第5話 マイルーム、マイシークレット


「……ふぅ。撮った撮った。ありがとね、相良」


 フィギュアを撮影すること数分。

 ホクホク顔の鳴海さんがスマホで写真を確認している。


 ……一体何枚撮ったんだろうか? たぶん100枚は超えてそうだ。


「そんなに喜んでもらえて俺も嬉しいよ。あんなに真剣な鳴海さん、初めて見たかも」


「ふふ、なにそれ。私の方が嬉しいし。……てか、それって私がいつも無表情って言いたいわけ?」


 いつもの真顔に戻って、俺を問い詰める鳴海さん。


「い、いや、いつもクールでカッコいいと思ってるよ……?」


「……あ、ありがと」

 

 そう言って二人で笑い合う。やっぱり鳴海さんは負けず嫌いだな。今まで知らなかった彼女の新しい一面を知れて、ついつい顔が綻んでしまう。


「あ、そうだ。これ、インスタにあげていい?」


「もちろんいいよ。……って、いいの?」


「いいのって何が?」


「いや、周りにオタクだって思われたりしない……?」


 インスタといえばリア充の巣窟だというイメージがある。とくに鳴海さんの友達は明るい人たちが多い。


 花梨ちゃんはまだまだ売り出し中のVtuber。世間の認知度はまだまだだ。それにフィギュアってなんだかオタクっぽい趣味だし……。


「私はそんなの気にしないよ。この写真も本アカで上げるつもりだし。それに、花梨ちゃんが好きだってことを隠したくない。もっとたくさんの人に花梨ちゃんの魅力を伝えたいからさ」


 真剣な眼差しで鳴海さんは言い切る。その表情には強い決意がこもっているようだ。


 鳴海さんはしっかりと自分を持って、推しが好きなことを誇りにしている。


 それに比べて俺は……。


「相良もさ、もっと自分を出していこうよ。せっかくそれだけ話せるんだからさ。花梨ちゃん推しの同士として私も協力する」


 しっかりと俺を見つめるその瞳は、いろいろな感情が含まれているように思えた。


 俺に対する気持ちと、推しに対する気持ちが混ざった鳴海さんの言葉に、俺は黙り込んでしまう。


 ……俺だって、もっと自分に自信を持ちたい。堂々と好きなことを好きだと言いたい。花梨ちゃんが好きなことに誇りを持ちたい。


 でも、俺は鳴海さんみたいに強い人間じゃない。


「私さ、中学までは冴えない女の子だったんだ」


「……え?」


 ポツリ。鳴海さんが消え入りそうな言葉でそう呟く。


「でも、私は変われた。花梨ちゃんに出会って、花梨ちゃんみたいになるためにオシャレして、メイクも頑張って覚えて……」


 そこで一度言葉を切り、一息。優しく俺に語りかけるような声色。


「友達もたくさん出来た。私がオタクだって知っても、みんな普通に接してくれた。オタクな私の一面を認めてくれた。……まぁ、たまに引かれることもあるけどさ」


「……うん」


「初めは私も怖かった。オタクだってバレたらバカにされるんじゃないかって。……でも、そうじゃなかった。そこで分かったんだ。『ああ、私の考えすぎだったんだ』って」


 ……そうか。そうだったんだ。


 鳴海さんだって初めから強かったわけじゃない。自分を変えるために努力して、たくさん失敗もして、今の自分を手に入れたんだ。


 ――花梨ちゃんが好きな自分を誇れるように。好きなことを好きだと言える自分になるために。


「……ありがとう、鳴海さん」


「どういたしまして? ……そんな感謝されても、なんかハズいんだけど。てか、私も言ったんだから相良もなんか教えてよ」


 鳴海さんは少し顔を赤らんだ顔を逸らしながら、冗談めかして俺にそんな要求をする。


 俺のために、自分の弱い部分を教えてくれた鳴海さん。


 そんな彼女の期待に、俺も応えたい。花梨ちゃんのこともあるし、なにより鳴海さんの隣にいられるような自分になりたい。


「……分かった」


 そう言って俺は立ち上がる。


「え」


 まさか俺が本気にするとは思っていなかったのだろう。鳴海さんは驚いた顔で俺を見上げている。


 俺は机の奥深く、そこに封印されている一冊のノートを取り出す。これは誰にも見せたことのない、俺の秘密だ。


「……『花梨ちゃん研究日誌』?」


 机の上に置かれたノートの表紙を見た鳴海さんが不思議そうな顔でつぶやく。


 ……そう。これは俺が花梨ちゃんに出会ってから、全ての配信の感想を書いたノートだ。


 可愛かったところ。ツッコミどころ。面白かったところ。影響を受けたところ。


 その全てを綴った、まさに『研究日誌』だ。


「……どうかな?」


「ど、どうかなって……。ぷぷっ、なにを出してくるかと思えば……!」


 堪えきれないといった様子で吹き出す鳴海さん。ついにはアハハと声を出して笑い出した。


「……そんなに面白い?」


「いや、違うんだけど……! ふ、ふふっ……」


 ひぃひぃと笑い続ける鳴海さんが、そのノートを手に取ってページを開く。


「ご、ごめん……。別にバカにしてるわけじゃなくて、真剣な顔で立ち上がったわりには、出てきたのがこれだったからさ。……ふぅ」


 よ、よかった。どうやら引かれずに済んだみたいだ。


 笑うのをやめた鳴海さんは、ノートのページをめくって内容に目を通していく。その表情はいたって真剣だ。


「これ、いつから書いてるの?」


 顔を上げ、そう問いかける。


「ええと、初めて配信を見てからだから……。一年くらいかな」


「……ふぅん。そっか、すごいね。花梨ちゃんへの愛が詰まってるのが分かるよ」


 一ページずつ丁寧に読んでいく鳴海さんを見て、なんだか恥ずかしくなってくる。……そ、そろそろいいんじゃないか?


「ねぇ、これインスタにあげていい?」


「だ、ダメにきまってるじゃん!」


「だって、すごいんだもん。花梨ちゃんファンにもっと見てもらおうよ」


 さすがにそれは、と思った俺は鳴海さんからノートを取り返すために手を伸ばす。


 ――ガタッ!


「うわっ!?」


 立ちあがろうとした俺の足に、机の足がひっかかり、バランスを崩し、そして――。


「ちょ……さ、相良……?」


 ……俺は鳴海さんを押し倒してしまっていた。


 そして、悪いことというのは連続するもので……。


「ジュースとお菓子持ってきたわよ〜……って、お邪魔だったかしら」


 部屋の扉を開けて入ってきた母さんが、俺たち二人の状況を見て、そしてあらぬ勘違いをしている。


「ごゆっくり〜。あ、なるべく静かにしてね? 隣にみーちゃんもいるから」


 机の上にジュースとお菓子の乗ったお盆を置いて、そなことを言い残し部屋を出ていく母さん。


「「………………」」


 しばらく無言で見つめ合い、そしてハッと我に戻った俺は体勢を戻す。


「ご、ごめん……!」


「い、いいよ。事故でしょ、事故」


 そう言う鳴海さんの顔は真っ赤になっている。口ではいいよと言ってくれたけど……。


 や、やっぱり怒ってますよね……。


 そうして無言の空間になる俺の部屋。あまりに気まずすぎる。


 ――俺の頭の中では、これからどうすべきかのシュミレーションが高速で行われるのだった。



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