第2話 ちょろいのはどうやら俺だったらしい
――話は少しさかのぼる。
昼休み。
初めて鳴海さんが話しかけてくれてから一週間が経った。今日は月が変わって、鳴海さんのギガが復活する日だ。
あの日から毎日、俺は鳴海さんと推しについて語り合った。昼休みの間だけの短い時間だが、それはもうたくさん語り合った。
彼女はやっぱりかなりのヘビーリスナーで、俺の出す話題すべてに反応を返してくれる。
それに、俺の話を鳴海さんはいつも笑顔で聞いてくれるから、ついつい俺も熱く語ってしまうのだ。
しかし、今日で俺のギガ係は終わり。
月も変わり、ギガが復活した鳴海さんとの関係はこれで終わる。
――そう思っていたんだけど……。
「ねぇ、見てよこれ。花梨ちゃんをイメージしたネイルやってみたんだけど」
いつになく機嫌の良さそうな鳴海さんが、キレイに整えられたネイルを見せてくる。
女の子のオシャレには疎い俺だが、彼女のネイルはすごかった。なんていうか、プロがやったみたいだ。
「わ、すごいね。花梨ちゃんのイメージにピッタリでめちゃくちゃかわいいよ」
……ってそうじゃなくて! つい素直な感想を言ってしまったじゃないか。
「えへへ。ありがと。頑張った甲斐があったよ」
照れくさそうに鳴海さんは笑う。その普段のギャップに俺はつい見惚れてしまう。
「……じゃなくて! ギガはもう復活したんじゃ?」
「え、復活したけど? それがどうしたの?」
首を傾げながら言う鳴海さん。
「いや、てっきりギガがないから俺に話しかけてたのかと……」
「あー、そうだっけ? よく覚えてるね」
「……俺としては鳴海さんと話せて楽しいし、むしろ嬉しいんだけど、俺なんかと話してたら鳴海さんまでオタクだと思われるよ」
「……そんなこと気にしてたんだ。てっきりもう友達だと思ってたんだけどな。相良はそう思ってなかったんだ」
今の気持ちを正直に言うと、鳴海さんは少しムスっとした顔になる。
……そうか、俺たちってもう友達だったんだ。
「ご、ごめん。今まで友達なんてあんまりいなかったから……。ましてや鳴海さんみたいな可愛い女の子と話す機会もなかったし」
「なに、もしかして口説いてる? 相良のくせになかなかやるじゃん」
俺の言葉を聞いた鳴海さんは、揶揄った調子でそう返す。その顔は心なしか赤くなっているような……。
「ちょ、そんなにジロジロ見られたらハズいじゃん」
まずい、じっと顔を見てしまっていたみたいだ。恥ずかしそうに鳴海さんが顔を逸らす。
「……なんか負けた気分。まぁいいや、相良、スマホ出して」
「は、はい」
言われた通りにスマホをポケットから出すと、それを取り上げた鳴海さんが俺のスマホをササっと操作する。……あれ、ロックかかってたはずなんだけどな。
「はい。lime交換しといたから」
「え」
「てか、待ち受けも花梨ちゃんなんだね。この画像、後で送っといて」
そう言って俺にスマホを返してくれる鳴海さん。
あれよあれよという間にlimeの交換が終わってしまったらしい。こ、これがギャルのスピード感ってやつですか……?
「……相良? どうしたの、ボーッとして」
鳴海さんは突然の出来事に驚いて黙ってしまった俺を心配そうに見つめている。
「な、なんでもない。ありがとう」
俺のスマホに初めての友達が登録された。しかも女の子の。その事実が俺の思考を停止させていたみたいだ。
受け取ったスマホをポケットにしまう。
「これで友達……いや、
「推し友?」
「一緒の推しがいる友だち、ってこと。それじゃまた連絡するから。すぐ返信してよ?」
「あ、ああ、うん」
そう言い残し鳴海さんは手を振りながら教室を出ていく。
「ねぇ真凛、今日カラオケ行かない?」
「え? ……んー、考えとく」
出て行く時、鳴海さんが友達とそんな会話をしているのが聞こえてくる。
どうやら今日は友達と食べるらしい。……さ、寂しくなんてないんだからねっ!
◇◇◇
『相良ー』
『ねぇ相良』
『おーい』
『無視かこのやろー』
昼休みが終わり、午後からの授業をこなしていく。
眠気も最高潮だったがなんとか居眠りせずに耐えることができた。
そうして放課後になり、帰る準備をしながらスマホを取り出しlimeを開くと、鳴海さんからのメッセージが大量に来ていた。
時間的には、思いっきり授業中だ。
スマホ片手に後ろを振り返る。そこには頬杖をついて俺を見つめている鳴海さんの姿が。いつもと変わらない無表情だけどなんとなく不機嫌そう。
「……えっと、その、ごめん」
とりあえず謝っておく。いや、授業中にスマホを見てない俺の方が正しいんだけど、鳴海さんの無言の圧が凄すぎて。
「……そんな真剣に謝らないでよ、冗談じゃん」
くすくすと口に手を当て笑う鳴海さん。もしかして、揶揄われた?
「ちょ、鳴海さんの真顔めちゃくちゃ怖いんだからやめてよ……」
「だれが怖いって? ん?」
「イエ、スミマセン……」
俺のロボットみたいな謝罪に、鳴海さんはついに堪えきれないといった様子でアハハ、と笑う。
「ふふ、ホントアンタ、イジり甲斐があるね」
「…………」
お返しとばかりに、俺は鳴海さんを無視し前を向く。少しは抵抗する姿勢を見せないと、これからもイジられ続ける気がして。
――ポコンッポコンッ。
ささやかな抵抗を見せていると、スマホから通知音が連続で聞こえてくる。
――ポコンポコンポコンッ。
……いや、俺は抵抗を諦めない。どうせ鳴海さんがまた揶揄ってメッセージを送ってきているだけだ。
――トントン。
スマホから鳴り止まない通知を無視を無視していると、後ろから俺の方が叩かれる。
「……なに――」
ぷにゅ。
「あ、引っかかった」
振り向こうと思った俺の頬に、鳴海さんのすらりと伸びた指がぷす、と刺さる。ネイルをしているからか、少し痛い。
照れくさくなった俺は、無言で帰り支度に戻る。これ以上はさすがに恥ずかしすぎる。
「あ、そうだ相良。今日付き合ってよ」
……なにかすごく興味を引かれることを鳴海さんが言っている。
「……無視するなら一人で行くけど。せっかく花梨ちゃんとアニメイツコラボやってるのに――」
「行きますっ!!」
振り返り、食い気味に答える。そういえば忘れていた、今日からコラボが始まるんだった! 色々ありすぎて記憶から抜け落ちていた、危ない危ない……!
「それじゃ、さっさと準備して行くよー。なくならないうちにね」
「はいっ!」
さっきまでの抵抗はどこへやら、俺はもうすっかり彼女の提案に乗り気になっていた。
「……ホントちょろい」
「ん? なんか言った?」
「いや? なんにも」
何か馬鹿にされた気がする。まぁいいや。
俺たちはそんな会話をしながら教室を出る。もうその時には、俺の心の中は花梨ちゃんのことでいっぱいだった。
……確かに、ちょろいかも。
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