第4話 こういうのは嫌いだ

 体育の授業が終わって制服に着替え、教室に戻って席に付く。


 すると、前の方に座すクラスの面々がチラチラと、こちらに奇異な含みのある目線を流してくる。


 特に四人の男子、名前はまだ覚えていないけど。


 赤い髪の筋骨隆々、青い髪の長身、茶髪ピアスの痩身、そして黒髪でねっとりした曇った眼差しの男。

 こいつらの目は、明らかに敵意が顔を覗かせている。


 転入二日目で厄介事は御免なので、目線を外してシカトする。


 それに、女の子が一人。

 瞼がうっすらと青く、頬はほんのり紅色。

 きゅっと口角が引き上がった唇は、艶やかに照りを帯びていて、

 赤い髪留めが、少しウェーブがかかった金色の髪によく映える。


 ほっそりとした背中で、後ろからだとよく見えないけれど、胸もとは豊かそうだ。


 彼女は口元を緩めながら、じっとこちらに生暖かい視線を送っている。


 目が合うと、さっと手を振ってくる。


 誰だっけ一体?

 早く、みんなの名前、覚えなきゃな。

 後で神代先生に、名簿でももらいに行こう。


 次の授業の準備をしていると、隣の席から「あれ?」という声が聞こえた。

 目を横にスライドさせると、鞄や机の中を覗き込んだり、手を入れてごそごそしたりしている。

 何だか、困っている様子だ。


 やがて、国語担当の中年女性教師が入ってきて、


「はい、静かにして。授業始めます。今日は、中原中矢の詩のところからでしたね」


 黒板の前を動き回りながら、甲高い声で淡々と授業が進む中、


「あの……」


 蚊が鳴くような小さな声で、隣の子が話し掛けてきた。


「なに?」


「教科書、見せてもらえないかな?」


「忘れたの?」


「持ってきたはずなんだけど、どこにもなくって」


「いいよ」


 教科書を机の右端に置いてから、目立たないように自分の机を、彼女の方に寄せた。


「ありがとう」


「いいって。俺も昨日、見せてもらったしさ」


 相変わらず、鼻の上に乗っかった牛乳瓶の底のような眼鏡に、顔の半分以上を覆うような白いマスク。

 顔の表情は見てとれないけど、先ほど一瞬垣間見た宝石のような目が、俺の脳裏を支配した。


 ――もしかしてこの子、普通にしてたら結構綺麗なんじゃないか?

 そんな事を思っていると、


「こらそこ、よそ見しない!」


「あ、すいません」


「隣の女の子に見とれるのもいいけど、黒板にも集中するのよ!」


「はい……」


 目ざとく見つけた先生に、皮肉交じりで怒られた。

 けど、顔がほとんど分からない彼女に見とれていたのは、本当なんだろうな。


「ごめん、私のせいで」


 女の子が申し訳なさげに声を寄せた。


「あ、違うよ。俺がよそ見していただけだし」


「……ありがとうね、さっき」


「え?」


「体育の時」


「いや、いいよ。男女一緒にサッカーなんて、無茶苦茶だよね」


「……」


 本当はもっと言いたいことはあったけれど、この場では飲み込んだ。

 先生の目もあるので、あまり込み入った話はしにくい。


 国語の授業が終わると、彼女は席を立って、教室の隅にあるゴミ箱を漁り出した。

 手を突っ込んで、ぼろぼろになった本のようなものと、いくつかの紙片を、丁寧に集めている。


 それを自分の机の上にばさっと置くと、鞄からセロテープとはさみを取り出して、パズルのように寄り集めて、貼り合わせ始めた。

 顔は見えないけれど、ぐっと俯いて、両肩に力がない。


 これではっきり分かった。

 彼女は、いじめられているんだ。


 教科書を破って捨てられて。

 体育の時は男子から乱暴に突き飛ばされて、誰も助けようとしない。

 それに、昨日から見ていて、だれも彼女に話し掛けない。


 腹の底にどす黒いものが渦巻いて、吐き気がした。


 殊更に正義漢ぶるつもりはないけれど、こういうのは嫌いだ。


 確かに彼女は、見た目は奇異だし、地味で目立っていない。

 けれどだからと言って、やっていいことと良くない事はあるだろう。


 これ、学校の方は知っているのだろうか?

 このクラスの担任の、神代先生は?


「おい、大丈夫か?」


「お願い、放っといて。あなたも、こんな目に遭うわよ?」


 そういうことか、だから誰も、見て見ないふりなんだな。


 噂には聞いたことがあったけど、実際にそんな場面を目の前にして、ため息が出た。 

 やっぱり放課後に、職員室へ行ってみよう。


 その後は何ごともなく過ごして、昼休みを迎えた。


 学食へ向かうべく立ち上がると、女の子が一人、にこにこと笑いながら近寄って来た。

 先ほど、じっと俺を見ていた、金髪の子だ。


「ねえ、藤堂珠李君、だっけ?」


「うん。君は……?」


鬼龍院夢佳きりゅういんゆめか。牡羊座で、血液型はB型。甘い物を食べるのが好き」


 へ、いきなりの自己紹介?


「……鬼龍院さんか、変わった苗字だね」


「そうね。そこはあまり気にしないで、夢佳って呼んでもらえるかしら」


「うん、分かった。その夢佳さんが、何の用?」


「学食にでも行くんでしょ? 一緒に行こうよ」


「え……?」


 なんでそうなるんだろう?

 理由が良く分からない。


「えっと、なんで?」


「だって、クラスメイトじゃない」


 それはそうだけど、なんでこんな急に……?


「おい夢佳、何してるんだ。置いてくぞ!?」


 遠目からそう声を荒げたのは、件の赤い髪の野郎。

 こいつらもしかして、友達同志か?


「先に行ってなさいな。私、ちょっとこの子と用があるから」


「へっ! 物好きが!!」


 赤い髪の野郎は言葉を吐き捨てると、他の男子達と一緒に教室から出ていった。


「ごめんなさい。じゃ、行こうか?」


「えっと、俺と一緒でいいのか? あいつら、怒っていたみたいだけど?」


「いいのよ。私別に、彼らの友達でもなんでもないから」


「そうなのか?」


「そう。向こうから話し掛けてくるから、相手をしているだけ」


「じゃあ、せっかくだからよろしく。学食のメニュー多いから、おススメとかあったら、教えてくれたら嬉しいな」


 夢佳は綺麗に整った小顔を俺に向けて、


「ねえ、せっかくだから、カフェテリアに行かない? そこの方が、ゆっくりできるしさ」


「カフェテリア?」


「そう。値段設定がちょっとお高めなんだけど、美味しいし空いてるから。転入祝いに、ご馳走するからさ」


 どうしようかと思ったけれど、空いてて美味しいってのはいいな。


「分かった。じゃあ、ご馳走になるよ」


「うん」


 こくりと愛らしく頷く夢佳は、金色の髪を揺らしながら、少し子供っぽい笑みを浮かべた。



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