第30話 銀髪の男

 金曜日というのは、心が弾むものなのだろうな。

 始業前のクラス中、活気に溢れる雰囲気が満ちて、緩い会話が舞っている。


 まだ転入したてで、あまり疲れもストレスも感じていない俺には、正直関係がないのだけれど。


 そんな中、夢佳が血相を変えて、俺に詰め寄ってきた。


「ちょっと珠李、顔かしてよ」


「なんだよ一体?」


 彼女に即されて廊下の片隅に赴くと、スマホの画面を俺の顔面に押し付けて来た。


「これ、どういうことよ?」


「いや、その通りだけど?」


 そこには、こう表示されている。


『土曜日、篠崎さんと喋ってくるから』


 明日の土曜日は篠崎さんと約束をしているので、念のため知らせておいたのだ。


 口元を思いっきりへの字に曲げながら、顔を近付けてくる。


「これって、デートに行くってことでしょ?」


「いや、ちょっと会って、飯食って喋るだけだぞ」


「それがデートじゃん!」


「それだったら、俺と夢佳は、しょっちゅうやってないか? 学校の帰りとかでさ」


「学校の日とお休みの日って、違うでしょ!」


 そんなものかなと思うけれど、今の夢佳は、明らかに怒っている。


「篠崎さんが話したいことがあるっていうからさ。もしかしたら、眼鏡とマスクの理由も、訊けるかもしれないんだ」


「全く……私だって、珠李とのデートはまだなのに……」


「居酒屋デートしただろ? あれは俺の中では、ポイント高いぞ?」


「……それ、本当は私よりも、お酒の方が良かったってことない?」


「あ、ちょっとあるかもな、それ」


「もう~~!!」


 夢佳が掴みかかろうとするやいなや、無情にも始業のチャイムが鳴る。


 篠崎さんとは連絡先を交換していて、明日の11時に待ち合わせをしている。

 そこから先に何をするかは、全く未定の状態だ。


 教室に戻り自席に着くと、ほどなくして神代先生が、ツカツカと入室してきた。

 気のせいか、顔に精気があって、自信あり気に見える。


 今日はベージュ色のワンピース姿、本当に彼女は、何を着ても良く似合う。

 体のラインと美脚は、見惚れてしまうほどの造形美だ。


 今日は大した連絡事項はなかったのか、軽い雑談に終始して、あっさりと教室を後にした。

 ただし、去り際、ちらりと俺に視線をくれたことには、胸がチクリと反応した。


 一時限目の授業を終えてから、短い休息の間に、赤石に声を掛けた。


「なあ赤石、ちょっと訊きたいことがあるんだが?」


「なんだ?」


「背が高い銀色の髪の男、知らないか?」


「あ? なんだ急に?」


 唐突な質問だったのだろう。

 きょとんとした目を向けて、俺を訝しむ。


「昨日偶然、駅前で見たんだ。雰囲気が独特で、ちょっと気になったんだよ」


「独特って、なんだよ?」


「なんというか、近寄るだけでぶん殴られるか、切られそうな感じだな。しかも、かなりの強者っぽいんだ」


「……それ、見ただけで分かったってのか?」


「まあな。まあ、銀色の髪ってそうはいないだろうから、目立ってはいたんだろうけど」

 

 そう話を振られた赤石は、腕組みをして、周りにいる連中に声を投げた。


「なあ、お前達は、何か知ってるか?」


「他の高校とかじゃなかったら、最近幅を利かせてる、半グレ集団かもねえ」


 赤石の隣に突っ立っていた大田黒が、ぼそりと返す。


「半グレ?」


「ああ。聞いた噂だけだけど、この辺りでも最近、ちょくちょく顔を見るらしい。Y町が拠点らしいってくらいしか、知らないけどな」


「Y町の半グレ…… てことは、『GOKUMON』か?」


「かもねえ」


 大田黒の言葉に、赤石がうんうんと首を振る。


「何だその、『GOKUMON』ってのは?」


「洒落にならないって噂の連中さ。若い連中が多い分歯止めが利かないらしくてな。暴力団やマフィアよりもたちが悪いらしい。恐喝や盗み、売春、誘拐、薬、良くない噂には事欠かねえな」


「……なんか物騒な話だな。本当に、そんな連中いるのかよ?」


「ああ。知り合いの極道の人がぼやいていたからな。人のシマで好き勝手やりやがってってな」


「確かにそんな奴らには、近寄らない方が正解かもねえ」


 どっちもどっちみたいなもんだろうと思うけど。


 けど、確かにそんな連中の一人だったのなら、身を隠して正解だったのかも知れないな。

 本能というか、体が勝手に反応したような感じだったけれど。


「あ、そうだお前ら、篠崎さんには謝ったのかよ?」


「……今日の昼にでも声掛けるから、勘弁してくれ」


「うん。なら良し」


 赤石達との会話を終えて自分の席に戻って、この日の授業を消化していく。

 高校生活を経験したいと思って入学したけれど、ほとんど授業にはついていけていないので、今のところは苦行でしかなく。

 たんたんと話を聞いて、音が耳からそのまま抜けないように、頭の中に留める作業に、四苦八苦する。


 無事に放課後を迎えて、隣に座る篠崎さんに声を掛けてみる。


「あの、篠崎さん?」


「ん?」


「明日、よろしくね?」


「うん、よろしく」


 小首を小さく揺らしながら、応じてくれる。


「どこ行こうか?」


「別に、どこでもいいよ。街ブラして、話ができたらいいし」


「そっか……楽しみにしているよ」


「うん私も。けど、ちょっと迷惑を掛けるかも」


「迷惑?」


「うん。まあ、明日になってみたら、分かると思うけど」


「そうか。ならそれを含めて、楽しみにしているよ」


 何のことかよく分からないけれど、言葉を交わせて少しほっとする。


「そう言えば昼休みに、赤石君達が、謝りに来たよ」


「そうか。それは良かったよ」


「……ありがとう。藤堂君のおかげだね」


「いいや、別に。これからは、普通にやっていけたらいいな?」


「……普通に、ねえ……」


 何だろう?

 歯切れが悪くて、ちょっと気になるけれど。

 まあ、明日話してみて、少しでも彼女のことが分かるといいな。


 そんな会話をしていると、鞄を抱えた夢佳がやってくる。

 心なしか、篠崎さんの方を、横目で睨んでいるような……

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