第3話 コラボ商品となんでも言うこと聞く券。


 鳴海さんに連れられ、やってきた最寄りのアニメイツ。駅近ですごく便利な立地だ。


 ここには週に一度くらいは来ているから、見慣れた風景なんだけど……。


「お、『想像のフリーラン』の新刊出てんじゃん。相良はもう読んだ?」


「うん。めちゃくちゃ面白かったよ。特にフリーランが……」


「ちょいまち。もしかしてネタバレしようとしてない? それ犯罪だからね?」


「ご、ごめん」


 ……今日は隣にギャル、もとい鳴海さんがいる。それだけでなんとなく店内が華やかに見えるから不思議だ。


 場違いなおしゃれさの鳴海さんに、店内の人たちもすれ違うたびに振り向く。俺はその度に少し息をひそめ影を薄くする。


「さて、花梨ちゃんのコラボ商品はどこかな〜」


 ルンルン、とスキップでも始めそうな軽快な足取りの鳴海さん。さすがは花梨ちゃんガチ勢だ。俺も負けてられない(?)。


「楽しそうだね、鳴海さん」


「当たり前じゃん。いつから私が花梨ちゃんを推してると思ってんのさ」


「えーっと、確か第二回の配信からだったっけ?」


「そ。よく覚えてんじゃん。相良は三回目からだもんね〜?」


 ぐぬぬ。悔しいが認めざるを得ない。鳴海さんが俺より古参だと。これは初めて喋ったときにわかった情報だ。ことあるごとにこうやってアピールしてくる。


 鳴海さんがふふん、と勝ち誇った顔をしている。そんな顔もまた魅力的である。言わないけど。


 それに、些細な会話の中のさりげない花梨ちゃんマウントは鳴海さんの得意技でもあるからな。いちいち反応してたらキリがない。


「ね、相良。勝負しない? どっちがコラボ商品を早く見つけられるか」


 にしし、と楽しそうに笑いながら鳴海さん。

 

「い、いいよ」


 俺はその提案を受け入れる。こう見えて視力には自信がある。それに、俺はここのアニメイツを知り尽くした男だ。負けるはずがない。


「じゃ、罰ゲームはなんでもいうことを聞く券ね」


「え」


「いまさら辞めますってのはナシだから。楽しみだなー、相良の家に行くの」


「お、俺の家? どういうこと!?」


「こないだ自慢してた、花梨ちゃんの【数量限定フィギュア】、見てみたかったんだよね」


 そ、そういえばそんなこともあったな。確か3日前の昼休みだったかな。ついつい鳴海さんに対抗して自慢してしまったんだった。


「はい、スタート〜」


 狼狽える俺を無視して、開始の合図を出す鳴海さん。……さ、さすがに冗談だろう、うん。


 横を見ると、鳴海さんはとても真剣な表情でキョロキョロと陳列棚を見渡していた。……切り替え早すぎません?


 こ、こうなったら負けるわけにはいかない。いや、鳴海さんが家に来るのがイヤなわけではないけど。花梨ちゃんリスナーとして負けられないってだけだ、うん。


 俺も負けじと、目を皿にしながら店内を見渡す。いつもならコラボ商品はレジ近くの棚にあるはず。


 ここからは見えないな。少し移動しないと――。


「……あ、あった」


「えっ!?」


 驚いて横を見ると、鳴海さんが腰をかがめてすぐ近くの陳列棚に手を伸ばしていた。


 な、なんでそんなことろに!? というかよく気づいたな!?


「うわ、すごいよこれ。めちゃくちゃカワイイ。見て見て」


 その中の一つ、花梨ちゃんのキーホルダーを片手に持って俺に見せてくれる。


 ……確かにめちゃくちゃ可愛い。キラキラと瞳を輝かせている鳴海さんも……いや、うん。かわいい。


「ほんとだ、可愛いね。これは3個は買わないと……」


「分かってんね。私もそうしよ」


 鳴海さんはそう言って近くのカゴを取り、キーホルダーを計6個投入する。

 そして俺はさりげなくそのカゴを受け取る。……こういう気遣いが大事だと妹に散々言われたからな。


「ありがと」とお礼を言ってカゴを俺に渡す鳴海さん。


「うわ、これもめちゃくちゃいいじゃん」


 次に取ったのはアクリルスタンド。今回のコラボは【ワールド・クロニクル】というゲームとのコラボだ。そのメインヒロインであるヒカリと花梨ちゃんが描かれている。


 そういえば、花梨ちゃんがこのゲームにどハマりし、配信で激推ししたのがコラボのきっかけになったんだよな。あの時の花梨ちゃんも可愛かった。


 ……ちなみにこのゲームももちろんプレイしました。めちゃくちゃ面白かったです。ヒカリも推しになりました。


「相良は何個買う?」


 俺は鳴海さんにスリーピースをする。それを見た彼女はニヤリと笑い、カゴにアクリルスタンドを6個投入。


 ――結局、全てのコラボ商品を3個ずつ買ってしまった。これはバイトを増やさないと財布が厳しそうだ。まぁ花梨ちゃんのためなら全く苦ではないけど。



 ◇◇◇



「いやー、最高だった。ありがとう、鳴海さん」


「……なんのお礼?」


 会計を終えて店を出たら、すっかり外は薄暗くなっていた。スマホを見ると、時刻は19時前。すっかり長居しちゃったな。


 俺はパンパンになったレジ袋を片手に鳴海さんにお礼を言う。すると彼女はポカンとした様子。


「だって、買い物に付き合ってくれたし。楽しかったし」


「……誘ったの私じゃなかった? まぁいいけど」


 素直に楽しかったと鳴海さんに伝えると、目を逸らし頬をポリポリ。……どうしたのかな。


「それじゃ帰ろうか。すっかり暗くなっちゃったし」


「あ、そうだ。相良、なんか忘れてない?」


「なんかって?」


 一体なんのことだろう。買い忘れはないはずだけど……。


「……なんでも言うこと聞く券」


 ぽつり、と鳴海さんが小さく呟く。そ、そういえばそんなのもありましたね……。


「それ、今使う」


「え」


「……今から相良んちに行くから。いい?」


「は、はい……?」


 ……そういえばそんなことを言っていた気がする。てっきり冗談だと思っていたけど。


「そういうことだから。ほら、いくよ」


 そう言って鳴海さんは俺の手をとり歩き出す。

 俺は全く状況が理解できず、頭の中に疑問符を浮かべながら彼女に引っ張られていく。


 ……って、鳴海さんは俺の家知らないよね!?


「わ、分かったから! 家に来るのはいいけど、親にだけ連絡させて!」


「はいはい。さっさとしてね。あ、お泊まりセットも買っていかないと」


「ええ!?」


「ふふ、冗談だって」


 び、ビックリした。心臓が止まるかと思った……!


 跳ねる心を落ち着かせ、スマホを取り出し母親に連絡を入れておく。『いまからかえる。ともだちもくる』、と。


 ――やっぱり、俺ってチョロいのかな?


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る