第18話
エリンはコンラッドに向かってすぐさま弓矢を放った。
コンラッドは再びそれをキャッチする。
「戯れ言も大概にしろ!」
「……だよな。でも冗談で言ってるわけじゃない。俺は君みたいな子供が生き死にの場にいることがイヤなんだ。それはあんたもだろ?」
コンラッドに聞かれ、バンガードは小さく息を吐いた。
「無論、そうだ。だが森を守る為には必要な戦力でもある」
「なにが戦力だ。子供を担ぎ出してる時点でその戦は負けだよ」
バンガードはムッとしたが、反論できなかった。
だがエリンは更に怒った。
「子供扱いするな! 私はエルフだぞ! お前より年上だ!」
「精神的な話をしてるんだ。エルフは長生きするが精神的な成長は遅い。暴力に訴えているのがなによりの証拠だ」
「ふざけるな! 人間共が先に攻めて来たんだろうが!」
「……まあ、それは仰るとおりだ。反論の余地もない。だけどこのままだとお前達は負ける。死んで、森はチョビ髭の物になるぞ。そうなれば目も当てられない」
「勝てばいい! 人間共を根絶やしにすれば森は守られる!」
「不可能だ」
「なに!?」
ヒートアップするエリンに対し、コンラッドは落ち着いていた。
バンガードが尋ねる。
「なぜ無理だと?」
「相手が人間だからだ。魔族と違い、一つの森や山に仲間全員が住んでいるわけじゃない。この町よりも遙かに広大な国がある。例えチョビ髭を倒してあの町を焦土にしても王都から援軍がやってくるだけだ。そうなればあんたらがどんなにがんばっても勝てない。あの砦にいる何倍、何十倍の兵達を相手にしないといけないからな。手練れも大勢来る。どう転んでも勝ち目はない」
「何十倍……」
バンガードは腕を組んでむうっと唸った。
今でさえ砦を落とすのに苦労している。それどころか土地を広げられていた。
この状況が悪化すれば森はすぐさま人の手に落ちる。
言い換えれば魔族が舐められているから今の状況を保てているということだ。
コンラッドは人間を本気にさせるなと忠告していた。
「だからって故郷を捨てて逃げろって言うのかよッ!」
そう叫んだのはウェアウルフのジンゴだった。
優秀な耳で会話を聞いていたジンゴは周囲の警戒から戻って来た。
「ここは俺達が生まれ育った森だ! だから守る! それだけだ!」
「立派だな。お前は正しいよ。ただし、それができる強さがあるならだけど」
「なんだとッ! もう一回言ってみろッ!」
ジンゴはコンラッドに殴りかかった。
巨大な拳がコンラッドに飛んでくる。コンラッドはそれを避け、空振りさせるとそのままジンゴを投げ飛ばした。
「うおッ!」
ジンゴは空中で一回転して木の幹に着地した。
それを見てコンラッドは面白そうに驚く。
「さすがのフィジカルだな。でも投げられてる時点で負けだ。今だって首を切り落とすことができた」
「ぐう……」
ジンゴは悔しそうに木から地面に下りた。
奇しくもエリン、バンガード、ジンゴでコンラッドを囲む陣形になった。
だが誰も手を出せない。それだけ力量に差があった。
「ほらな。引退した俺に手も足も出ない。王都には俺より強い奴がいる。そいつが来たらどうするつもりだ?」
「くっ…………。ど、どうにかする!」
ジンゴは悔し紛れにそう言うが、解決策は持ち合わせていなかった。
コンラッドは言い放つ。
「どうにもならない。お前達は死んで、森は消える。これは事実だ。ならお前らだけでも生き延びた方がいい」
バンガードはコンラッドをじっと見ていた。
「……お前はそれを我々に言いに来たのか?」
「そうだ。命を無駄にするな」
「人間らしいな。だが聞けん」
コンラッドは黙って眉をひそめた。
バンガードは静かに告げた。
「我々はここで生まれ、そして死ぬ。それは遅かれ早かれそうなるのだ。ならばその時が来たと思い、戦うのみ。たとえ森共々滅びても、あの人間の腕一本でももぐことができるなら後悔はない」
あまりにも覚悟の決まった言葉だった。
コンラッドは溜息をついた。
「まあ、そうなるわな。念のために聞いておくけど、次に砦を攻めるのはいつだ?」
「明日の夜だ。邪魔をするなら貴様も敵と見なす」
バンガードはコンラッドを信頼して答えた。
「明日か……」
コンラッドは頭を搔いた。
「困ったな…………。どうにか延期できないか?」
「できない!」
エリンはそう答えた。
「…………そうか。じゃあ、やっぱりこの森を諦めてもらうしかないな。力尽くでも」
コンラッドが一瞬、本気を出した。
並々ならぬ殺意。
それに気付いたエリン達は一斉に距離を取る。
焦りながら臨戦態勢を取るエリン達を見て、コンラッドは苦笑した。
「冗談だよ。そんなことしたら腰が死ぬ」
コンラッドはポケットからアメを取り出した。それをエリンに向かって投げる。
エリンはアメをキャッチした。
「あげるよ。惜別だ。君達の覚悟が見れてよかった。じゃあな」
コンラッドは悠々と元来た道を戻り始めた。
そしてフッと笑うと呟いた。
「いい森だな」
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