第21話 叶えたい気持ち。
「ふぁあ……おはよう、律。あれ、どうしたの? そんな死にそうな顔して」
翌朝。
結局一睡もできなかった俺の顔を見て、真凛が不思議そうにしている。
……俺の気も知らないで、とはさすがに言えない。
真凛は、俺とは反対にぐっすり眠れたようで、いつも眠たげな瞳がぱっちりと開いている。目覚めは良い方らしい。
「おはよう……。ちょっと顔洗ってくる」
そう言い残し、洗面所へ。
バシャバシャと顔を洗うと、ようやく目が覚めてくる。そしてそれと同時に、真凛の寝起き姿の可愛さにいまさら胸がドキドキしているのを自覚する。
あれは反則だろ……。
正直、あのまま部屋にいたら冷静でいられなかっただろう。危ない危ない。
◇◇◇
部屋に戻ると、パジャマから着替えた真凛がベッドに腰をかけてマンガを読んでいた。
「お、やっときた。律って朝弱いんだ」
「まぁ、ね……。それより真凛、今日はどうするの?」
本当は朝は強い方だけど、適当に誤魔化しておく。
「よくぞ聞いてくれました。今日はお出かけしたいと思います」
こんなに元気な真凛は珍しい。……いや、いつも元気なんだけど、これだけテンションが高いのは初めて見たかもしれない。
「お出かけって、どこに?」
「それは行ってからのお楽しみ。……ほら、はやく準備して」
「ちょっ!?」
言いながら立ち上がり、俺の服を脱がそうとする真凛。
「何照れてるの?」
「あ、当たり前でしょ! そのくらい自分でできるから、ほら、部屋から出て!」
「はいはい。それじゃ待ってるから、なるはやでね」
そう言って真凛が部屋を出ていく。こころなしか不満げだったけど、そんなに俺の服を脱がしたかったんだろうか。
真凛に触れられたところが熱い。急に近づいてくるもんだからドキッとした。なんか昨日から真凛の距離感がおかしい気がする。
……いや、そんなことを考えてる場合じゃない。待たせているし、さっさと着替えてしまおう。
◇◇◇
着替えを済ませ出かける準備を終えると、真凛は待ってましたと言わんばかりに俺の手をつかんでぐいぐいと引っ張っていく。
「今日は服を買いに行きます」
「服? ……確かにそろそろ衣替えか」
春も終わり、最近はずいぶんあったかくなってきた。そろそろ半袖でも過ごせそうなくらい。真凛はオシャレだし、シーズンごとに服を買ってるんだろう。
そうして連れてこられたのは、とてもおしゃれな服屋さんだった。俺も知ってる有名なセレクトショップ。……まぁ、もちろん母さんの影響だけど。
「……なにしてるの? 早く入ろ」
普段一人で入ることのないオシャレ空間に足踏みしていると、真凛が俺をグイグイと引っ張っていく。
気付いたら手をしっかりと握られていて、逃げ出すことができない。……手汗とか大丈夫かな?
店内に入ると、最新のトレンドの服がディスプレイされたオシャレ空間が広がっていた。周りに見えるお客さんたちもとてもオシャレ。
「すご……」
「あ、これ可愛い」
その煌びやかな空間に気後れしている俺をよそに、さっそく真凛が一着の服に目をつける。
それは薄水色のボーダーが入った、流行りを抑えた清潔感のあるシャツだった。
あれ、でもこれ……。
「……これ、メンズじゃない? 確かに真凛なら似合いそうだけど」
「何言ってるの? 今日は律の服を選びにきたんだよ?」
「……え」
そ、そうだったのか……?
「そんなに驚くこと? ほら、試着してみよ」
はい、とそのシャツを渡された……のはいいけど、試着なんてしたことがないからどうすればいいのか分からない。
「ほらほら、こっちこっち」
そんな俺の背中をグイグイと押していく真凛。その歩みには迷いがない。このお店にはよく来るんだろう。
そして俺は、試着室に押し込まれる。鏡には、シャツを持った俺の姿が映っている。
「……とりあえず、着てみるか」
こんなにオシャレなシャツが俺に似合うとはとても思えないけど、真凛がせっかく選んでくれた服だ。着ないという選択肢はない。
上着を脱ぎ、シャツをおそるおそる着てみる。……うん、意外と似合っている気がする。なんというか、こう、爽やかというか。
「わ、やっぱり似合ってんじゃん。……どうしたの、そんなにキョロキョロして」
試着室のカーテンを開けると、真凛がそう言って褒めてくれる。嬉しい反面、なぜかどこか落ち着かない。
「こういう服、初めて着たから……なんというか、恥ずかしいな」
「なんでそんな自虐的なの? 律って普段から身だしなみはキレイじゃん」
「そうだけど……。でも真凛が似合ってるって言ってくれて自信がついたよ。これ、買うことにする」
値札を見ると、思いの外リーズナブルだった。これなら買えそうだ。そしてなにより、真凛が選んでくれたというとこが一番だ。
「良かった、気に入ってくれて。……すいませーん、店員さーん」
真凛が近くの店員に声を掛け、そのままレジへ。支払いを終え、服が入った袋を渡される。
その袋を見ていると、じんわりと胸の奥が暖かくなる。真凛との距離が縮まった気がするし、この服を見るたびに今日という日を思い出すだろう。
――何気ない日常に、いつしか真凛がいるのが当たり前になっていた。これまで真凛には与えられてばかりだった。楽しい思い出、そして恋という気持ちを。
これからは、俺が返していく番だ。真凛がやりたいことを全て叶えてあげたい。
そしていつか……隣に並び立てるくらいになったら、俺はこの気持ちを真凛に伝えようと思う。
――好きだ、と。
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