第29話 交流と交錯

 赤石達四人の謝罪が終った後、名残惜しそうな眼を俺に向ける神代先生に目配せをして、五人で一緒に教室へと向かう。

 全然喋らないと雰囲気が悪いので、適当な話題を振ってみる。


「なあお前ら、期末試験の勉強とかって、やってるか?」


「は? んなもん、してねえよ」


「高校って点数が悪いと、進級できないんじゃなかったか?」


「まあ、なんとかあるさあ。補講なり追試なりレポートなりな、俺らみたいなのが残っちまったら、学校も困るだろうしよ」


「そうそう、ま、何とかなるって」


 よく分からないけども、そんなにお気楽なものなのだろうかと、心配になる。


「お前ら、素行不良でテストもダメだったりすると、進級どころか退学になるんじゃないか?」


「……は?」


「だってそうだろう。篠崎さんへのいじめや、神代先生への狼藉なんか、表沙汰になったらやばいんじゃないのか? それ以外にも、色々とやっているんだろう?」


「そ、そりゃ、まあ……」


「なら、しばらくは、大人しくしておいた方がいいぞ? 簡単な喧嘩とかなら止めやしないけど、学校で先生や女の子とかを傷つけるのは、とりま止めとけよ」


「ああ……それはもう分かったって……」


 赤石を筆頭に、全員神妙な面持ちで項垂れる。


「お前ら、この学校締めているんだろ? だったら、むしろ格好良く、皆を守るとかの方が、気持ちよくないか?」


「……まあ、確かにな……」


「よし、なら決まりだな。そういうことなら、俺は応援するけどよ」


 大きく張り出した肩をポンと叩くと、赤石はぎこちなく、似合わない笑顔を見せた。


 五人揃って教室に戻ると、今日も夢佳が待っていて、俺達全員の間で目を泳がせた。


「あ、あのよう。夢佳……」


「何よ?」


「悪かったな、色々と」


「え……どうしたのよ、急に?」


「いや、ま……そういうことだからさ」


 赤石からの急な謝罪に、夢佳が目を丸くする。


「どういうこと、珠李?」


「ま、そういうことだよ。雨降って地固まるってやつかもな」


「そ、そうなのね?」


「てことで悪いけど、俺今日、こいつらと一緒に帰るから」


「……はあ?」


「お好み焼の美味い店があるらしいんだよ。お前も来るか?」


「ええ~~ ……??」


 夢佳は不満顔全開だったものの、結局、六人でお好み焼屋さんに行くことに。


 学校から駅へ向かう途中にある商店街の中。 

 そこは「みはる」と書かれた古い暖簾がかかった小さな店で、一枚の鉄板を六人で囲んで座る。


「いらっしゃい。何になさいます?」


 顔に皺を寄せながら柔和にほほ笑むお婆さんが、その外見にもなじむ、静かで温和な声で訊いてきた。


「任せるぞ、赤石」


「そうか。じゃあ、モダン焼きが2つに、ミックス焼きが2つ、あとネギ焼きととん平焼きで頼むよ、おかみさん。あとお茶六つね」


「はいよ」


 おかみさんと呼ばれたお婆さんは、オーダーをメモしてから、カウンターの向こうへ、ゆっくりと歩いていった。


 しばらく雑談に興じていると、おかみさんがネタの入った金属製のボールをいくつも持って来た。

 

