第11話 クラスのアイドルでも推し友になれますか?
「……え? 姫乃さん?」
ライトアップされたステージ。
そこに立つのは『ブルドーザーマン』のヒロイン、マキのコスプレに身を包んだ女の子。
まるで物語から直接飛び出してきたかのような完璧なコスプレに、会場の盛り上がりがグングンと高まっていく。今日一番の盛り上がりだろう。
鳴り止まない歓声と、途切れることのないカメラのフラッシュ。それに応えるように、ステージに立つ女の子は原作のポーズを次々に披露していく。
しかしその会場の盛り上がりとは裏腹に、鳴海さんだけは困惑の表情でステージを見つめていた。
――姫乃小春さん。
クラス、いや、学校のアイドル的存在の彼女は俺もよく知る人物だ。
そして、鳴海さんの友達でもある。俺と昼ごはんを一緒に食べるようになるまでは、二人で昼食を食べている光景をよく見たものだ。
その二人が楽しげに話す光景は、他のクラスからも見物人がくるほど。まぁ、その光景を俺は後ろの席から見ているだけだったけど。
だから初めて鳴海さんに話しかけられた時は本当に驚いた。みんなの憧れの女の子が俺に話しかけてくれるなんて信じられなかったからな。
「……鳴海さん?」
「え? あ、ごめん。ちょっとビックリして」
「本当に姫乃さんなの?」
「……うん。間違いない。あれは小春だよ。私もまだちょっと信じられないけど」
どうやら姫乃さんがコスプレをしていることは鳴海さんも知らなかったらしい。その瞳はステージに向けられ、そこに立つ姫乃さんをじっと見つめていた。
「……鳴海さん、これはチャンスだよ。姫乃さんにコスプレのことを聞こう」
「小春に?」
「そう、姫乃さんに。あれだけ完璧なコスプレができる姫乃さんなら、俺たちにアドバイスをくれると思う」
「……そう、だね」
少し歯切れの悪い鳴海さんが気になるけど、このチャンスを逃すわけにはいかない。
姫乃さんのコスプレは完璧だ。完全にマキというキャラクターになりきっている。彼女をよく知る鳴海さんだから気付いたけど、俺だけだったら絶対に気付かなかっただろう。
「小春……。なんで、よりによってあなたなの……?」
「鳴海さん?」
「……ううん、なんでもない。イベントが終わったら小春に連絡してみる」
――そう言ってステージを見つめる鳴海さんの瞳は、どうしてか心配げに揺れていた。
◇◇◇
「あ、真凛だーーー!! ホントに来てたんだねっ」
「ちょ、小春……! 急に抱き付かないでよ」
「だってだって! 真凛がコスプレに興味があったなんて知らなかったからさ!」
イベントが終わり、俺たちは会場の外で落ち合う。
鳴海さんが姫乃さんにメッセージを送ってみたところ、すぐに返信があったみたいだ。その内容は知らないけど、二人の様子を見るに姫乃さんは俺たちにコスプレのことを教えるのを快諾してくれたらしい。
すっかりメイクが変わった姫乃さんは、俺もよく知る姿だった。
茶色がかったショートボブの髪と、クリクリとした大きな瞳。
まるで絵本から飛び出してきたような可愛らしさを持つ姫乃さんは、誰が見ても美少女だと感じるだろう。
そしてなにより、彼女は誰とでもすぐに仲良くなれるコミュニケーション能力の持ち主だ。
そんな姫乃さんに抱きつかれた鳴海さんは、少し鬱陶しそうにしながらもどこか嬉しそうだった。それもそうだ、友達が同じ趣味を持っていたんだ。嬉しいに決まってるよな。
「で、で!? コスプレのことが聞きたいんだっけ!?」
パッと鳴海さんから離れた姫乃さんが、満面の笑みで俺たちを交互に見る。
「ていうか、なんで相良くんと真凛が一緒にいるの!? あ、でもそういえば最近よく話してたよね!? もしかして、そういう関係――」
「違うから。私たちは、その……。推し友ってやつ」
「推し友?」
聞き馴染みのない単語に、姫乃さんが頭に疑問符を浮かべている。
「えっと、俺たちは【来栖花梨】ちゃんっていうVtuberを推してる者同士なんだ。それでよく話すようになって――」
「来栖花梨ちゃん!? え、私もよく見るよ! めちゃくちゃ面白いVtuberさんだよね!?」
……え?
「てか、昨日も見たよ? 『ブルドーザーマン』推しとしては、花梨ちゃんの配信は見逃せないよねぇ」
うんうん、と目を閉じて頷く姫乃さん。
……まさか、彼女も花梨ちゃんリスナーだったとは。
「ってことはさ、私も真凛と相良くんの
「……そう、だね」
全身で喜びを表している姫乃さんとは反対に、鳴海さんが複雑そうな表情で小さくそう呟く。
花梨ちゃんリスナーがこんなに身近にいたことは俺としてもすごく嬉しいけど、鳴海さんのその普段とは違う態度にどこか違和感を覚える。
……どうしたんだろう。
「ここで話すのもなんだからさ、どこか落ち着ける場所に行かない? カフェとかさ! ……あ、でも衣装が邪魔か……」
足元に視線を落として姫乃さんが言う。確かに大きなキャリーバッグだ。カフェとかに入るのは少し躊躇われる。
「そうだ! 真凛の家とかは?」
「……今日は無理」
「うーん……じゃあさ、
お、俺の家っ!?
「……それはダメっ!」
姫乃さんのその突然の提案に困惑していると、鳴海さんが大きな声で叫ぶ。
「……ど、どうしたの真凛?」
普段クールな鳴海さんからは想像もできないその声に、俺と姫乃さんは驚いて鳴海さんを見る。
「それは……ダメ。絶対に……」
「ご、ごめん……?」
そこまで拒否されるとは思っていなかったのだろう。姫乃さんは何が何だかといった様子で鳴海さんに謝っている。
「そ、それじゃ一旦荷物を家に置いてくるねっ! また連絡するから、相良くんのlime教えて?」
可愛らしいスマホケースに飾られたスマホを取り出して姫乃さんが言う。
「あ、ああ」
俺は少し緊張しながらスマホを取り出し、連絡先の交換を済ませる。
……まさか、鳴海さんに続いて姫乃さんの連絡先までも手に入れることができるなんて。こんなことが知られたらクラスの男子たちから恨まれそうだな……。
そんな俺たちを黙って見つめている鳴海さん。
「ありがと、相良くん! また連絡するね! それじゃ、またね!」
連絡先の交換を終えた姫乃さんは、大きなキャリーバッグを引きずりながら大きく手を振りアキバの人並みに消えていく。
……すれ違った通行人たちが振り向いて姫乃さんを見ているのがここからでも分かる。すごいオーラだ。
「ごめん、相良。急に叫んだりして」
いつも俺を揶揄ってくる彼女からは想像もつかないくらい、しゅんとした鳴海さんが言う。
「俺のほうこそごめん。鳴海さんそっちのけで盛り上がりすぎたし……。俺、邪魔だったよね。姫乃さんも花梨ちゃんリスナーだったし、二人で話したかったよね」
「……全然わかってない。相良のバカ」
「ば、バカ!?」
そう呟く鳴海さんは、さっきまでとはうってかわっていつもの調子に戻っていた。
「ほんと、バカなんだから……」
――そ、そんなに俺ってバカなのかな……?
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