第21話 野郎退治
倉庫の壁を隔てると、流石に中で小声でされる会話までは、聞き取れない。
けれど何か異変があったら、分かるはずだ。
そのまま周囲に気を配っていると、遠目から近づいて来る人影に目が反応した。
三人、赤い髪、青い髪、茶髪。
―― そういうことか、やっぱりな。
「うまくやったかな、大田黒は?」
「さあな? でもそうなら、一番はあいつに譲ってやろう。次は俺な」
「あ、じゃあ俺はその次で」
「いいけど、俺は三発は固いぜ? なんせ神代ちゃんだからなあ。お前に回る前に、壊れちまってるかもなあ」
「でも赤石、こんなことして大丈夫なのか?」
「嫌ならやめとけよ。この学校しめてから最近退屈だったんだよ。先生にも言うことを訊かせりゃあ、もっとやりやすいぜ? しかもあの神代ちゃんだ、毎日が楽しいぜえ~?」
「ははっ、そうだな。裸の写真撮って脅すってのもいいかもな?」
「おう、それだったら、やってるところの動画の方がいいかもなあ。そしたら、家ででも楽しめるぜえ」
「俺、お前のち〇ち〇なんかは、見たくないけどなあ~」
空気を通して伝わってくる真っ黒い会話に、臓物が沸騰しそうになる。
この三人はなんとかしなきゃいけないし、何より、今密室で大田黒と二人きりの神代先生が心配だ。
あまり時間はない。
倉庫の扉に近づこうとする三人の前に、俺は身を差し込んで立ち塞がった。
赤石が怪訝な顔をこちらに向け、
「あ、お前……新入りかあ?」
「引き返せ」
「あ?」
「引き返して、ここからいなくなれと言っている」
三人は不自然なほどににやついた顔を見合わせて、
「ぶわっはは! お前もしかして、神代ちゃんのこと気づいてたのかあ?」
「だとしたら、どうなんだ」
「……お前も神代ちゃんに興味があるのかよ。なら、分け前やってもいいぜ? 俺達全員の後に、だけどなあ。その代わりお前、夢佳と仲良さげだから、こっちにも回せよ。物々交換だ」
「あ、赤石、だったら俺らにも、夢佳回してくれよ?」
「ああ? いいけど、俺が飽きてからな? あいつとはまだ、二回しかやってないんだ」
全く、聞いていて反吐が出そうになる。
よりによってこんな連中がいる教室の担任になるとは。
つくづく神代先生が気の毒で仕方がない。
それに夢佳の方も、こんな奴らだから、関係を切りたいと思ったのだろう。
「神代先生も夢佳も、お前らの好きにはさせないさ。あきらめて、とっととこっからいなくなれ」
「ああ~~??」
赤石は醜悪な黒い眼で俺をなぶりながら、肩を怒らせて、ゆっくりと距離を詰める。
すうっと深い深呼吸を一つしてから、こちらも両の目にぐっと、力と意識を込める。
すると――-
「……んあ?」
「………ひっ………」
「……ぐっ……てめえ……」
刹那の逡巡の後、青芝、茶野、そして赤石の三人は、額に汗を滲ませながら、後ずさりした。
「そうだ。そのまま帰れ。そうしたら、今日のところは、勘弁してやる」
「貴様あ……何者だあ? 俺の知り合いの極道と、同じような目をしやがる……」
「そうかよ」
「……修羅場踏んでるな、お前……」
修羅場、か。
確かにそうなのかも知れないな、覚えていないけれけど。
「だとしたら、どうすんだよ?」
「……へっ。こうすんだよ!」
急に巨体を躍動させて、拳を振りかざし、赤石は俺目掛けて突進する。
充血した目があっと言う間にすぐそこまで迫る。
「どりゃあああ―――!」
耳をつんざくような怒号が、空気を震わせる。
―― 顔面へ真っすぐか、普通よりは速いけどな。
絶叫と共に放たれた奴の拳の一閃を何なく見切ってぎりぎりで躱し、カウンターで鳩尾に一発、こちらの拳を叩き込んだ。
「げはあああ―――!!」
断末魔を思わせるような叫びが上がり、赤石はその巨体を地に沈めた。
口から白い汚物を垂れ流しながら、ぐるぐるとのたうち回る。
「あ……赤石が、一発で……?」
「そんな……馬鹿な……」
青芝、茶野の両方は、阿呆のような顔を晒して、その場で立ち尽くしている。
不意に、倉庫の扉がバタンと開く。
「何だようるさ…………はあ?」
外の音を聞きつけて様子を見に出て来たと思しき大田黒が、地面に虫のように這いつくばる赤石を目に入れて、大口を開ける。
神代先生は、無事だろうか?
先生――
薄暗くて狭い倉庫の床に腰を落として、神代先生は胸元を抑えている。
怯えたような顔つきで扉の外を見やっていたけれど、俺の顔を目にして、驚きと安堵とがまざった複雑な表情を見せた。
「大田黒お前……神代先生に、何してたんだ?」
「え、いやその……ちょっと味見をしようとだなあ……」
『ドスッ!』
「ぐはあ!」
大田黒の腹に一発蹴りを入れると、鈍い音がして、奴もまた地面の上に崩れ落ちた。
ダンゴ虫のように丸まり、全身を痙攣させている。
「お前ら全員、こっから一歩も動くな。動いたら今度は、本気で半殺しにする」
四人組を一喝してから、神代先生のすぐ脇で膝を曲げて、彼女と向き合った。
「……藤堂君……」
「大丈夫ですか、先生?」
「……」
「ここは離れましょう」
「うん……」
ショックが大きかったせいか、先生は青い顔をして、言葉が少な目だ。
肩が震えて、心なしか目尻が湿って光っている。
俺は彼女を抱くようにして体を支えてその場で立たせ、ゆっくりと倉庫から出た。
そのままその場からは離れて、四人組の姿が視界から完全に消えてから、
「……と、藤堂君……待って……」
「どうかしましたか?」
―― えっ!? 神代先生……?
両手を俺の背中に回して、力いっぱい抱きついてくる神代先生。
俺の胸に顔を埋めて、声を抑えながら嗚咽している。
「……怖かったでしょう。よく頑張りましたね、先生」
俺も先生の華奢な背中に手をやって、力いっぱい抱き寄せた。
熱くなった体温が感じ合えるくらいに体を密着させ、お互いを確かめ合う。
「ありがとう、藤堂君……怖かった……」
「本当によかったです。先生が無事で……俺が遅かったせいで、怖い思いをさせてごめんなさい」
「……そんなの……藤堂君が来てくれたから、私……ごめんね、藤堂君のいうことも聞かないで、こんなことに……」
「大丈夫、先生は一生懸命にやっただけですよ。早くなんとかしてあげたっかったんでしょう、篠崎さんのこと?」
「……ありがとう、藤堂君…………先生も、君のこと、好き……」
今確かに、「好き」と聞こえた。
こんな状況で気持ちが高ぶったのか、俺が普段発している仲良しワードとしての言葉なのか、それはよく分からないけど。
けれどそれは、俺の心臓を揺するには、十分な威力を持っていた。
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