第28話 雪解け

 まずは軽めの話からがいいだろうな。


「篠崎さんは、いつもお弁当だね。自分で作ってるの?」


「ううん。いつもはお母さんが」


「そんなんだ、いいなあ。うちなんか、作ってくれたことないわよ。どっかで食べてきなさいって」


「うんうん、俺も一人暮らしだから、そんなのないもんな」


「え? 藤堂君って、一人暮らしなの?」


「ああ。訳あってそうなんだ」


 そんな俺の言葉に、事情を知っている夢佳が、微かに表情を曇らせる。


「一人だと大変じゃない?」


「まあね。休みの日なんか、洗濯や掃除で、結構大変だよ」


「寂しくないの?」


「まあ、たまにはね。けど、気楽でいいってのもあるよ。誰にも、何にも言われないからさ」


「いいなあ、それ。私も、家出たいなあ……」


 夢佳が遠い目を空に向けながら、本音を零す。


 軽いやり取りが続く中、頃合いを見て、本題を切り出してみる。


「あのさ、篠崎さん、赤石達のことなんだけど」


「…………」


 途端に、篠崎さんのお箸を持つ手の動きが止まる。

 冷たい緊張感が、三人の間を通り抜ける。


「えっと……好きじゃないよね、あいつらのこと?」


「……どうして、そんなこと訊くの?」


「あの、ちょっと前にあいつらと揉めたって聞いて。それに、この前の体育の時もさ……」


「そうそう。あいつら、がさつだしね。女となると、見境がないし!」


 俺の顔をチラ見しながら、夢佳も助け船を出してくれる。


「教科書の件だって、多分あいつらなんだろ?」


「……だとしたら、どうだっていうの?」


「えっと……多分もう、そんなことは、もう無くなると思うよ」


「……は?」


 眼鏡やマスクのせいで全く表情が分からない篠崎さんだけれど、多分虚をつかれたのだろう。

 顔を俺の方に向けて、静止状態になった。


「昨日、あいつらと話をしたんだよ。今後、先生やクラスの子達には、乱暴なことはしないようにってね。一応頷いていたから、多分これからは大丈夫だよ」


「え……なんで、そんなこと?」


「まあ、他にも色々とあってさ。四人まとめて話はつけたんだ」


「そんな……信じられないけど」


「あ、あのね、この人こう見えて、結構肝が据わっているからさ。あいつらも、怖いみたいよ」


 どんな風に見えているのかはよく分からないけど、夢佳のフォローのお陰で、話しやすい。


「……そうは見えないけど。でも、そっか、体育の時、私を助けてくれたものね」


「いや、あれはなりゆきだよ。ちょっとむかっ腹が立ったから。だからさ、これからはもっと、安心できると思うよ」


「うん……もしかして、それを話してくれるために、今日ここへ?」


 確かにそれもあるけれど、実はもう一つあって。


「あのさ、訊きたいことがあるんだ」


「なに?」


「その眼鏡とマスク、なんで着けているの?」


「…………」


 気まずい沈黙の時が流れて、掌にじとっと汗が滲む。

 聞いちゃまずかったのかな、やっぱり。


「あ、あのさ、実を言うと、私も不思議だったんだよ。何でかなってさ?」


「……やっぱり、変?」


「変っていうかさ、もったいないと思うんだよ。あんなに綺麗な眼をしてるのに」


「……え?」


「あ、ごめん。この前の体育の時に、ちょっと見えちゃったからさ。ホント、綺麗だなって思ったよ」


「……ごめん、今は言いたくない……」


「そうか……分かった。こっちもごめん。考えなく訊いちゃって」


 お互いにごめんと言い合ってから、黙々とランチを平らげる。


 一番気になっていたことは聞けなかったけれど、少しは安心してもらえたのなら、よしとしよう。


 それから教室に戻って席に付くと、篠崎さんから、意外な申し出があった。


「ねえ、藤堂君。今度のお休み、空いてない? お掃除とかは大変かもだけど」


「えっと、一応空いてるよ」


「じゃあ、私に付き合ってよ」


「はい?」


「ちょっと話したいこともあるしさ」


 話したい事って――

 何か、打ち明けてくれる気になったのかな?


 だとしたら、断る理由はないよな。


「分かった。じゃあ次の土曜日にでもどう?」


「うん、ありがとう」


 コクンと頷く篠崎さんの小顔を目に収めてから、午後の授業を通り抜けて放課後へ。

 

 ―― 次は、赤石達だな。

 素直に言う事を聞いてくれればいいけれど。


 不安げな顔を覗かせる夢佳を横目に、彼らの元へ。


「赤石君達、ちょっといいか?」


「……ああ」


 ぞろぞろと四人を引き連れて、裏庭に向かった。

 そこで開口一番、言い放つ。


「お前達、今から神代先生に謝りに行け」


 そう言われた輩連中は、表情を強張らせる。


「今からか?」


「そうだ、今からだ。そこで、金輪際悪さはしないと誓うんだ。こういうのは、早い方が絶対にいいんだ」


「んん~~……」


「嫌なら、ここで半殺しにしてやってもいいんだぞ、全員。言う事を聞くまで、毎日やってやってもいいぞ?」


「……分かったよ……」


「それと、明日は篠崎さんに対してもだ。クラスの中では、仲良くするのが一番だからな」


「ああ、分かったよ」


「ん、ならよし。じゃあ今から、職員室だな」


 そう言って愛想笑いを振りまくと、赤石が声を上げた。


「藤堂、お前、今までどこで何をやっていたんだ?」


「……内緒だ。だが、あんまり人に言えるような話じゃあないかもな」


「なるほど……面白そうだな」


 内緒というよりも覚えていないので、ひとまずそんな風で胡麻化した。

 四か月前のあの状況からすると、あながち外れていないのかもなと、不安にはなるけど。


 でも今は、考えても仕方がないことなのだと、自分に言い聞かせる。


 職員室のドアを開けて、いかついのを含む男五人が顔を覗かせると、何事なんだといった様子で、先生方の視線が集まった。

 その中には神代先生の、驚きを含んだ視線も含まれている。


 他の四人は廊下で待たせて、一人で先生の元へと向かう。


「先生、ちょっと時間ありますか?」


「あの……藤堂君、一体……」


「奴らから、話があるそうです。良かったら、廊下まで来てくれませんか?」

「えっと……」


「大丈夫ですよ。俺がついていますから」


「……分かったわ……」


 唇をきゅっと噛んで、俯き加減で俺の後に続く先生。

 廊下に立って赤石達四人と向き合って、肩をすぼめた。


 俺が奴らに目配せをすると、


「せ、先生、悪かった! もう悪さはしないので、許してやってくれ!」


「ああ、俺も反省している、ごめんなさい!」


「悪かったよ、先生!」


 四人一斉に、深々と頭を下げ、そのままの姿勢で体を固めた。


「だそうですよ、先生」


 神代先生は、その様子を目に入れてからも、暫くの間固い表情をしていたけれど、やがて口元を綻ばせた。


「……赤井君、青芝君、茶野君、大田黒君、顔を上げて。分かりました。その言葉、忘れないでね」


 そう告げて、そして俺の方に顔を向けて、溶けそうな笑顔を送ってきた。


 それを見てひとまず、俺もほっと胸を撫で下した。

 さて、次は--




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