「ここは自分で焼くんだ」


 そう言いながら、赤石は慣れた手つきで野菜や生地を鉄板の上に広げ、いくつもの白い円盤を作った。

 たちまち、白い湯気が香しい匂いとともに立ち上り、鼻腔を楽しませる。


「そう言えば、お前らは、どうやって知り合ったんだ?」


「俺と青芝は、中学からの知り合いだ」


「で、俺は入学して三日で、赤石にしばかれたんだ」


「そうそう、俺もそんな感じ」


「お前らの繋がりって、結局喧嘩かよ?」


「まあな。お前とこうやって喋っているのも、そのお陰だろうがよ?」


 楽しい気に語る男連中を前に、これから大丈夫かよと、いささか不安になる。


「夢佳とも、入学してからの付き合いだよなあ?」


「別に、付き合いってほどのものじゃないわよ。あんた達が話してくるから、付き合っていただけ」


「よく言うぜ。お嬢だか何だか知らんけど、ずっとぼっちでいたから、喋ってやったんじゃねえか」


「し、失礼ね。別に、困っていた訳じゃないし!」


 彼と彼女の出会いに関しては、どっちもどっちって感じだなと、忍び笑いをしてしまう。


「そう言えばお前ら、林間学校はどうしたんだ?」


「一応、みんな申し込んでるぜ。美味い肉がたらふく食えるって噂だからな」


「お、そうなのか?」


「ああ。夜はバーベキューがあるらしい」


「そうか。俺も興味はあるんだが、入れてもらえる班がないんだ」


「そうか。ならうちに入るか? 今四人で、丁度一人足りないんだ」


「ちょ、ちょっと待って、珠李!」


 今までほとんど喋っていなかった夢佳が、慌てた口ぶりで俺を制した。


「私と珠李って、同じ班なんでしょ? それに、さっき未来と話していたら、彼女も行こうかなって言ってたし」


「そうか。なら篠崎さんも、同じ班なのか?」


「多分、そうなると思うわよ」


「その班分けって、そんなに大事なのか?」


「あなた、パンフレット全然読んでないでしょ? 夕飯や散策とか、班で一緒なのよ」


「夜の肝試しも、そうらしいな」


「肝試し?」


「ああ。夜に山の中の寺まで行って、お札を取ってくるらしぜ」


「先生達が、脅かし役になるって言っていたかな」


 なるほど、高校って、そんなイベントがあるんだなと頷いている間に、鉄板の上に横たわっている食材が、こんがり焼き上がってくる。

 ヘラでひっくり返して、ドロドロのソースをたっぷりとかけて、出来上がり。


 ヘラで切り分けた欠片を取り皿に乗せて、口の中に入れると、濃厚なソースと熱々の野菜の甘みとが、わっと味蕾を刺激する。

 美味いな。

 自分一人だったら、間違いなく黄色の液体と一緒に賞味したことだろう。


 そうして、交流と美食の時間を十分堪能してから、本日は解散。


「あれ、あいつらは?」


「いーから、こっち、ね?」


 帰る途中で、夢佳に袖を引かれて、なぜか二人きりになった。


「おい、帰るんじゃないのか?」


「えー、私の話、聞いてくれるんじゃないの?」


 そう言えばそんな話もあったなと思い返す。


「けど今からだと、結構遅くなるぞ?」


「そうね……じゃあ、珠李のお家に……」


「喫茶店に行くぞ」


「え……なんでよ!?」


 家に来てもらうとどんなことになるか想像してしまうけれど、昨日神代先生とあんなことがあったばっかりなので、流石に背徳感が半端ではなく。

 それは流石に、神代先生にも夢佳にも、申し訳が無さ過ぎる。


 ---!!

 

 ……なんだ、この感じ……


 唐突に、路上の向こう側から、得体の知れない圧力を感じて、咄嗟に脇道に逸れた。


 顔を伏せて、目線を横に流していると――


 長身で銀色の髪、狼の形容が相応しいような目つきの、色白の男の横顔が、寸刻前まで俺達がいた場所を通過した。


 鳥肌が立つような冷気を全身に受けたような感覚が襲ってくる。

 常人からは決して感じない、冷徹で醜悪な気配を乗せて。


 圧力の元は、あいつだな。

 なんであんな奴が、こんな所に――


 遠くに去って行っても、心臓の鼓動が速まったままだ。

 得体の知れない相手に凍りついて、鳥肌も収まらない。


「……ねえ、珠李……」


「あ?」


「ちょっと恥ずかしいわ……こんなとことで……」


 気が付くと、両の手の中で、しっかりと夢佳を抱きしめていた。

 無意識に、彼女を守ろうとしたのかも知れない。


「いや、違うんだ、これは……」


「……い・い・よ。珠李……」


「違うんだあ~~!!」


 ぴったりとしがみついて離れない彼女をどうにか引き剥がして、

 手を引っ張って近くの喫茶店に入ってから、一しきり彼女の愚痴に耳を貸したのだった。

 


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