第5話 カフェテリア

 昼休憩中は、教室から溢れ出した生徒達で、廊下はいっぱいだ。

 そんな中を、俺は夢佳の肩にくっついて進む。


 歩きながら人目を感じつつ、ちょろちょろと会話が耳に流れてくる。

 全部、夢佳についてのものだ。


「鬼龍院さんだ、やっぱり可愛いなあ……」


「素敵ね。流石、鬼龍院財閥のお嬢さん」


「畜生、一回ご一緒してえ~!!」


「あれ誰だ、横にくっついている奴? いつもの赤石とかじゃないな?」


 雑多な会話を整理すると――


 夢佳は鬼龍院っていう金持ちの家の娘、男子からは結構人気があって、普段は赤石とかいう奴とつるんでいる。

 横にいるのは、すまん、今日は俺だ。


 夢佳に連れられて訪れたカフェテリアは、オープンスペースの喫茶店のような造りで、確かに人影はまばらだ。

 見開きの窓から陽光が降り注いでいて、店内の空気は明るい。


「さ、どれでも好きなものを選んで」


 にこやかにそう言われて、壁に貼ってあるメニューを眺め、思わず唾がこみ上げる。


 トンカツ定食やカルビ丼といった男飯から、カルボナーラやシーザーサラダとか、女子受けしそうなラインアップまで並ぶ。


「ちなみにおススメは、ステーキ定食よ」


 夢佳がそう薦める定食は、この店の中では一番高い。

 けれど、サーロインの肉にスープとサラダ、ライスかパンがついて、食後にコーヒーまである。


 普通の学生の小遣いでは、年に一回のレベルだろうけどな。


「じゃあせっかくだから、それにしていいか?」


「もちろん。私も一緒のにするわ」


 レジでオーダーして金を払い、窓際のテーブルで待っていると、店員さんが料理を運んできてくれた。


「うお、美味そうだな」


「じゃあ、頂きましょうか」


 熱気を放つ鉄板に乗った肉はすっとナイフが通るほどに柔らかで、口に入れると肉汁と脂が絶妙のバランスで広がって、ステーキソースがいらないと思えるほどに味が濃厚だ。

 とても高校の食堂とは思えない。


「ありがとう、美味い」


「そう、良かったわ」


 夢佳はフォークとナイフを握る手を休めてから、


「なかなか良かったわね、体育のとき」


「そうか?」


「あんな風にあいつらと向かい合うのって、多分、珠李君が最初よ」


「どうだろうな。俺はボールを奪って、シュートしただけだぞ」


「篠崎さんを助けたでしょ?」


「……篠崎さんっていうのか、彼女」


「そうよ、篠崎未来しのざきみらい。隣の席なのに、まだ覚えてないの?」


「うん。クラスで名前を覚えたの、夢佳さんが最初だよ」


「……」


 夢佳は何も言わずに、嬉しそうに頬を緩める。


「と、とにかく、あなたのような人、珍しいわね。怖くないの?」


「いや、全然? 俺あいつらのことなにも知らないし、そんなに強そうにも思えないし」


「え……本当に、そう思うの?」


「うん。赤い奴はそれなりだろうけど、所詮は女の子をいじめるような奴だしな」


「彼、赤石っていうんだけど。入学して1か月で、この学校の番長になった人よ。それでもそんな事が言えるの?」


 なるほどな、そんな少年漫画みたいな世界、本当にあったんだな。


「まあ、実際に喧嘩とかするつもりもないけどさ、何とかなるとは思うよ」


 夢佳はあきれ顔で、ふふっと笑った。


「なら良かったわ。私が心配する必要は、なかったのね」


「もしかして、俺のことを心配してくれたのか?」


「え……そうだけど、いけなかったかしら?」


「いや、ありがとう。でも俺、そんなに頼りなく見えたんだな」


「別にそうじゃないけど、なんか変な子だなって……」


「そうか。俺は夢佳を見て、綺麗な子だなって思ったぞ」


「え…………」


 何気なく女子が喜ぶような言葉を返したつもりだったけれど、夢佳が表情を硬くして、目を見開いている。


 しまった。

 これ、誰にでも言っちゃいけないんだっけかな?

 確か、女性と仲良くなるには褒めろと、昔誰かから教わった気がするんだけども。

 もっとなにか、違った言い方がよかったのかな?

