第23話 学校上がり
「心配して待ってたんだから、甘い物でも食べさせてよ?」
一緒に帰る道すがら、夢佳が屈託なく言葉を掛けてくる。
その目は、どこか安心しきった、お幼子のようだ。
「いいけど、何がいいんだよ?」
「えっとね……」
そんな彼女に連れて行かれたのは、駅前にあるクレープ屋さん。
カラフルで色とりどりのレプリカが飾られていて、見た目も楽しい。
「ストロベリークリームとアーモンドチョコ、両方食べたいかな」
「はいはい、じゃあそれひとつずつにしようか」
店員さんにお願いして二つ作ってもらい、イートインコーナーで向き合って腰を下ろす。
「美味しそう、いただきます!」
赤い苺と生クリームを頬張って幸せそうな夢佳を眺めて、こちらも和んだ気分になる。
「食べないの、珠李?」
「俺、食っていいのか?」
「もちろん。半分こしようよ」
そう言われてアーモンドチョコ味を堪能する。
チョコの甘みとアーモンドの香ばしさがバランスよく口に広がり、弾けるような歯ごたえもいい。
「……ねえ、そっちも食べたいな」
「ああ、えっと……」
「あーん」
「おい。それ今日もやるのか?」
「いいじゃない。嫌なの?」
「嫌っていったら?」
「怒る」
「……はい」
「あむ……ん-、美味しい!」
確か、昨日ファミレスでも、同じようなことやったよな。
クラスの女子三人が見ている前で。
「なあ、今日は、誰も見ていないぞ?」
「うん、だから? あ、もしかして珠李、誰かに見られたいの?」
「いや、それこっちのセリフだよ。だから、今日はちょっと意外だ」
「え……昨日はちょっと、自慢したかったっていうか……今日は、恋人達なら普通でしょ?」
「誰が恋人だって?」
「むう――……」
じとっとした目を向ける彼女から目線を逃がして、俺は相談したかったことを伝えた。
「あのさあ、明日、篠崎さんと話してみようかと思うんだよ」
「……うん」
「良かったら夢佳、一緒に来てくれないか?」
「いいけど、なぜかしら?」
「まだあんまり仲よくないし、いきなり二人でどこかでってのも、引かれそうだからな」
「分かったわ。私もよくは知らないけど、男子一人でっていうのよりは、確かにましかもね」
「すまん」
「じゃあ、あーん」
「……交換条件みたいだな、それ」
そんな感じで夢佳にお願いごとをして、お互いのクレープを『あーん』で何往復かさせてから、それぞれの家路についた。
自室に戻って運動しやすい服装に着替えてから、市街地のはずれを駆け抜けるいつものジョギングコースを一周。
運動後に酒と唐揚げを買って帰るという背徳的な行為を犯してから、部屋に戻って今日一日の汚れを洗い落とす。
それから、眼下で展開される光のパノラマを見やりながら、ハイボール缶の栓を開ける。
―― 神代先生、大丈夫かな。
自然に、そんな思いが脳裏を過った。
新任教師になって三か月ほど、癖の強いクラスの担任にいきなりなって、毎日忙しく仕事に追われている。
俺のような激レアな生徒の面倒や、いじめの相談、気苦労も多いだろう。
彼氏にフラれたばっかりだし、今日はあんな怖いこともあって……
気が付くと自然にスマホに手が伸びて、指が画面をタップしていた。
『お疲れ様です。大丈夫ですか?』
すると、
『ありがとう、大丈夫』
先生、返信早いな。
『もうお家ですか?』
『ううん。ちょっと外でご飯食べてて』
時計の針は9時を指そうとしている。
仕事が終わってからだとしたら、今日も残業をしていたのかな。
『先生の今日の晩御飯は何ですか?』
『鶏料理の居酒屋よ』
ということは、多分お酒が入っているな。
もしかして、今日のことがあってやけ酒…… なんてことも?
この前のこともあるので、心配の二文字が、頭の中で点灯した。
『俺まだ飯食ってないんです。良かったら、ご一緒させてもらえませんか?』
心配だから迎えに行きますと言うのははばかられたので、そんな風に送ってみる。
どんな反応が返ってくるのか、興味半分、怖さも半分。
流れるのがとても遅く感じられる時間が過ぎて――
『いいわよ。じゃあS町の鶏の匠に来てくれる?』
『はい、すぐに』
いい返事をもらえて、心がきゅんと跳ね上がった気になる。
急いで外出着に着替えて直してから、駆け足気味で移動を開始する。
電車に乗っているのがもどかしく、駅前でタクシーを拾って、目的地を告げた。
車の窓から流れ込んでくるヘッドライトの列や、要塞のようなビル群の人工灯を目に映して、心がふらつく時間を過ごす。
そうして、やっと、鳥の匠と大きな看板がかかった場所の前で降りて、店のドアを開けた。
いた。
軽く髪に手をあてながら、グラスを口にする神代先生。
見た目が綺麗な先生が一人でこちら向きに座っているので、直ぐに目が吸い寄せられた。
先生も俺に気づいて、こちらに向かってひらひらと手を振った。
「こんばんは、先生。無理に押しかけてすみません」
「ううん、わざわざ来てくれてありがとう」
ほんのりと朱に染まった頬を緩めて、少し眠そうな目で迎えてくれた。
「何にする?」
「えっと、生ビールで。あと鳥皮とレバーとねぎまありますかね」
「うん、注文入れるわね。私も同じのを……」
薄いピンク色の爪が乗っかった指先で、嬉しそうにタブレットを操作する先生。
「もしかして、今日も残業ですか?」
「ええ。期末試験の問題とかも、作んなきゃいけないし」
「ああ、そんなのもありましたね。大変ですね」
「まあ、それも仕事だからね……大丈夫よ」
そう言いながら見える笑顔が、何だか儚そうに感じられて。
今日のようなことがあっても、普通に仕事をしているのって。
やっぱり心配に感じてしまうけど。
もしかして、今日はここで気晴らしってのもあるのかな。
だとすると、こっちから余計な話題を振らない方が、いいかも知れないな。
「そんな頑張り屋さんの先生、大好きですよ。でも、たまに心配にもなります」
「……藤堂君……」
視線を交わして、互いの瞳を感じ合っていると、
「はい、生中二つですう~!!」
威勢のいい店員さんの掛け声が耳を貫かれて、二人とも体がびくんとなった。
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