第7話 帰りの居酒屋

「じゃあ、行きましょうか?」


「ああ、そうしよう」


 夢佳と肩を並べて校舎を後にし、校庭の脇を行く。

 野球にサッカーに陸上…… 部活動に勤しむ生徒達が、あちらこちらで真剣な顔や陽気な表情を振りまいている。


 初夏を迎えようとする季節の太陽はまだ高く、暑い陽光が降り注ぐ。


 そう言えば、腹も空いてきたな。


「そうだ、せっかくだから、飯でも食いながら話するか? 昼のお礼に、今度は俺が奢るぞ?」


「え、いいのかしら?」


「ああ。何か食いたいものとかあるか?」


「えっと、何でもいいけど…… 珠李君は、普段どんなとこに行ってるの?」


「そうだなあ。ファミレスか定食屋か、居酒屋とか、が多いかな」


「え、居酒屋? 一人で?」


「ああ、気が向いた時には、よく行くぞ」


「……居酒屋って、お酒飲むところよね?」


 何故か、こちらを覗く目が悩まし気に揺れている。


「そうだな,、そういう人は多いかな。鳥皮とぼんちりに、濃い目のハイボールなんて、よく合うんだ」


「ええ!? お酒飲んでるの!?」


 びっくりしたように、目をぱっと見開いて、良く通り渡る声を上げた。

 そうだ、彼女はまだ、俺の事を知らないんだ。


「ま、まあ、赤石とかも大概だけど、あなたも普通じゃなかったのね……」


 ちょっと引き気味の空気を出しながら、眉根を下げてはいるけれど。


「いや、実は俺さ、お酒飲んでもいい年なんだよ」


「え? どういうことなの?」


「今年で、21歳になるんだ」


「……」


 恐らくは、全く想像だにしてなかったのだろう。

 夢佳からなかなか言葉が出てこない。


「……ホントに?」


「ホントに」


「大人っぽいなとは思っていたけど、まさか、ホントに大人だったなんて」


「そうなんだよ。だから、老け顔なんだ。そういうことだから、無理して俺と一緒にいなくてもいいぞ?」


「……ううん。ますます面白いわ」


 納得して気を取り直したのか、夢佳はまた元のように、柔らかな表情になった。


「じゃあせっかくだから、その居酒屋ってのに、連れてってもらおうかな。私、行った事ないし」


「ああ、いいぞ。じゃあ色々な食べ物があるとこにしようかな」


「うん、楽しみ」


 そうして向かう先は、電車でいくつか行った先の繁華街。

 色とりどりの看板を掲げたたくさんの飲食店が立ち並び、平日の夕方にも拘わらず、雑多な人々が多く行き交う。


 その中から、以前入ったことのある一軒をチョイス。

 白い外装の二階建てで、比較的綺麗な店構えだ。

 

 本当はもうちょっと怪しげで淫靡な場所が好みだけれど、居酒屋初体験の彼女には、これくらいが丁度いいのではと。


「ここでいい? 和洋中、色んな料理の種類があるんだよ」


「うん。珠李君に任せるわよ」


 その店に入って男性の店員さんに二名と告げると、いきなり胡乱な目で見返された。


「失礼ですが、学生さんですか?」


「あ、学生なんですけど、でもですね……」


 そう言えば、今日は制服姿だった。

 念のためのいつも持ち歩いているパスポートを見せて、何とか中へ通してもらった。


 居酒屋に来たことがないという夢佳は物珍しいのか、きょろきょろと視線を泳がせる。


 掘りごたつの席に向き合って座り。


「夢佳さんは、こういう所には来ないのか?」


「あんまりね。家族で動くときは他の場所が多いし、友達と一緒の時でも別の場所にいっちゃうし」


「高校生だけだと、飲み屋さんには入りづらいのかな」


「そうね、そんな感じ」


 テーブルの上の充電器に乗っかったタブレットに手を伸ばす。

 画面には、本日のおススメやら、価格別、お好み別といった、カラフルなバナーが並ぶ。


「このタブレットから注文するんだよ。何がいい?」


「じゃあえっと……さっき珠李君が話してたやつは?」


「えっと、鳥皮とぼんちりか? 結構油っぽいと思うけど? それこそ、酒に合うメニューなんだよな」


「そしたら他に、サラダとお魚とかあるかしら?」


「ああ。シーザーサラダかチョレギがおススメっぽいな。魚は刺身に煮つけに焼きに……中華風南蛮ってのも良さげだな」


 わいわい言い合いながら、一通り注文を入力して。

 相手は高校生の夢佳だから、今日は酒はやめておこう。


「なあ夢佳さん」


「ねえ、夢佳、でいいわよ。堅苦しいし」


「そか。なあ夢佳、篠崎さんをいじめてる奴らの事を訊きたいんだけど?」

 

