第6話 真凛の秘密。


 ――真凛side


 私にはずっと気になっていた男の子がいる。

 

 相良 律さがらりつ

 

 どちらかというと目立たない、どこにでもいそうな男の子だ。だけど髪の毛は毎日しっかりと整えられていて、清潔感がある。身だしなみには気を遣っているんだろう。

 

 昼ごはんはいつも一人で、誰かと話しているところもほとんど見たことがない。まるで昔の私みたいだ、といつも思っていた。


 そんな彼のことが気になり始めたのは、入学式から一ヶ月くらい経ったある日のことがきっかけ。


 その日は日直で、私はいつもより早く登校した。


 低血圧で朝に弱い私は眠い目を擦りながら、一番乗りかなぁなんて考えながら教室の扉を開く。


 そこには先客がいた。


 一番うしろの席に座って、イヤホンをして熱心にスマホを眺めている男の子。


 その男の子を見て「ああ、早起きなんだな」と思いつつ、私は日直の仕事をこなしていく。黒板をキレイにしたり、チョークを補充したり。


 そして、机をキレイに並びなおす作業を始めた時だった。


 低血圧な私は、机を持ち上げたとき強烈な立ちくらみに襲われた。


 思わずその場に座り込む。


 ……またか。


 よくあることだ。今日は朝ごはんも食べてなかったし仕方ない。まぁこれくらいならちょっと休めばなんとかなる……。


「だ、大丈夫……?」

 

 なんて考えながら立ちくらみが収まるのを待っている私の頭上から、そんな声が聞こえてきた。


「ああ、うん、大丈夫……」


 言いながらゆっくり顔を上げると、そこには心配そうに私を覗き込む男の子の顔が。


「手伝うよ。休んでて」


 そう言って、彼は手際よく机を並べ直していく。面倒くさがる様子もなく、まるでそうすることが当たり前だというように。


「ありがとう……」


 ──その時からだ。気づけば相良のことを目で追うようになったのは。


 ◇◇◇


「へぇ、あの子がねぇ……」


 初めて相良の家にお邪魔した日。すっかり遅くなってしまった私を、相良のお母さんが快く車で送ってくれることになった。


 そこで色々と聞かれるうちに、私はつい相良との馴れ初めを話してしまっていた。


 相良のお母さん、みおさん(さっき自己紹介してくれた)は私の言葉に相槌を打ちながら、どんどんと私の言葉を引き出していく。まるで魔法だ。


 ……めちゃくちゃ聞き上手だなぁ。話すつもりなんてあまりなかったのに。


「それでそれで? それからどうなったの?」


「えっと、それからは……」


 そうして、私は一週間前の席替えの日の話を始める。相良とちゃんと話すことができたあの日だ。


 ……実は、私は相良が花梨ちゃんを推していることを知っていた。


 日直の仕事を手伝ってもらってから数日後。


 相良がスマホを眺めている後ろを通りがかったとき、悪いと思いつつ覗き込んだ画面に流れていたのが、花梨ちゃんの配信だったのだ。それを見た私は思わぬ共通点に内心驚いたものの、そこでは見るだけに留めておいた。いきなり話しかけるのもおかしいと思って。


 それからずっと、話しかけるタイミングを探っていた私にチャンスが訪れる。


 それがあの日の席替えだった。


 あの時、相良からすれば急に話しかけられて驚いたことだろう。でも、私も心の中ではかなり緊張していた。何度も何度も頭の中で話しかけるセリフをシュミレートした。


 そして、ギガがないなんてをついて、話す機会を無理やり作った。もちろんそれも事前に考えていたセリフだ。


 花梨ちゃんとコンビニのコラボがその日から始まったのは本当にラッキーだった。あれで私が花梨ちゃん推しだとすぐに察してくれたから。


「へぇ、真凛ちゃんから話しかけたのね。どうだった? 律、アタフタしてたでしょ?」


「そんなことはなかったですよ?」


「ふぅん……。意外ねぇ」


 そこからの話もかいつまんで話していく。今日、家に来ることになった流れも全て。


 ……もちろん、押し倒された時にめちゃくちゃドキドキしていたことは黙っておく。


「なるほどねぇ……。ふふ、なんだか私も昔を思い出しちゃったわ」


「昔?」


 遠い目でそう呟いた澪さんに聞き返す。


「うちの旦那も律と同じで引っ込み思案だったから、私から話しかけたのよ」


「そうだったんですね。私たちと同じだ」


「そうなのよぉ。特にあの時なんか――」


 そう言って、澪さんは惚気にも似た文句を凄い勢いで話し始める。


 それを聞いていると、本当に私と相良みたいで笑えてくる。


 奥手な旦那さんと澪さんの馴れ初めから、結婚するまでの話。その間に差し込まれる文句。


「あの人ったら、初めてのデートなのに寝癖ボサボサで来たのよ? ほんと信じらんないわ……。だから律には口酸っぱく身だしなみはしっかりしなさいって言ってるの」


 そう語る澪さんの表情はとても楽しそうだ。二人はとても仲良しなんだろう。それがすごく伝わってくる。


「――真凛ちゃん。これからもあの子と仲良くしてあげてね」


 澪さんはしばらく惚気を話し続けた後、こう締めくくる。


 そうして話しているうちに、気づけば私たちを乗せた車は私の住むマンションの前まで来ていたようだ。話が楽しすぎてあっという間だった。


「今日はありがとうございました。……また家にお邪魔してもいいですか?」


 車から降り、私は澪さんに感謝を伝えたあとにそう続ける。


「もちろん、いつでもいらっしゃい。またお話し聞かせてね」


 そう言って私にウィンクを投げる澪さん。その顔はとても楽しそうで、私もなんだか安心する。それに、すごく話も合いそう。……またなにかあったら相談することにしよう。


「それじゃあまたね、真凛ちゃん」


「はい。本当にありがとうございました」


 今日は本当にいい日だったな。相良ともたくさん話せたし、澪さんはすごくいい人だったし。


 相良の推しへの愛が、少しでも私に向いてくれたら……。そんなことをつい考えてしまう。


 ──私は、花梨ちゃんにも負けない。だって負けず嫌い、だから。



──

負けず嫌い……!


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