第26話 ずるい。


「律?」


「……え? あ、ああ、ごめん」


 花梨ちゃんの衣装を着た真凛があまりに可愛すぎて完全に見惚れてしまっていた俺を、真凛の声が現実に引き戻す。


「どうしたの? ……もしかして似合ってない?」


「いや、逆だよ! 似合いすぎてて言葉が出なかったんだ」


「ふぅん? つまり?」


「つまり、その……めちゃくちゃ可愛いです」


 心からの本音を素直に伝える。かなり恥ずかしいけど。


「あ、ありがと……。嬉しい」


 俺の言葉を聞いた真凛の顔が赤くなっていく。メイクをしていてもはっきり分かるくらいに。


 ……というか、花梨ちゃんの姿で照れるのは反則だって。可愛すぎて頭がどうにかなりそうだ。


「あと1時間、だね」


 気付けばもうそんな時間になっていたらしい。


 配信にはギリギリ間に合ったけど、これからどうすべきか。とりあえず、真凛の写真を撮りたい。……いや、下心とかではないよ?


「とりあえず間に合ってよかった。……あの、真凛」


「ん? なに?」


「写真、撮りたいんだけど、いい……かな?」


 おずおずと尋ねる俺を見た真凛が、不思議そうな顔でこちらを見つめ返してくる。


「なんでそんなに恥ずかしがってるの? そのために作ってくれたんでしょ? ……まぁ、私は律に見せられただけでも嬉しいんだけどね」


 満足、と言ってくれたことがとても嬉しい。でも正直、これだけ可愛い真凛を独り占めしたいと思っているのも事実ではあるけど。


 そんな自分本位の考えを頭から振り払い、俺はスマホを構える。これだけ可愛い真凛を独り占めするなんて、世界の損失だからな。


 ――パシャリ。


 シャッター音と共に、笑顔の花梨ちゃん(真凛)がスマホに保存される。写真越しでもその可愛さは変わらず、思わず見惚れてしまうほど。


「どう? 可愛く撮れた?」


「うわっ!?」


 写真を確認していた俺のすぐ隣から、真凛がスマホを覗き込んでくる。ち、近い……!


 ウィッグが俺の鼻先をふわりと掠め、肩のあたりに真凛の体温が伝わってくる。そして、なにか柔らかい感触も。……うん、深く考えないようにしよう。


「お、可愛く撮れてるね。それじゃ早速、インスタにあげようかな」


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、真凛はいつもと変わらない。楽しげに笑いながら俺からスマホを受け取り、さっきの写真をネットに上げるために色々と加工をしていく。


「……これでよし、と」


 俺にはよく分からない加工を色々したあと、完成品を俺に見せてドヤ顔をする真凛。


「すごくない、これ? めちゃくちゃ花梨ちゃんなんだけど」


 自分の写真を眺めながらうっとりとしている真凛を見て、心が温かくなる。これだけ喜んでくれるなら、頑張った甲斐があった。心の中でガッツポーズ。


「ホントすごい……。自分で言うのもなんだけど、可愛すぎない?」


 めちゃくちゃナルシストな発言だけど、真凛が言うとまったくそんな感じがしない。謎の説得力がある。


「俺もそう思う。それに自分で言うのもなんだけど、衣装もすごい」


「そう! 律の衣装が凄すぎるんだよ! こんな完成度の衣装、見たことない!」


 珍しくテンションの高くなった真凛が、俺の肩を掴み顔を近づけてくる。あまりに近すぎて、彼女の瞳に映る俺の姿がはっきりと見えるくらい。


「あ、ありがとう。……真凛?」


 じっと俺を見つめたまま、その瞳が揺れ動いている。その動きだけで真凛の気持ちが伝わってくるようだ。


 そして、そのまま少しずつ顔が近づいてくる。……ちょ、ちょっと!?


 このままだとぶつかる――!


 そう思った瞬間、真凛が遠ざかっていく。


「ごめん、今のなし」


「う、うん……?」


 いまいち真凛の言葉の意味が分からないけど、とりあえず頷いておく。


「……花梨ちゃんのままするのはずるいよね。ちゃんと私は私で、頑張らないと」


 ――まるで自分に言い聞かせるように小さく呟かれたその言葉の意味を知りたいと思ってしまうのは、俺のわがままだろうか。


 

 

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