第19話

「明日の夜? それは本当ですか?」


 砦に戻ったコンラッドは砦にある豪華な部屋でピエールにエリン達が襲撃を企てていることを説明した。


 驚くピエールにコンラッドは頷いた。


「間違いないです。詳しくは聞いてないけど、どうやら上手い作戦があるらしい」


「と言うと?」


「さあ。だけど狙いはあなたです。あなたの首を全力で取りに来る。それこそ命懸けで。陽動や放火。鳥形の魔獣を使っての空襲等々、やれることはなんでもやるでしょうね。それだけ奴らは本気です」


 ピエールの顔が青ざめた。焦りながら色々と考えを巡らせる。


「なるほど。ありそうですな。奴らの戦力で砦を落とすことは不可能。なら寝首をかきにくる可能性は高い、か。有益な情報をありがとうございます」


「いやいや。俺は明日の昼にここを出ますから。これくらいはしないと」


 かぶりを振るコンラッドにピエールが驚いた。


「あ、明日の昼に出る? 奴らの襲撃前にですか?」


「ええ。あんまり遅れると怒られそうですからね。王様に」


 王の名前が出てピエールはたじろいだ。


「た、たしかにそうかもしれませんが、なにも明日の昼に出ることは……。せめて奴らの襲撃を迎え撃ってからでよいではないですか? そうすれば報酬を支払いますよ?」


「残念ですが結構です。あれはロン達にでもやってください。あいつらが責任を持ってあなたを守りますから」


「責任を持ってと言いますが、あいつらは王都で活躍できなかった人材。それに命を託すのはいささか心細いと言いますが……」


「俺の教え子を信用できないと?」


 コンラッドが圧力を掛けるとピエールは首を横に振った。


「い、いえ……。ですがあのエルフはかなりの強敵です。もし屋敷に潜り込まれでもしたらあいつらに守り切れるか……」


 ピエールはしばらく考えていた。


 頭の中では如何にしてリスクを排除するかが計算されている。


 そして出て来たのはあまりにも彼らしい答えだった。


「………………一時的にこの町から避難するか」


「え?」


 コンラッドは苦笑するが、ピエールは本気だ。


「奴らに夜襲を確実に迎え撃てるほどの実力があるとは思えません。もちろんあなたが育てたロンは優秀です。しかしあいつ一人で私を守り切れるとはとても。なんせ屋敷は狭くて複雑ですからね。少し離れた隙にやれる可能性はあります」


「まあ、そうかもしれませんけど。でもいいんですか? ここはあなたの町でしょう? 砦も屋敷もそうだ。それを主であるあなたが放棄するなんて」


「なあに。こんな砦どうでもいいですよ。屋敷だってそうです。あそこがなくなっても他にいくつも持ってますからね。大事なのは命。そして富です」


 あまりにも真面目な顔でそんなことを言うのでコンラッドは呆れていた。


 だがピエールは止まらない。


「ああそうだ。影武者を用意しましょう。カネを渡せば簡単に貧しい町民を雇えるでしょう。そいつに身代わりになってもらえば屋敷に来た敵を安全に倒すことができます。名案だ」


 ピエールは自らの案に惚れ惚れしていた。


 コンラッドは皮肉めいた笑みを浮かべる。


「ええと。一つ聞きますが、あなたが砦に残り、先陣を切って戦うという選択肢は?」


 ピエールはとんでもないと驚いた。


「なんてことを! そんなことは身分が低い者の役目。私の役目は別にあります。知恵を持つ者はいつだって安全な場所を用意されて然るべきなのです」


「……なるほど。よく分かりました。決めるのはあなただ。好きにしてください。では失礼します」


 コンラッドは笑顔でそう告げた。


 それからピエールはあれこれと考え続け、その間にコンラッドは部屋から出た。

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