第28話

 しばらくすると街外れの大きな家に到着した。


 コンラッドは周囲を高い塀で囲まれた立派な屋敷を見上げた。


「へえ。いいとこ住んでるんだな」


「実家ですよ。中で父も待ってます」


「え? お父さんも? そういうことは早く言えよ」


「ダメでしたか?」


「ダメっていうかさ。緊張するだろ。教え子の父親と会うのは」


「十年も前の教え子ですよ。気にしなくてもいいのでは?」


「そうもいくかよ。あの後大変だったんだよ。なんでうちの息子を連れていなかったんだとか、うちの娘の方が優秀だとかって責められて。こっちはバランスと戦略考えて少数精鋭で行ったんだけど、いくら説明しても聞いてくれなくてさ。特に貴族。あいつらは名誉がなんだってうるさかった」


「まあ、あそこには一族の誇りを背負っていた人も多かったですからね。だからこそ平民出身のアレンが選ばれた時はびっくりしました。同時に嬉しかったですよ。うちも平民ですから。アーシュラなんて食堂の娘ですからね」


「ベルモンドとリリーに至っては亜人だからな。俺は田舎者だからさ。あんまり王都の風習とか貴族の価値観とか知らなかったし」


「でも結果は正しかった。魔王を倒せたんですから。痛快ですね」


 カーティスは誇らしげに微笑んだ。


「どうだろうな。俺は食あたりであんまり仕事できなかったから。正直アーシュラがいなかったらヤバかったな」


「あの子は昔からすごかったですしね」


 玄関で馬車が止まるとカーティスはドアを開けた。


「どうぞ」


「おう。ありがと」


 コンラッドは緊張しながら馬車から降りた。


 中に入ると古いながらもしっかりとした造りの屋敷だった。


 コンラッドがカーティスに連れられるまま食堂に向かうと、そこには豪華な料理と父親が待っていた。


 カーティスを三十歳ほど歳を取らせ、口髭を蓄えた優しそうな父親はコンラッドを見て微笑し、年季の入った手を伸ばした。


「お待ちしてました。この家の当主、モーリス・パルマーです」


「コ、コンラッド・バーンズです。突然お食事にお邪魔してすいません」


 コンラッドは緊張しながら握手をする。


「いえいえ。あなたは国の英雄だ。色々と話を聞かせてください」


「はあ……」


 最初は居心地の悪さを感じたコンラッドだったが、ワインが一本空になると笑顔になっていた。


「いやあ、すいませんねぇ。息子さんを連れていけなくて」


 顔をほんのりと赤くしたモーリスは笑った。


「ハハハ。正直言うと助かりましたよ。大事な息子を危ない戦いに取られないで。こいつにはずっと警察官になって欲しかったんですけど嫌がりましてね。だけどあの戦いが終わってしばらくなにもせずに過ごしたあとに警官になりたいと言い出したんです。あの時は嬉しかった」


 カーティスはむず痒そうに苦笑する。


「僕なりに色々と考えたんだ。自分にできることはなんだろうって。残された僕の戦いはなんなのか。そして気付いた。僕はみんなを守りたいんだ。父さんを喜ばせるために警官になったわけじゃない」


 コンラッドはワインを一口飲んで笑った。


「相変わらず真面目だな。性格が魔術に出てる。拘束系ってあんまりいないんだよ。だから敵を捕まえる時とか戦力になりそうだと思ったんだけど、あの作戦は隠密と速攻だったからな」


「もういいですよ。自分でも相性が悪いことは分かってましたから。でも警察も甘くはなかったです。最初の数年は色々と悩みました」


「へえ。なにを?」


 コンラッドはステーキをもぐもぐ食べながら尋ねた。


「王都は変わってしまいましたから」


 事情を知らないコンラッドはカーティスの言っている意味をよく分からなかった。


 父親のモーリスがワイングラスの中身を回した。


「昔は比較的安全だった王都ですが、最近じゃ犯罪率の高さに悩んでいます」


「たしかに銀行強盗なんて聞いたこともなかったですね」


「ええ。ですが今では珍しくもありません。格差ですよ。格差が広がってしまった」


「ほう。またなんで?」


「土地の高騰で貴族が潤う一方で、それを労働者には還元しなかったんです。だから物価が上がっても給料は変わらず、労働者は苦しんでいます。儲かっているのは一部の経営者くらいですよ。それも貴族の機嫌を損ねたら終わりです」


「なるほど。当然不満が積もるわけだ」


「ええ。しかも戦後復興で外から労働者がたくさんやって来ました。彼らは学もなく、頼れる存在もいない。仕事を失えばそれが犯罪グループに流れるんです。それと魔族です」


「魔族?」


「はい。一昔前までは魔族も大勢住んでいました。しかし彼らは誇りが高く、カネに執着しない。そのせいで王都に住めなくなった。それと差別です。魔王を倒して以来、彼らは残党とみなされるようになった」


 コンラッドは嘆息してフォークを置いた。


「ひどい話だ。魔王を倒したのは人間だけの力じゃない。魔族の協力なしでは不可能だった」


「ええ。戦っている時は仲間でしたが、それが終われば変わった隣人に戻りました。それを貴族が利用したんです。経済政策の失敗を隠すためにガス抜きとして利用された」


「なるほどねぇ。元々王都の貴族は差別的でしたからね。ベルモンドとリリーを連れて行ったことを永遠に責めてくる人もいましたよ。亜人が人間より勝ってると考えているのかって。そういう考えをなんと言うでした?」


「人間蔑視ですか? まさしくそれが王都に蔓延しました。人間が貧しいのは魔族が仕事とカネを得ているからだと。彼らは魔力を持ち、肉体的にも人間より強いですからね。マナを使えない一般市民からすれば恐ろしい存在でしょう」


「差別された魔族と食えない人間が手を組み、犯罪に手を染めている。そういうわけか」


「はい。彼らは政治の犠牲者です」


 モーリスは残念がったが、コンラッドは別のことを考えていた。


 自分達が魔王を倒したから世界は変わってしまった。そのせいで富める者いれば貧する者もいる。


 コンラッドのせいでないのは理解していても、なんとも寂しい気持ちになった。


 コンラッドはカーティスに向けてやるせない笑顔を向けた。


「俺の埋め合わせをしてくれてるわけか。悪かったな」


「いえ。そんなことは。それに答えはもう出ましたから。どんな理由があっても自分は犯罪者を許さない。彼らに事情があるのは理解してますけど、だからと言って野放しにするわけにはいかないですからね」


「……そうだな」


 コンラッドは複雑そうだったが、それでも仕事に勤しむ教え子を否定しなかった。

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