第22話 友達以上、夫婦未満。


 今の気持ちを、真凛に伝える。


 たったそれだけのことなのに、そのことを考えると心の中を不安が埋め尽くす。


 これまで作り上げてきた関係が、壊れるのが怖い。

 ……そしてなにより、真凛に拒絶されるのが怖い。


「……どうしたの、律? ボーッとして」


「え、ああ、ごめん! ……なんだった?」


 隣を歩く真凛が心配そうに俺の顔を覗き込む。そうだ、今は二人でお出かけ中だった。こんなことを考えてる場合じゃない。


「もう、聞いてなかったの? 次は映画館に行こうって話」


 口を尖らせながら真凛。


 映画、か。そういえば最近あまり見ていなかったな。昔はよく一人で見に行ったものだけど。


「何か見たいものでもあるの?」


「ある……けど」


「けど?」


 どうしたんだろう。真凛にしては歯切れが悪い。なにか言いにくい理由でもあるのかな。


「まぁいいじゃん。映画館に行ってからのお楽しみってことで。それより律、大丈夫? もしかして体調悪い?」


「いや、大丈夫! ちょっと考え事してただけだから」


「……そうは見えないけど。一回どこかで休憩する?」


 たしかにちょっと寝不足ではあるけど、このくらいなら問題はない。……というか、上手く隠していたつもりなのに、どうやら真凛にはお見通しみたいだな。


「大丈夫だって! ほら、いこ?」


 頭の中を支配する、様々な思いを振り払って、気丈に振る舞う。真凛に気を遣わせたくない。それに、俺としても真凛と一緒に映画を見るのは楽しみだ。


 ◇◇◇


 そうしてやってきた映画館。

 大きなショッピングモールの中に併設されたそこは、休日ということもあってかとても混雑していた。


 家族連れや、カップルと思しき人たちが、思い思いに休日を楽しんでいる。


 ……周りから見たら、やっぱり俺たちもカップルに見えるんだろうか。いや、流石に俺と真凛では釣り合わなさすぎて、そうは見えないか。


「あれ? あの子……」


 そんなことを考えながら周囲を見渡していると、一人でポツンと、所在なさげに佇んでいる女の子の姿が目に入る。


 ……もしかして、迷子かな。


「どうしたの、律?」


 いつの間にか真凛に繋がれていた手を軽く引っ張り、立ち止まる。真凛は俺が突然立ち止まったことに驚いたのか、不安そうな顔をしていた。


「いや、ほらあの子……迷子じゃないかな」


「ほんとだ。……よく気づいたね」


「ちょっと行ってくる」


 俺は真凛に握られた手を優しく振り解き、なるべく静かにその女の子に近づく。そして、しっかりと目線と下げてから話しかける。


「どうしたの? お母さんかお父さんは?」


「……はぐれちゃった」


 やっぱり迷子みたいだ。泣いたり慌てたりしていたわけじゃないから、周りの人たちは気づかなかったみたいだな。


 話を聞いてみると、どうやらご両親と買い物にやってきているとのこと。こういう時はどうすればいいんだろう。とりあえず迷子センターかな?


「迷子センターにいこっか」


「うん」


 手を繋いであげると、素直についてくきてくれる。俺だけだったら不審者だったかもしれないけど、真凛がいてくれたおかげで心を許してくれたらしい。


 そして、もう一つの手は真凛と繋いでいる。俺、女の子、真凛、という図だ。


 三人で歩きながら、迷子の女の子と会話してみる。どうやらマイちゃんというらしい。

 

「……なんか、私たち夫婦みたいだね」


「えっ」


 三人でゆっくりと迷子センターに向かっていると、真凛が突然そんなことを言い出す。ふ、夫婦……!?


「お兄ちゃんたち、仲良しなの?」


「そうだよー? 私たち、仲良しさんなの」


 そう話す真凛の笑顔は優しさに溢れている。普段のキリッとした姿とは正反対で、そんな真凛に思わず見惚れてしまう。

 

 ……仲良しさん、か。真凛にそう思ってもらえるのはすごく嬉しいけど、俺はもう、その先を望んでしまっている。


 そんな気持ちを隠して、俺はマイちゃんに優しく微笑んで見せるのだった。


 ◇◇◇


「あ、パパ! ママ!」


「真衣ちゃん!」


 迷子センターに着くと、そこには真衣ちゃんのご両親がいた。どうやら今まさに迷子の放送を頼もうといていたらしい。


「よ、良かった……!」


 お母さんがマイちゃんを抱きしめて、安心したように頭を撫でている。良かった、すぐに出会うことができて。


「本当にありがとうございました……! ほら、真衣ちゃんもお兄ちゃんとお姉ちゃんにありがとうしなさい?」


「ありがと、ございましたっ」


 マイちゃんの、少したどたどしいお礼の言葉に、俺の胸が暖かかくなる。隣を見ると、真凛も安心したように優しく微笑んでいた。どうやら俺と同じ気持ちらしい。


「またね、マイちゃん」


「うんっ。またねーー!」


 しきりにお礼をしながら去っていくご両親を見送る。その間、マイちゃんはずっとこちらに手を振っていた。


「……良かったね、すぐ会えて。律のおかげだね?」


「いや、俺だけだったらあんなにスムーズに行かなかったと思う。真凛がいたからマイちゃんが安心してくれたんだろうし」


「そっか。……ふふ、かっこよかったよ、律」


「あ、ありがとう?」


「なんで疑問系? ……いつも思うけど、律って自己評価低いよね?」


 真凛がそんなことを言うものだから、俺は言葉に詰まってしまう。


「そう……かもしれない。たまに、真凛の隣を歩くのが少し不安になるんだ。俺みたいなのが、真凛と一緒にいていいのかなって」


 つい、そんな本音がこぼれてしまう。俺のそんな独り言にも似た小さな声が、雑踏に消えていく。


 その言葉は、真凛にはしっかり届いてしまったようで、ムッとした顔で彼女が俺の頬をむにゅりとつまむ。


「……律。次そんなこと言ったら怒るから。わかった?」


「ふぁ……ふぁい」


「律は、私にとってはヒーローだよ。それに、マイちゃんにとっても、ね」


 真剣な表情で言う真凛。


 俺を信頼してくれている真凛のまっすぐな想いが、痛いほど伝わってくる。


 俺はその想いに応えるように、頬をつままれたまま何度も頷く。すると真凛はその手を離し、納得したような表情になる。


「……それでよし。律には律のいいところがあるんだから。私はそれを知ってる。優しいところ、気が利くところ、それと……」


 言葉を切り、俺を改めて見つめる真凛。


「……カッコいいことろも、ね」




──

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