第7話 初めての共同作業。


『相良、来月のことなんだけど』


 鳴海さんが初めて家にやってきてからしばらくして。


 家に帰ってベッドで寝転びながらマンガを読んでいると、俺のスマホにそんなメッセージが届く。


 ――あの日から俺たちの関係は大きく変わった。


 今日は鳴海さんが用事があるとかで家には来ていないけど、なにか理由がない限りはだいたい家に来る。


『今日、空いてる?』というのが最近の鳴海さんの口癖だ。


 せっかく仲良くなれたんだし、俺からもそろそろなにかした方がいいかな、なんて思いはするもののなかなか行動に移せないでいた。


「……来月? なんかあったっけ……?」


 だから、鳴海さんから来たこのメッセージを見てドキリと胸が跳ねてしまう。

 

 ……もしかしてなにか大事なことを忘れちゃってる? 俺の誕生日、なわけないしもしかして鳴海さんの……。


「……あっ!」


 そこまで考えたところで、やっと思い出す。


 ――来月は、花梨ちゃんの2回目のデビュー記念日だ……!


 ◇◇◇


 そして翌日。

 

「で、どうしよっか? なんかしたいよね、せっかくの記念日なんだし」

 

 俺の部屋のベッドに腰掛けた鳴海さんが、俺に問いかける。最近の彼女の定位置だ。


 すっかり俺の家にいることが当たり前になって、いつのまにか俺の母さんとも仲良くなっていた鳴海さん。


 どうやら連絡先まで交換しているらしく、「今日真凛ちゃん来るって」と母さんから聞くこともしばしば。


 そういう時は母さんは張り切って、夕ご飯の準備をする。そしていつもよりおかずか増えた食卓で、鳴海さんと一緒にご飯を食べる。


『娘が出来たみたいで楽しいわぁ』というのが最近の母さんの口癖だ。


「うーん……。去年はオリジナルグッズを作ったりしたんだけど」


「え、すご。ね、見せて見せて」


 鳴海さんはキラキラと目を輝かせながら俺に催促する。


「もちろん。ちょっと待って」


 俺は立ち上がりクローゼットを開け、そこに仕舞われていた去年作ったグッズを取り出し机の上に広げる。


「……マジですごいじゃん。これとか売り物みたい」


 自信作の、アクリルスタンドを改造して作ったジオラマ。それを食い入るように見つめている鳴海さん。


「あ、ありがとう。でもまだまだだよ。けっこう失敗したところもあるし……」


「ふぅん……。私には完璧に見えるけどな」


 言いながらジオラマをじっくりと隅々まで観察する。……なんだか恥ずかしいな。


「今年もなにか作ろうかなって思ってるんだけど、アイデアがなかなか思い浮かばなくて」


 せっかくだし、去年よりもっとすごいものを作りたい。花梨ちゃんのおかげで鳴海さんと仲良くなれたし、その感謝をなにかいい形で表現できれば……。


「……あ、あのさ。お願いがあるんだけど」


 頭を悩ましていると、鳴海さんがそう切り出す。いつもはハッキリとものを言う彼女にしては珍しく歯切れが悪い。


「私、花梨ちゃんのコスプレしてみたいんだよね……」


 言葉の続きを待っていると、鳴海さんが恥ずかしそうに小さな声でポツリと呟く。


「……いいじゃん! めちゃくちゃいいと思う!」


 その提案に、俺は思わず体を乗り出してしまう。


 ――鳴海さんが花梨ちゃんのコスプレをしたら、それはもう可愛いだろう。いや、元々可愛いけど……!


「それで、その衣装を相良に作って欲しいなー、なんて……。あ、もちろん私も手伝うつもりだよ?」


「もちろん! 俺にできることならなんでもやるよ!」


「あ、ありがと。……ふふ、なんか私より相良の方が嬉しそうなんだけど」


「いや、前から思ってたんだよ。鳴海さんってなんとなく花梨ちゃんに似てるなって。もし鳴海さんがコスプレしたら絶対に可愛いと思う」


 髪の色は違うが、髪型といい、その華やかといい、どことなく二人は似ていると前から思っていた。


 その言葉を聞いた鳴海さんは顔を赤くして俯く。


 ……も、もしかして言ってはいけないことだった……?


「……相良のクセに生意気」


「ご、ごめん!」


「怒ってないよ。……むしろ嬉しかった」


 よ、良かった。怒ってはいないみたいだ。


「……ねえ、相良は私と花梨ちゃん、どっちが可愛いと思う?」


 ほっとしたのも束の間、鳴海さんは仕返しとばかりにそんな質問を投げかけてくる。


 そ、そんなこと考えたこともなかった。俺からしたら二人とも魅力的な女の子である。


「……ごめん。やっぱ今のなし。忘れて」


 どう答えたものかと黙り込んで考えていると、鳴海さんが空気を変えるようにあっさりとした口調でそう言う。


「……俺は、二人とも可愛いと思う」


「ちょっ……! わ、忘れてって言ったじゃん!」


 俺が素直な気持ちを伝えると、いつものクールな顔はどこへやら、顔を真っ赤にしてワタワタする鳴海さん。


 そんな彼女をしっかりと見据えて、俺は続ける。


「――コスプレ、絶対に成功させよう。俺はみんなに鳴海さんの魅力と花梨ちゃんの魅力を伝えたい。それになにより、俺が一番見たいと思ってるんだ。花梨ちゃんのコスプレをした鳴海さんを」


「……そ、そうなんだ。そんなにいうなら仕方ないな。相良の頼みだし、やってあげてもいいよ」


 顔を逸らしながら鳴海さんが言う。その表情は俺からはよく見えない。


 ……いつの間にか、俺がコスプレを頼み込んだみたいになっているのはちょっとだけ気になるけど。そんなことはどうでもいいか。


「それじゃ、明日から【鳴海さん、花梨ちゃん化計画】スタートってことで」


「ふふ、なにそれ。なんかダサくない? ……まぁいいや、よろしくね、相良」


 いつもの調子を取り戻した鳴海さんが楽しそうに笑う。


 その笑顔を見て思う。

 鳴海さんの期待に応えたい。そして、彼女の魅力を伝えたいと。


 ――こうして、俺たちの初めての共同作業が幕を開けるのだった。

 

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