第15話 ファミレスと女子高生達

「とりあえず、飲み物でも取りにいくか。夢佳は何がいい?」


「えっと、オレンジジュースがいいな」


「おっし。任せろ」


 ドリンクコーナーでグラスを二つ、氷を入れてからサーバーにセットして、ボタンを押す。

 オレンジ色の液体が氷の間を通り抜けて、透明のグラスを満たしていく。


 俺はコーラかな。

 黒くて泡の立つ液体を注ぎ入れると、泡が弾ける心地のいい音がした。


「お待ち」


 夢佳が座る席に戻って、グラスをテーブルの上に置くと、


「ありがとう、珠李!! 優しいのね!!!」


 満面の笑みを咲かせて、店中に響くような大きな声を上げた。


「お。おい夢佳、声が大きいぞ……」


「だって、嬉しいんだもん。ね、珠李!!」


 俺の制止を全く聞かず、喜色のこもった声を響かせる。


「……やっぱりあの二人……」


「珠李、夢佳だって……」


「きゃ~、羨ましい……」


 クラスの女子三人と思しき面々が座るテーブルから、嬉々とした雑談が漏れてくる。


 やがて、注文したチーズハンバーグと和風おろしハンバーグが、熱々の鉄板に乗って運ばれてきた。


「よし、いただきまあす!」


 フォークで大きめに切って、豪快に一口。

 美味い、肉汁にチーズの甘さが加わって、頬が解け落ちそうだ。


 至福に浸っていると、夢佳がじっとこっちを見ている。


「うまいぞ、これ。食べるか?」


「うん、あーん」


 は?

 あーんって……


「あの、夢佳さん……?」


「食べさせてよ。あーん」


 小さな口をいっぱい広げて、身を乗り出してくる。


 目線を下にやると、大胆に空いたシャツの間から、ふくやかで柔らかそうな胸元が直接視界に入る。


 ―― 悪くないけど、ガン見は良くないよな、やっぱり。

 さっと目線を上に向けて、


「お、お前、これくらいは自分で……」


「顎がだるいなあ。早くしてくれないと、顎が下に落ちちゃうかもなあ……」


 澄ました顔で、そんなことを口にする。


 お前、こんなことしたら……


 夢佳が口を閉じる気配がない。

 仕方なく、小さめの口のサイズに合わせて、ハンバーグをちょっとだけ小さな塊にして、


「はいよ」


「あむ!…… んー、美味しい……」


 幸せそうに笑みを浮かべながら、口を動かして。


「こっちも美味しいよ。食べる?」


「……ああ……」


 フォークを持った手を伸ばそうとすると、


「ちょっと待ってね…… はい、あーん」


 切り分けたハンバーグに大根おろしを添えたものを、フォークの先にくっつけて、俺の目の前に差し出した。


「おい……」


「あ~、重たいなあ。早くしてくれないと、手が怠いなあ。肩こっちゃうなあ……」


「……あむ。もぐもぐ……」


「どう、美味しい?」


「うん、美味いけど……」


 少し離れた件のテーブルから、


「きゃ~、なにあれ? いい雰囲気じゃない?」


「もしかして、二人付き合ってたりするのかな?」


「だったら、めっちゃ早くない、それ? あの鬼龍院さんが、なんか可愛いし」


 先ほどまでより声のトーンが上がったのか、よりクリアに耳に入り込んでくる。


 あーあ、誤解されてしまったかな。


「おい夢佳、これ、学校で何言われるか、分からないぞ?」


「あら、そうかしら。なら面白いんじゃない、それ?」


「お前……もしかして、確信犯か?」


「さ~あ、どうかしら? でも噂になっちゃったら、放っとけないわよね?」


 怪しげな目を真っすぐにこちらへ向けて、頬を溶かす。

 間違いなく確信犯だな……


「まあ。俺は別にいいけどさ。お前は困らないのか?」


「そうね。噂になったら、ホントに付き合っちゃおうか?」


「おま……そんなことになったら、それこぞ、赤石達が何をするか、分かんないぞ?」


「そうなったら、珠李が私のこと、守ってくれるんでしょ? お・う・じ・さ・ま……?」


 いかん、完全に、年下の女子高生に、遊ばれている気がする。


「そうだ。珠李はもう大人だから、私達、もうすぐ結婚もできるのよね? そうなったら、鬼龍院の家から、出られるかなあ……」


「お前、そのために、結婚するってのか?」


「あら、それだけじゃあないわよ。だって珠李、私のこと、大好きなんでしょ?」


「まあ、そうだけどさ。それとこれとは……」


「私も珠李のこと嫌いじゃないから、考えてもいいんだけどなあ……」

 

 テーブルの上に両肘をついて、手のひらの上に小首をのせて。

 どこまでが本気か嘘かはよく分からないけれど、とても楽しそうににやついている。


 小悪魔…… そんな文言が、頭に飛来する。


「……ま、付き合うのも結婚も、今のところは無しだ。それよりも俺は、やることがあるんだ」


「え~~。やることってなによ?」


「せっかく高校生になったんだから、まずはそれに浸らないとな」


「だったら、彼女がいた方が、絶対いいと思うわよ? 私みたいなさ?」


「お前さ、前にも話したけど、俺には記憶もないし、どんな奴だったのかも分からないんだ。もしかしたら、犯罪者だったかもしれないんだぞ? そんな奴と、くっついていいのか?」


 少しの間、中空に目を泳がせてから、夢佳は、


「まあ、そのときはそのときで、また考えればいいんじゃないかしら? 確かに、昔のことはよく分からないのかもしれないけど、私は今の珠李、嫌いじゃない……ていうか、好きだよ」


「好きって、お前、そんな簡単に……」


「あら、珠李だって、私にいっぱい、言ってくれてるじゃない?」


 そう言えばそうだったな。

 夢佳は中々に口達者で交渉上手なんだなと、思い知らされる。


 確かに、好きと言われて悪い気はしないし、お互いの距離を縮めるのには、いいかもしれないな。


 ―― かなり照れるけど。


「ねえ、もしかして、照れてる?」


「……別に、そんなのじゃないし」


「ふふっ。ずっと言われっ放しだったから、反撃~~」


 この野郎。

 じゃあ今度は、もっと凄いことを、言い返してやろう。


「……ドリンク取って来る」


「あ、じゃあ私のもお願い。今度はメロンソーダで」


「はいよ」


 気持ちを落ち着けるために席を立って、ドリンクバーへ。


 店内に眼を泳がせると、同じクラスの女子三人組と思しき集団が、こちらに眼を向けて、くすくすと笑っていた。


 もし明日、変な噂が流れていたら、絶対にこいつらのせいだよな。


 とりあえず、顔はしっかり覚えておこう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る