第9話 ねごと。


「うーん……なかなかうまくいかないな……」


 部屋で一人、俺はうんうんと唸っていた。


 本格的に衣装作りに取り掛かってから、俺はコスプレ、というか衣装作りの難しさを痛感していた。


 服飾についての知識は、ある程度ネットや本で調べることができた。しかし、実践的な技術や素材などの知識が圧倒的に不足している。


 例えば、スカートを作りたいとする。一見単純な構造だし、簡単に作れそうだと最初は思っていた。


 しかし、これはあくまでコスプレ衣装。よくあるスカートの作り方では、二次元にありがちなあの立体的なスカートを作ることができない。


 ふわりとしたアウトラインを出すために、硬めの素材を使ってみても、ゴワゴワとするだけ。


 こんなふうに、俺の衣装作りは難航していた。


 ◇◇◇


「なるほど。それじゃ見に行こっか」


 次の日。


 いつものように家にやってきた鳴海さんに、衣装作りが難航していることをに伝えると、さらっとそんなことを言う。


「見に行くって、なにを?」


「コスプレに決まってるじゃん。来週、アキバでイベントがあるんだってさ」


 なるほど。実際にコスプレを見て研究しようということか。確かに実際に見た方がいいかもしれない。


「てか、そんなことなら早く相談して欲しかったな。私も協力するっていったじゃん。相良ってそういうところあるよね」


「ご、ごめん」


「別に責めてないよ。ただ、もうちょっと私を信用して欲しいなって」


 少し寂しそうな鳴海さん。


「分かった。もしこれから困ったこととか、やって欲しいことがあったらすぐに相談する」


「それでよし。……でも、えっちなことはダメだよ」


「なっ……! そ、そんなこと言わないって!」


「どうかな。相良ってむっつりそうだし」


 にしし、と鳴海さんはいつもの調子で俺を揶揄う。もしかして俺の秘蔵の本がバレてる……?


「……もしかして、見た?」


「? 見たって何を? ……もしかして、ホントにそうだったんだ」


 ……しまった。墓穴を掘ってしまったみたいだ。


「それで、衣装のことなんだけど――」


「……話題を変えるのに必死な相良なのであった」


 鳴海さんが勝手にナレーションを入れているが、反応したら負けだ。いや、もう負けてはいるんだけど。


「特にスカートがうまく再現できなくてさ。どうやったらあんなに立体的なシルエットになるんだろう」


「……急に真面目じゃん。たしかにどうしたらいいんだろう。針金とか入れてるのかな」


 それは俺も考えた。でも、スカートを立体的に見せるには強度が足りなさそうなんだよな……。この辺は、実際にコスプレ衣装を作ってる人に聞いてみないと。


「それ以外は大変ではあるけど、なんとかなりそうなんだ。……というか、イベントでいきなりコスプレイヤーさんに話しかけても大丈夫かな?」


「そのために私がいんじゃん。任せてよ」


 確かに女の子の鳴海さんがいればスムーズに話が進みそうだ。俺なんかが話しかけたら事案になる。


「よし。それじゃイベントに向けて聞きたいことをまとめとくね」


「……またそんなこと言って。私も協力するってば。さ、座って座って」


 横にずれて、隣の床をポンポンと叩く鳴海さん。……そこに座れということだろうか。


 でも、さすがにもう動揺しない。ここで変にキョドるとまた揶揄われるからな。


 俺は鳴海さんに従って、隣に座る。いつもの香水の匂いがふわりと香る。すっかりこの部屋も彼女の匂いに染められた気がする。


 俺は適当なノートを取り出し開く。聞きたいことはたくさんある。採寸のやり方とか、衣装の材料をどこで買えばいいかとか。


 それらを一つずつノートにまとめていく。


「相良ってさ」


 集中して作業していると、隣に座っている鳴海さんが少しこちらに寄りかかりながらポツリと呟く。


「どうしてそんなに私に協力してくれるの?」


「……どうしてって、それは俺が鳴海さんの友達だから、だけど」


「ふぅん……。そっか、か」


「まぁ、鳴海さんは特別だけどね。最近鳴海さんのおかげで毎日楽しいし、感謝してるよ」


 そう言って鳴海さんの方を向くと、彼女は俺をじっと見つめ、そしてすぐに顔を逸らす。


「……そんな恥ずかしいセリフ、よく言えるね」


 ……もしかして、照れてるのかな?


「照れてないし。……嬉しかっただけ」


 どうやら心の声が口に出てしまっていたみたいだ。鳴海さんはもう一度こちらを向き、そして俺の方へと距離を詰めてくる。


 そ、そんなに近づかれると書きにくいんだけど。


 ……とは言えず、黙って作業に戻る。


 鳴海さんの体温と息遣いがすぐ間近に感じられる。正直ドキドキが止まらないけど、友達と言った以上邪な考えは抱いたらダメだ。


 最近はすっかり仲良くなって、鳴海さんも俺に気を許してるように思うけど、あくまで俺たちは推し友なんだ。


「……ふぅ。こんなものかな。終わったよ、鳴海さ――」


 作業を終え鳴海さんの方を向くと、彼女は俺の肩に顔を預けてすやすやと眠っていた。


「寝てる……。そういえばあんまり寝てないって言ってたっけ」


 鳴海さんもコスプレに関して情報を集めてくれている。昨日は必要なアクセサリーを夜遅くまで作っていたと言っていたし、寝不足なんだろう。


 ……まぁ、だからといって男の部屋で寝るなんて、ちよっと無防備すぎる気もするけど……。


「起こすのも悪いし……」


 今はゆっくり眠ってもらおう。俺はなるべく動かないようにしてノートを片付ける。


「相良……好きだよ……」


 鳴海さんはなにやらムニャムニャと寝言を言っている。


 す、好き……?


 ……いや、うん、花梨ちゃんのことだろう。多分夢の中で俺と花梨ちゃんについて熱く語り合っているんだ。きっとそうだ。


 ――そうして30分後。鳴海さんが起きた時には俺の足は痺れに痺れまくっていたのだった。


 

 

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