 髪が綺麗だとか、肌が白いねとか、笑顔が素敵だねとか……


「まさか、いきなりそんな言葉が出るなんて……」


「ごめん、本当に思ったことだけど、あんまり言葉に出しちゃいけなかったかな。忘れて」


「し、珠李君……?」


 夢佳は頬をほんのり紅に染めて、上目遣いで俺を見る。


「そんな風にまともに言われたのって、久しぶりだな……」


「そうか? 本当のことだから、何回でも言ってやるぞ。夢佳は綺麗だし、可愛いいし、スタイルもいい。しかも、あんまり親しくもない俺のことを気遣ってくれる、優しい子だ」


 とりあえず、思ったことを羅列してみて。

 全部嘘ではないし、きっとこれで距離が縮まって、もっと仲良くなれて、普通に話せるようになるはずだけれど……


「あの……珠李君……?」


「なんだ?」


「そんなこと、女の子みんなに言ってるの?」


「いや、俺は本当にそう思った時だけしか言わないぞ。嘘は嫌いだし。夢佳は間違いなく綺麗だし、俺は大好きだぞ」


 あれ?


 夢佳が、顔を下に向けてしまった。

 なんか、気に障るような事、言ったかな?

 せっかく友達になれるかもと思っていたのに。


「大好きって…… まだ、知りあったばっかりなのに?」


「すまん、気に障ったのなら、忘れてくれ」


 よく分からないけど、嫌いじゃないから、好きだと言ってみた。

 好意を示す言葉は相手との距離を縮めるので、交渉事には欠かせない。


 そんな風に、教えてもらったはずなのだけれど。


「忘れてって……冗談ってこと?」


「いや、冗談じゃあないぞ。俺は本当に、夢佳さんのことは好きだ。だから良かったら、俺のことも好きになってくれ」


 ――また、夢佳が俯いて、俺から目線を外してしまった。


 まあ、いいか。

 一つ、どうしても訊きたいことがある。

 

「ごめん、一つ訊いていいか?」


「…………なにかな?」


「篠崎さんのことなんだけど」


「篠崎さん?」


「うん。なんで彼女は、あんな風に顔を隠しているんだ?」


 それが不思議だった。

 眼鏡を拾って気づいたけれど、あれは多分度が入っていない伊達眼鏡。

 なんでわざわざ、そんなものを?


「よく分からないのよ。入学した時からずっとあんな感じだし、友達もいなさそうだから、理由を訊ける人がいないの」


「そうか。花粉症とか、感染症とか、そんな感じでもないのかな」


「どうだろう? それで一回赤石達が、彼女を取り囲んで理由を訊こうとしたのよ。そしたら彼女、怒っちゃってね……それで……」


「それで?」


「叫んじゃったのよ。『あんたらみたいな、女と猥談しか興味のない奴らになんか、話すことはないわよ!!』って」


「……はははっ、そいつはいいや!」


 思わず噴き出してしまった。

 精力旺盛な高校生男子なら、多分そんな感じなのだろうとは想像がつくけれど。

 それを女子から面と向かって言われたら、ちょっと気まずいかもしれないな。


「笑い事じゃないわよ。それから彼女、あんな風に、彼らに……」


「いじめられるようになったって?」


「そう……」


「そっか。とすればその理由は、篠崎さんには下手に訊かない方がいいんだろうな?」


「多分ね」


 なるほど、何となく理解はできたけれど、だからといって、いじめていい理由にはならないよな。


「けど、勿体ないなあ。多分彼女、素顔は綺麗なんじゃないかと思うぞ?」


「え? なんでそう思うの?」


「今日偶然、眼鏡の下を見たんだよ。そしたら、超絶綺麗だったからさ。もしかしたら、みんながびっくりするような美人かもな。今度、こっそり見せてくれないか、お願いしてみようかな」


 あれ?

 しまった、なんか喋り過ぎたかな。

 なんだか夢佳の顔がちょっと険しくなってきた気が。


「あ、まあ、おれの推測だよ。忘れて」


「ね、ねえ、珠李君。あなたやっぱり面白いわね。良かったら、今日の放課後とか空いてない?」


「放課後? そうだな、職員室に行こうかと思うけど、その後なら空いてるぞ」


「そう? じゃあその時、続きを話そうよ」


「うん、分かった。じゃあ、クラスのこととか、色々と教えてよ」


 放課後に再び夢佳と会う約束をして、満足感たっぷりのランチタイムは終了した。



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