 忘れない内に、一番に訊きたかったことを口にした。


「そうね。一番腕っぷしが強いのが赤石源太で、その次は青芝劉循かな。それと、茶野雅彦に太田黒俊也ね。いつもつるんでいて、上級生からも怖がられてるわ」


「そうか。夢佳は、そいつらの仲間じゃあないのか?」


「やめてよ! そりゃあ最初は、一緒にいたわよ。高校に入ってから中々友達ができなくって、そしたらあいつらが声を掛けてきたから。でも、それだけよ」


 そうなのか。

 ちょっと前に教室で言い争いをしていた時、寝たのがどうかとか、喋ってた気がしたけどな。


 まあそこは、突っ込まないでおこう。


「お待たせ致しました!!」


 話しの合間に、店員さんが次々に、ドリンクや料理やらを運んできてくれる。

 テーブルの上に、香り立つ、色目が豊かな皿やグラスが並んでいく。


「冷めないうちに、食っちまおうぜ」


「うん。いただきます」


 夢佳が緑色の野菜を口にしてから、


「ねえ、これって、気にならない?」


「なにが?」


 片手を自分の髪に当てて、ゆっくりと上下になぞっている。


「髪のことか? 綺麗だし、よく似合ってると思うぞ?」


「え、それだけ?」


「うん。他になにかあるのか? 撫でて欲しかったら、そうしてやるぞ?」


「え、その、そんなのじゃなくってさ……」


 なにか気になる事でもあるのかな?

 別に髪跳ねとか枝毛とかもないし、金色のシルクが揺れているように見えるけど。


「珍しくない? こんな髪の色?」


「そうか? そんなの、世界中にはいくらでもいるだろ。そう言えば夢佳は、外国人なのか?」


「ううん、私は日本人。でも、お母さんが外国の人だから、それでこんな感じになったのかな」


「そうか。じゃあお母さんも夢佳に似て、髪の綺麗な人なんだな」


 軽く返事を返すと、夢佳は両目を細めて、口元を緩める。


「そんな風に普通に言ってくれたの、珠李が初めてよ。大体みんな珍しがったり、変な風に見ることが多かったから」


「まあ、夢佳の場合、顔は日本人で、髪がブロンドだから、あまりいないタイプなのかもな。けど、色んな国同志の人が一緒になって生まれてくる子供って、個性的でいいと思うぞ」


「そうかなあ……」


「ああ、俺はそんな夢佳、大好きだぞ」


「え……? そう?」


「ああ。可愛いし、髪の色も綺麗だ。それに、笑った顔もいいし声も素敵だ。

スタイルも抜群だな。モデルやタレントにもなれるんじゃないか?」


 夢佳の頬や耳元が赤みを帯びて、俯き加減になっていって、言葉が返ってこない。

 

 あれ?

 嘘は言ったつもりはないし。

 女の子のことはポジティブに評価した方が好感度が上がるぞと習った気がするんだけど。

 また何か失敗したかな?

 そもそも、誰に聞いたんだったかな、これ?


 人と喋るのは、やっぱり難しいな……


「そ、そう言えばさ、珠李は、今日はお酒は飲まないの?」


「ああ、一応制服姿だし、神代先生にはほどほどにしろって言われているしな。それに今日は、未成年の夢佳が一緒だ」


「私のことは、気にしなくてもいいわよ。周りの大人の人って、そんなことに気を使わないから」


「そうか。夢佳の家族の人って、そんな感じなんだな」


「家族っていうか……」


 ―― あれ、なんだろう?


 彼女の澄んだ虹彩に、雲の端がかかったように、影がさした。

 



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