第20話 真凛の本音。
――顔が熱い。胸もドキドキする。呼吸がうまくできない。
よりによって、これから一緒に寝ようとしているタイミングでそのことに気付くなんて……。どういう顔で真凛を見ればいいか分からない。
「どうしたの? なんか様子が変だけど」
「えっ!? い、いや? ベツニナニモナイヨ?」
「なんかある人の言い方なんだけど。顔も赤いし」
顔が赤いのはいまさらではあるけど、それより胸の高鳴りが真凛に聞こえてしまわないかが不安になる。これだけ近いとすぐにバレてしまいそうではあるけど。
「……なんで離れるの?」
俺が少しずつ距離を空けたことに目ざとく気付いた真凛が、その隙間を埋めるようピッタリとくっついてくる。
「……そういえば飲み物がないなー! ちょっと取ってくる!」
「あ、逃げた」
立ち上がり、部屋を出てリビングに向かう。あの感じだと明らかに怪しまれてそうだけど、とりあえず一旦落ち着かないとまともに真凛の顔も見れない。
俺は冷蔵庫を開け、麦茶をコップに注ぎ一気飲みする。冷たいのどごしのおかげで少しずつ頭が冷えていく。
そして、落ち着いたことによりこれから起こるイベントのヤバさにも気付いてしまう。一緒に寝る、なんてとても耐えられそうにない。
今からでもなんとかならないかな……。いやでも、勝負に負けたのは俺だし……。
「律、そんなところで一人でブツブツ言ってどうしたの?」
キッチンでうんうんと唸って頭を悩ませていると、お風呂から上がって寝巻きに着替えた母さんがやってくる。
「……ねぇ母さん、付き合ってもない男女が一緒に寝るのは良くないと思わない?」
「そうかしら? 私とパパもそんな感じだったから分からないわねぇ」
念のため母さんにこれからのことを聞いてみても、そんな答えが返ってくるだけだった。
「それより、真凛ちゃんを待たせてるんじゃないの? ほら、早く戻りなさい」
俺の悩みのことなんかまるで知らない母さんが、他人事のように言う。真凛と顔を合わせにくいからここにきたのに……。
でも、ここにいてもなにも解決しないのも事実。むしろ問題の先延ばしにしかならない。
――よし。覚悟は決まった。俺はなにがあっても真凛に手を出さない。
そして、二つのコップにお茶を注ぎ部屋に戻る。
……そこには真凛が待ちくたびれたといった様子で俺のベッドに寝転んでマンガを読んでいる姿が。
「なっ……!?」
真凛のその無防備な姿に、さっきの決意が早くも揺らぎそうになる。
「あ、遅かったじゃん。ありがとう、律」
当の真凛はいつもとなにも変わったところはない。むしろ、安心しきっているというか、だらけているというか。
「……どうしたの、そんなところで突っ立って。早くこっちきなよ」
「え、ああうん」
内心の焦りを隠しつつ、俺はお盆を机に置き、真凛から少し離れたところに腰を下ろす。
「ねぇ、このマンガってここで終わりなの?」
足をパタパタとさせながら真凛が言う。よく見ると俺の枕が真凛のあごの下に敷かれていた。……昨日洗っておいてよかった。
「今出てるのはそこまでで終わりかな。来週新刊が出るらしいけど」
真凛が読んでいたのは、最近アニメ化したラブコメマンガだった。オタクな主人公とギャルのヒロインが、共通の趣味をきっかけに仲を深めていくという、王道のラブコメだ。
「ふぅん……。なんかこの二人、私たちみたいだね」
言われてみればそうかもしれない。最新刊では二人が紆余曲折を経てやっと付き合うことになって、読みながら思わず「尊い……」なんて呟いてしまったっけ。
「こんな関係、憧れるよね」
……ん?
真凛がポツリとこぼしたその意味深な言葉が、俺の胸に突き刺さる。
「……ふわぁ。さてと、明日もあることだしそろそろ寝よっか」
真凛の言葉の意味を考えていると、さっきまでの雰囲気がなかったかのようにベッドから起き上がる真凛。
目がトロンとしているのを見るに、相当眠いらしい。
「ちょ、ちょっと待ってて! 布団敷くから!」
時計を見ると11時半を指していた。明日は休みだからもっと夜遅くまで起きるのかと思ったけど、真凛は意外と健康的な生活習慣らしい。
俺は急いでクローゼットの中から予備の布団を取り出し、机をどけて床に敷く。
「ありがと、律。それじゃ寝よっか」
軽く伸びをしながらベッドから立ち上がり、俺の敷いた布団に寝転ぶ真凛。まるで猫のような気まぐれさだ。
……いよいよこの時がやってきてしまったか。
「……おやすみ。電気は真っ暗のほうがいい?」
「うーん……うっすら点けといて。真っ暗だとつまずきそうだし」
分かった、と返事をして豆電球にする。……よし、寝るか……!
ベッドに潜り込み目を閉じると、さっきまでここで寝ていた真凛の体温と匂いを感じる。はやくも寝れる気がしなくなってきた。
「……律? もう寝た?」
そんな雑念と闘うこと十数分。時計の針が進む音だけが響く部屋に真凛の小さな囁き声。
やっと眠れそうな気がしていたのに、その声で真凛の存在を強く感じたことでまた目が冴えてしまう。
「……寝てる、よね」
狸寝入りを決め込んでいると、ゴソゴソと布の擦れる音がして、真凛の声がとても近くなる。
……というか、
――ドクンドクン。高鳴る胸の鼓動がうるさい。
ええと、俺は一体どうすれば……!?
「……律、いつもありがとね」
鼻にかかる真凛の吐息。
「――好き、だよ」
……!?!? す、好き……!? 誰のことだ!? 花梨ちゃんのことかな!?
そんな意味深な言葉を最後に、真凛の存在感が遠ざかっていく。どうやら布団に戻ったみたいだ。しばらくすると静かな寝息が聞こえてくる。
そんな真凛とは反対に、俺の目は完全に冴えてしまった。
さっきの言葉……。もしそれが俺に向けられたものなら、なんて夢物語のようなことを考えてしまう。
同じ趣味を持つ友達として出会った俺たちの関係。その関係が壊れるのは正直……とても怖い。
だけど、この気持ちは抑えられそうもない。友達の先の関係になりたいと願ってしまっている。
――そうして、そんな想いを抱えたまま、俺は一睡もできずに朝を迎えるのだった。
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