15...父は何を作っていたんだ?


「ところで」


 ヨカの澄んだ声で、重苦しい空気が一旦解れる。


「まだ名乗っていなかったな」

「ずっとそれ思ってたけど頃合いが分かんなかった」

「勝手に切り出せ」

「名乗ってたまるかみたいなとこ、そっちにあったんだもん」


「……」

「……」


「ヨカだ。ヨカでいい」


 これだけ話題を重ねて今頃という感覚はあるし、実は既に他者から聞いている。というか、ヨカもオレが他の人から名前を呼ばれているのを聞いていたかもしれないから、互いに名前の把握はしていると思う。

 名乗り合っていないから、名を呼び合っていないという妙な律儀さの上での現今。

 で、いい。ということは。ヨカの周りの人たちみたいにさんとか様とか付けなくていいということか。実際敬称付けられているところを聞いたわけじゃないのに、何となく想像がついて。


「コクーだよ。コクーでいい」




 閑話休題。


「気になるのは、どーしてヨカの父親が殺されたのかってことと、その鉱石の性質だね」


 鉱石への興味はほぼほぼ私情だけれど。ヨカの父親が殺された理由だって、真相への足掛かりになるんじゃないかと疑っている。紐解いていく必要がある。

 オレは魔王殺しの真相まで、ヨカは父親殺しの真相まで、それぞれ利害は一致している。

 ヨカは、オレが関心を寄せている理由を厚意だとでも思っているのかな。魔王殺しへの関与疑惑が無くとも、特に突き放す理由もないから全くの間違いでもない。


「父の死はその鉱石と関わりがあるかもしれない……」


 考え込む素振りのままヨカは続ける。


「あの鉱石は、もともとは聖なる力を注ぐことによって色を変えるのみの装飾品用の鉱石だと思われていた。しかし近年の研究で、魔力を消す強い性質が発見されたんだ。それから父は、王直属の開発機関でその鉱石を用いた何かの開発に参加するようになった。鉱石の性質を考えたら、対魔族への武器に応用されてもおかしくはない」


 魔力を消す性質ということは、魔力でできた体を持つ魔族に致命打を与えることができる。


「だがその鉱石は取れる量が極めて少ない。小粒程度じゃあとても武器に利用できない筈なんだ」


 剣や槍といった武器に変えられたなら魔族を抉れたかもしれない。小粒程度の鉱石が加える攻撃では、簡単に修復できてしまうだろう。


「父が亡くなった日も、その鉱石を使った開発に参加した日だった。その帰り道だった」


 その帰り道に事故があった。わざわざ事故と見せ掛けた何かがあった。


「父は……」


 段々と俯きがちになっていたヨカが顔を上げる。



「父は何を作っていたんだ?」



 答えを強く求めている。

 殺されるだけの理由があったのかと、殺されなきゃいけない理由があったのかと苦しんでいる。自分を納得させたがっている。



 魔力を消す鉱石。

 魔王殺しの真相に繋がる足掛かりのひとつになるはず。何故なら、ここに、薬を飲んで魔力をすべて消された魔族がいる。人間になるためには、魔力を消す必要がある。

 もし人間から魔族になった奴がいるのであれば、反対に戻る必要性がある。一方通行の転換でないのなら、魔力を消す性質は転換に不可欠だろう。


 ……ヨカ。魔王を殺すための薬だよ。恐らくね。魔族が憎らしく思うほどに人間として立派なことだ。そんなに不安そうな顔をする必要ないのに。

 でもそういう輝かしく崇高な開発に携わっていながら、何故か殺された。どうして殺されたんだろう。魔王を殺すのに反対、なんてするわけないはず。

 殺されたのはやっぱり鉱石とは関係ない別件なのか?



「先ず考えられるのは、殺されたと仮定した場合……王直属の開発機関で知ってはいけないことを知ってしまった。もしくは、何かに反対などを訴えた。それか、そもそも個人的な理由とか逆恨みとかで父親の死と鉱石は全くの無関係。この辺りかな」


 考えられる道筋を立てていく。ありえそうなのは大きく分けて三つだ。


「でも、他殺だと知らせる方法は他にも手段があったはず。それこそ見つけて貰えるかも分からない小粒の鉱石よりも、両手が使えなかったとしても唇を思い切り噛み締めたり、死ぬ気で暴れたら争った形跡が分かりやすく残りそう。それを、吐き出した鉱石で示した」


 死の間際に、家族だけが見つけることのできる印を。

 ピースをひとつずつ当て嵌めていく。

 ヨカはこれ以上聞きたくないみたいな傷付いた顔をしているものの、オレは思考を声に変えることを止めない。


「そう考えると、やっぱりその鉱石に何か最期の意味を残したか、……他殺での形跡が残った場合に最早事故ですら片付けずに死を含むすべての形跡を消せるような相手だった。それが分かっていたから、だから、せめて潔くその場での死を選んだ。そのどちらかか、りょうほ」



「もうやめてくれ」



 顔先を手のひらで覆い、軽く俯いたヨカが震える声を発する。数珠繋ぎの音は曖昧な形で終わりを迎えた。

 指の隙間からつ、と一筋雫が見える。


 想像したのだろうか、父親の最期を。


 どうしようもなくなって、死を覚悟した父の姿を。


 たったの一滴。死の淵の嘆きを受けて堪えられなくなったそれ。

 同情はしない。共感もしない。ただオレの目の前には死という事実があるだけ。

 やめてと言われたからやめている。ヨカがこれ以上踏み出せないのなら、この話は終わりだ。


「どうしたいの、ヨカは」


 励ましなどない。額面以上の意味などない。オレにとっての利害の一致があるだけ。

 オレはまだ足を止められない。


 だからこそ、立ち上がるのなら。


「ヨカ」


 それでも進むのなら。


「ヨカ」


 手の内を見せてあげる。


「……すまない。問題ない。貴様の言っていることは分かっている。その通りだ。頭では理解しているんだ」


 声音が元に戻って、ヨカは跡にならないように指の腹でゆっくりと雫を掬い上げた。


「……見せ物じゃない」

「分かってるよ」


 ヨカが一際大きくふうと呼気を吐き出して、前髪をぐしゃりと掻き上げた。懐から丸く黒いレンズの眼鏡を取り出して己を整えるように掛ける。


「続けてくれ、コクー」


 行く末によっては後戻りは出来ないかもね。

 その前に、一先ずは、だ。


「実はさ、ヨカ」


 父親の死の真相に戻る前にカードを切る。


「オレの死んだ親のような存在も、傷付けられた痕があったんだよ」


 手の内を曝け出す、嘘は言わない。



「もしかすると、ヨカのお父さんを殺した奴らと同じ一派かも」



 淡白な声と不釣り合いな内容に、ヨカは瞠目する。

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