、先生にも迷惑がかかるかも知れないし。


『期末試験が終わったら、ご飯でもどう? お礼もしたいし』


 お礼――

 赤石達のことかな。

 そんなに気を使ってもらわなくてもいいのだけれど。


 でも、先生のお誘いを断る理由も無く。


『是非行きましょう! お礼なんて固いものは、いりませんけど』


『ありがとう。楽しみにしているわね』


『はい、自分も楽しみです』


 何だか俄然やる気が湧いてきて、体が熱くなってくる。


 よし、まずは英語やろう。

 

 教科書を開いて、その日の夜が更けていく。


 そして夜が明けて。


「……またあの夢か……」


 明け方近くにベッドに入って微睡んでいると、いつも見る夢で目が覚めた。


 そこは真っ白い光に包まれた世界。

 右も左も分からず、足元がおぼつかない中、遠くから歌声が聞こえる。

 そっちに体を進めると、金髪の女の子が立っていて、俺に優し気に微笑みかける。


「あなたに会えてよかった。ありがとう、さようなら……」


 そんな言葉を、春にそよぐ風のように、俺に流してきて。

 彼女は俺の元から去って行って戻らない。


 ―― 誰なんだろうか?

 思い出せない。

 でもきっと、大切な誰か。

 理由は無いけれど、それだけは確信できる。


 汗が滲んだ額に手をやりながら、枕もとにある時計に目をやると、針は8の数字を超えていた。


 今日は篠崎さんとの約束がある。

 そろそろ起きた方がいいな。


 そう言えば、女子高生と休日に会うのは初めてだ、記憶に残る限りでは。

 デートと呼べる気は正直していないけど、記念すべき日ではある。


 シャワーを浴びて、服装を選んで、鏡の前で少し粘って。

 姿見に映っていたのは、結局、いつもと変わらない俺。

 しかたないよな、だって、俺なんだから。


 約束の時間に間に合うように、待ち合わせの場所に到着して、周りに首を振る。

 周りには、時計を気にしている女性、そわそわと首を動かす男子、杖をついてのんびり歩く老女……いろんな人が広場に集う。

 眼鏡とマスクの少女にロックオンしたいけど、まだ姿は見えない。


 「藤堂君?」


 約束の時間間近になって、背中越しに声がした。

 振り向くと、そこには知らない女の子がいた。


 丸首の黒いシャツに、青色と白のチェック柄のミニスカート姿で、真っ白な脚が眩しい。

 赤色の刺繍がある黒の帽子を目深に被って、茶色のサングラスを掛けている。

 すっと通った鼻筋と、淡いルージュを纏ったと思われる小さめの唇は、それだけで人の目を惹きつけるのに十分な美しさを宿している。


 あれ?

 でも、どこかで見たような……誰だっけ?


「どうしたの?」


「あの、どちら様で?」


「そっか、分からないかな。篠崎だよ」

「……はあ?」


「はあって……篠崎未来よ、私」


 そう言われても、目元はサングラスで覆われているし、鼻や口元は見た事がないのだ。

 それにしても……


「本当に……?」


「本当だってば」


「ねえ、ちょっと、サングラス取ってもらえないかな?」


「……仕方ないなあ……」


 か細く白い指でサングラスをつまむと、そっとそれを引き抜いた。


 ―― うわあ ――


 初めて、篠崎さんの素顔に触れた。


 綺麗っていう言葉では、とても足りないかも知れない。


 いつか見た大きな瑠璃色の瞳は艶やかで、頬はほんのり紅色、

 ずっと見惚れてしまいそうな、完璧ともいえる目鼻立ち。

 ちょっとつんとした唇が、可愛らしさも演出する。

 いつもとは違って髪の毛をそのままに流し、艶々としながら緩く揺れる。


 花を美しいと言ってしまうのは簡単だけれど、とてもそれでは言い尽くせないような。


「あ、あのさ……」


「なに?」


「綺麗、なんてものじゃないよ、篠崎さん……」


「なにが?」


「篠崎さんがだよ」


 適当な形容詞が浮かばずに、そのまま言葉にしたのだけれど、


「そう? ありがとう」


 俺の言葉を全く意に介さないように、さっとサングラスをかけ直した。


 眼鏡とマスクを取れば綺麗なんじゃないかとは思っていたけれど、それ以上の衝撃を受けて、胸の高まりが治まらない。


「さあ、どうしようか?」


「えっと、あの……」


「ちょっと早いけど、お昼にする?」


「ああ……そうしようか?」


「何が食べたい?」


「えっと……何でも」


「何でもっての、結構困るんだよね~」


 輝くような篠崎さんに見とれてしまい、まともに返せないでいると、


「あの、すみません……」


 全然知らない男子が、篠崎さんに声を掛けてくる。


「霧島希美さん、ですよね?」


「違います!」


「え、でも……」


「人違いです。さあ、藤堂君、行くわよ!」


 篠崎さんに服の裾を引っ張られて、そそくさとその場を後にした。



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