16...魔王を倒せる実力を知りたいから。


「何故……俺の父と、貴様の親を殺した奴らが同じ一派だと思うんだ?」


 親っていうか、魔王だし親のような存在だけど。魔王の魔力から産まれ落ちてるからあながち間違いでもないけど。


 長話が過ぎるために飲み物を買って公園に移動し仕切り直し。太陽はゆっくりと影を伸ばし始めている。ギョーセー、全く戻ってこないオレに怒ってるかな。

 そんな瞬きの間の考えも、ヨカの問いの前に思索に溶けた。


「オレの親的な存在が死んだ時にさ、近くで話している奴らの声を聞いたんだよね。魔力を消す、薬がどうたらって。結構最近。でもショックのせいか記憶があやふやで、それしか思い出せなくて」


 本当のことは話せない。けれどすべて嘘にしては障りがある。漠然と掻い摘んでそれっぽく濁してみた。

 ある意味で親が死んだ時の話になるせいか、ヨカはこちらの顔を見ないように身体ごと目線を逸らす。


「そいつらは魔力を消す性質のある鉱石を使ったということか……」

「そこまでは確定できないけどね。その可能性はあるってとこ」

「それを用いた薬なんて、せいぜい魔族にぶっ掛けるくらいしか使用方法が思いつかんがな。そうすると、父が殺される理由がますます分からない」

「うん……。お父さんが死んだ後って、その開発にヨカは関わらなかったの?」

「ああ。もう鉱石の知識は十分だと言われた。今後の勉強に従事させてくれとお願いしたが、駄目だとも」


「その開発の面子は?」

「窓口には城の事務員が対応していたから分からないな。公開もされていない。そもそも開発内容によって招集される人員が変わる。……ただ父は、王族でオレと同年齢の子も参加していたと言っていたことがある。それを聞いた時、鉱石の知識に長けた同い年が他にも居て、父の側で開発に携わっているのかと嫉妬したから覚えているな」

「って言っても、同じくらいの年齢の王族ってそこそこいるよね?」

「まあな」

「そっか。じゃあこれ以上は分かんないね」

「そうだな……。いや、貴様のおかげで落ち着いて考えることができた。父も……王都の開発機関と何か、揉め事があったのかもしれない……」 


 相手が国、しかも王直属、さらに言えば殺しも問わない可能性があるとなれば、深追いはできないのだろう。家族や店に危害が加えられるかもしれないだろうし。

 ヨカのがりと噛み締めた唇から悔しさが滲んでいる。

 これからの未来全部、ヨカは国に父が殺されたかもしれないという事実を背負って生きていくのだろうな。憎しみや悲しさと折り合い付けることのできる日はくるのかな。


「オレはもうちょっと追ってみるよ。ヨカはもう、全部忘れちゃったっていいと思う。そういう選択をしたっていいんだと思う」


 断片的な情報では何もかもが確信するには惜しい。お父さんの死の原因は他殺だった。そんなもの、本当かどうかも分からないのだから。


「……」


 煮え切らない反応だが、後はヨカの問題だ。


 オレはといえば、人間魔族の転換薬の開発が王直属の開発機関の可能性があるという情報までは得られた。しかしその面子までは分からないし、人員が都度変わるとなると追えるのか。





「半額分。これでいいな」


 長い沈黙を破ったのはヨカ自身だった。

 話題は変わって、新しいエプロン半額分の受け渡し。


「うん、前よりもっと良いの選べたかも。前よりも高いの選んじゃったから」


 しゃあしゃあと述べる。払う金額が半分になったから少し値段を上げて耐久性が高そうかつ普通にデザインが気に入ったエプロンを買った。

 ヨカは特に気にする素振りもなく、そうかとだけ相槌を打っている。


「それじゃあさ」

「ああ」

「5日後に戦おうね」

「ああ。……はぁ!?」


 ヨカは目に見えて一驚を喫して上体を揺らし、鋭い瞳でぱちくりと瞬きを繰り返していた。

 瞬時にそれ以上の言葉が返ってこないのは、戦おうと言った理由が歪な約束故と認識できても、何故言ったのか理解できないという動揺か。

 もう戦うって雰囲気じゃなかったしね。

 でも、約束したもんね。


「強者を教えてくれるんでしょ?」

「いや、今更……。ああ、……ああ。ふん、そうだな。貴様があの楽園で過ごすことができるか、判断してやろう」

「判断なんかしなくていい。身の程を教えてくれるって言ったよ。身の程を教えてよ」


 ヨカがたじろいでいる。


「……俺は、次期勇者候補生の一人だった。調子に乗ると痛い目に合うが」

「そんな言葉じゃあ身の程、分からないな」

「……見逃してやると言っている。何故そこまでして戦いたいんだ?」


「見逃す?」


 じり、と距離を詰める。


「どうして自分が許す側だって思ってるの?」


 ヨカが息を呑む。必要以上に卑下をしない。自分を優勢に保ちたいなら、自分を強くみせるよりも、相手を呑み込むつもりでいかなくちゃ。


「次期勇者候補生なら尚更だね。戦いたいよ。魔王を倒せる実力を知りたいから」


 魔王のお腹に空いた大穴。

 魔族と人間の転換薬こそ存在したが、結局のところあの穴は勇者が正々堂々と真正面から貫いたものなんじゃないか。

 魔王城は道険しい先にある。魔族が邪魔をせずとも勇者が魔王城に辿り着くことは少なく、魔王と勇者の対峙を見たのはあれが始めてだった。そもそも魔王は戦わない。他の魔族が戦えば済む話、戦う必要がないから。

 勇者の実力を知りたい。オレは勇者の実力のすべてを見ずに場外に飛んで行ったしね。

 勇者もどきなら殊更判断材料になる。


「痛めつけてよ、未来の勇者様」

「後から泣きつくなよ?」

「あんまり痛かったら泣くって」

「……真正面から向かってくるのに締まらない奴だな……」


 呆れている。きっと阿呆だとも思っている。半目の表情から伝わってくる。

 けれどそれを許容してくれている。ただそれだけ。



 今度の約束は歪みなく、ただその日が来るのを待つだけ。





 その夜、共同住居にて。


 「なんでヨカが居るのよ!? あんたたち、お客さんを呼ぶなら早めに言いなさい! 夕飯4人分しか作ってないわよ!」


 ビレイの悲鳴が壁を越えて暗夜に響く。


「迷惑だったら帰るが……」

「もう遅かったしご飯くらいって思って……ビレイのご飯すごく美味しいからさ……」

「僕は関係ないのに何故こちら側に……」

 あのヨカがビレイの勢いに圧倒され、オレは縮こまることしかできず、そしてギョーセーは巻き込まれている。

 ひん。まるで雷が落ちたみたいだよ。


「……っ! 無責任に帰してこいなんて言ってないわよ!」


 愛玩動物か何かの扱いなの……?

 オレ、捨て猫拾ってきたかな……?

 ヨカもこんな扱い始めてなのか白目剥きそうな微妙な顔してる。


「オレの半分あげてよ。折角だからビレイの料理食べて欲しいし」

「何言ってるのよ。お客さんにそんな」

「それでいい。半分で構わない」

「あら、そう……?」


 オレの提案に、申し訳なさそうなビレイを遮るようにヨカは賛成を示した。


「えっ、えっ、え!? 仲良しになった〜……っ!?」


 帰宅時、ヨカを見ておろおろと心配そうにしていたジウが素っ頓狂なことを言っている。



 卓上に並べられたすべて半分この料理。

 ……本当は、まだまだ、秘密は半分こじゃないんだけどね。

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