第25話 デビュー記念日。
真凛とのデートを終え、次の日。
俺は久しぶりに? 部屋で一人、黙々とコスプレ衣装を作っていた。
花梨ちゃんのデビュー2周年まで、あと一週間。いよいよ仕上げの段階に入り、今は細々とした装飾品を作っている。
完成度は90パーセントといったところだろうか。時間をかけたこともあり、クオリティの方も自信がある。
「ふぅ……」
作業がひと段落したので、軽く伸びをしてスマホを開く。Twitterのタイムラインを眺めていると、花梨ちゃんファンたちのつぶやきがたくさん流れていた。
『2周年、楽しみだなぁ』
『昨日の配信めちゃくちゃ面白かった!』
『ファンアート描いてみました!』
推し仲間たちのそんな呟きを眺めていると、花梨ちゃんの凄さがよく分かる。最近は登録者も順調に伸びてきているし、面白さにも磨きがかかってきた。
「俺も負けてられないな……」
そんな謎の対抗心を燃やしながら、作業を進めることにする。今取り掛かっているアクセサリーはあと少しで完成しそう。……よし、頑張ろう。
――ポコン。
作業を再開しようとした瞬間、スマホから軽快な通知音が鳴る。
……真凛からかな?
そう、友達の少ない俺にメッセージを送ってきてくれるのはだいたい真凛と決まっているのだ。
『律、今何してるの?』
やっぱり真凛からだった。時刻は22時を指している。寝る前にメッセージを送ってくれたんだろう。
「今、衣装作りをしてるよ……と」
可愛らしいスタンプと一緒に返信する。今作ってるアクセサリーは今日中に完成させてしまいたい。
『そっか。無理しないでね。おやすみ、律』
いつもなら長く続くメッセージのやり取りも、今日はすぐ終わってしまった。真凛なりに気を遣ってくれてるのだろうか。……俺としては、もっと真凛と喋りたいんだけど。
でも時間がないのも事実。早く完成させて、この衣装を真凛に着てもらいたい。
……よしっ!
気合いを入れ直し作業に戻る。真凛と花梨ちゃんのためにも、なんとしても間に合わせてみせる。
◇◇◇
そうして、ついに花梨ちゃんの2周年記念日がやってきた。
「……律、ちゃんと寝てる?」
「う、うん、まぁ……」
家にやってきた真凛が心配そうに俺の顔を覗き込む。
この一週間はなかなかの修羅場だった。衣装の完成度を上げるため、最後の仕上げをしていたんだけど……。これがなかなか終わらなかった。
でも、そのおかげで満足のいく出来になったと思う。
「すごい……。律ってもしかして天才?」
広げられた衣装を見た真凛が感嘆の声を上げる。
「ありがとう。……もしかしたら天才なのかも」
1ミリもそんなことは思っていないけど、寝不足のせいかそんな大言壮語も飛び出す。
花梨ちゃんの配信まで、あと1時間。ギリギリまで作業をしてしまったせいで真凛を待たせてしまったかもしれない。
「ねぇ、これ着てみてもいい?」
「もちろん。そのために作ったんだからさ」
俺の作った衣装に興味津々な様子の真凛。
「それじゃ、着替えるね」
「ちょ、ちょっと!?」
言いながら真凛が上着を脱ぎ出す。いや、俺のこと忘れてない!?
「大丈夫だって。ちゃんと見られてもいい下着、着てきたから」
「そういう問題じゃないって! 今出ていくから!」
「待って。ここにいて」
慌てて部屋から出ようとした俺を腕を掴み、真凛がポツリと呟く。いや、ここにいてと言われても……。
「律には見ていて欲しいの。私が花梨ちゃんになる瞬間を」
「……わ、分かった。でも流石に見るのはちょっと」
「じゃあ目を閉じてて。近くにいてくれるだけでいいから」
……それもどうなんだろう。
いやでも、ここまで言われたら仕方ない……か。なるべく無心になれるよう、強く目を閉じる。
――ぱさっ。がさがさ。
衣擦れの音が、静かな部屋に響く。目を閉じているせいか、聴覚が鋭くなっている気がする。……というか、脱ぐのに躊躇いなさすぎない?
いや、気にするな。無の境地を開け。俺は今、ただの無だ。
「……もういいよ。律」
がさごそという音が止み、真凛の声がする。着替え終わったんだろうか?
おそるおそる目を開ける。
「……どう、かな。似合ってる?」
――そこには、今まさに画面から飛び出してきたかと錯覚してしまうくらいの【花梨ちゃん】、いや真凛が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます