14...世界はみんな他人だ。他人こそが世界だ。


「そういえばさ、お前のお店見たよ。すっごいでっっっかかった。でっっっ、だよ。でっっっ」


「ふっ、当たり前だ。王都随一だぞ」


 お洒落な看板を掲げた雑貨屋で、新しいエプロンを選んでいる最中の会話。

 一歩後ろに立つヨカが誇らしげに応える。


「何でも揃ってるって感じだったね」

「事実、全て揃えているからな。俺の店は大規模な鉱脈を持っている。貴重な鉱石だって案内してやれる」

「へえ……。お父さんもすごかったんだ」

「父も、祖父もすごい人だった。きっと先祖も。王族の鉱石は俺たちが用意するんだからな。鉱石の扱いや知識も王都一だ。そう、名誉ある仕事だ。他の者には任せられない、王都の誉れなのさ」


「ふうん。お父さんはどんな人だった?」


 ビレイに習ったエプロンの素材を見ながら尋ねてみる。

 あのヨカが今でも手放しに讃えるくらいなのだから、余程立派な人間だったんだろう。


「……父は誰にでも親切で、正義感が強く、辺境の小さな村にも無料で村を守るための鉱石を配っていた。ふふ、これは批判も多かったがな。持っていないものに施すと、持っているものが大きな声を上げるんだ。周辺の安全の維持は、俺たちに利しかないのに」


 以前ギョーセーとも話していたけど、魔族の侵攻が遅くなった原因、これもあるのかな。そう思うと憎たらしいほどにすごい功績じゃん。魔族からひとの命を救っている。ヨカに教えたら喜ぶだろうな。でも不用意に話すつもりもない。

 ちらと肩越しに一瞬間視線を配る。


「お前は違うの?」

「何が?」

「お父さんとはさ」


 ひとつひとつとエプロンを手に取りながら、再び後ろ手に声を掛けた。だから、ヨカがどんな顔をしているかは分からない。ただ、声音は凪いでいる。


「違う……。父が生きていたら、もっと救えた命があったかもしれない。俺がまだ子どもで、信用も足りずに舐められていて、現に仕事は手一杯だった。どんなに余裕を取り繕っても、父の時代を知っている奴にはすべて明らかだからな」


「救えなかった命があったとしても、失わせた命があるわけじゃないんでしょ?」

「……ふ、どうかな。子どもに、大人の事情を知る権利なんてないんだ。どんなに大人の真似事をしていても。意味なんて知らずに、ただ言われたことをやるしかない」

「知りたくないの? 自分が生きている意味」

「生きているって……そんな、壮大な」


 次ぐ不平の言葉が見つからなかったのか、曖昧にはっと一笑に付された。

 だからエプロンを胸元に当てがいながら繋げる。


「言われたことをやるだけ。思考を止めるようにさせられる。そりゃあ経験には敬意を払うべきかもしれないけど、分限は口封じのためにあるんじゃない。たかだかほんの数十年先に生まれただけで、命じることが当然になる。おかしくない? 相手を動かすのなら、相手が納得するように説明しようよ。相手には意思があるんだよ。世界はみんな他人だ。他人こそが世界だ。世界を思い通りに動かせると思うなんて傲慢だね。何をするか決めるのは自分だよ。自分だけ」


 ヨカが痛いところを突かれたみたいに双眸を横へと逸らす。

 正直オレも自分を棚に上げているけどね。傲慢なんだよ。オレだって。残酷なやつも、優しいやつも、多くのものがどこかに傲慢さを秘めている。自分のためにいう傲慢、あなたのためだという傲慢。

 さらに言えば、人間と魔族の戦いに関わったすべてが、他の意思を蔑ろにしていた。

 多種族なら許される? 命の危機があるかもしれないなら、許容される? 昔からの戦いならば、認められる?


「人のせいにできるうちは、まだ自分を生きていないよ」


 折角この世に生を受けて、今を生きているのに。

 選んだエプロンを店員に預けて会計を済ませた。

 窓に映るヨカを覗くと、幼い迷子の彼を見るようだった。




「買えたね」


 お店の外に出て、人通りを避けた所で紙袋を眼前に掲げてみせた。良いものが買えて満足。今のエプロンも染みすべて落とすのは無理だろうが、自宅なら十分に使えるだろうし、半額でも貰いすぎかなと考え始める。


「父は事故に遭ったんじゃない」


 向かい合う姿勢でヨカが小さくぼやく。


「誰かに殺されたんだ」


 それは以前どこかで聞いた言葉に似ていた。


「父は誤って橋から転落したと言われている。現に、父の死体は橋の下の、少し流されたところにあった」

「何か盗まれたものは?」


 可能性から潰していこうという問いに、すぐさま首を横に振られた。


「いいや。金も手付かずだ。……ただ、ひとつ、身に付けていた鉱石が死体から離れて落ちていた」

「どこに?」

「橋を挟んで川の上流側に。橋の真下より少し上ったところだ」

「上流? なんでそっちに?」

「不審な点だと申告したら、流れてきた他の似たものだろうと。そんな訳ない。俺が鉱石を見間違うわけがない!」


 声を荒げるほどのその怒りは鉱石屋としての矜持によるものか、軽視された事実への悲嘆によるものか。


「それ、どんな鉱石だったの?」


「極々貴重な鉱石さ。王族階級のみが扱っていた代物。魔力を消す力を持った鉱石で、聖なる力を注ぐとその人に合わせた色に変化する。病気の母が、もし魔族に襲われた時の救いになるようにと、祈りにも近い力を注いで父に渡していたんだ」


「どこに身に付けてたの? こう言ったらあれだけど、落ちた時に外れて、思い切り飛んでった可能性とか」

「…………口の中」

「え?」

「……口の中」

「くちのなか?」

「舌の下」

「したのした?」

「目立たない位置に母が付けさせていた……」

「お、お母さんつよ〜……」


 変な所で呆気に取られてしまった。目が点になった。

 そんなところに装飾品って付けられるんだ……。人間になった今、外側はともかく内側を飾るなんてそんな想像できない。


「けどその位置だと、確かに遠くに飛んでいくって感じじゃないね」

「恐らく、橋の上で何者かに捕まった時に、口の中で引き剥がして思い切り吐き捨てたんじゃないかと思っている。事故じゃないと知らせるために。それなら見つかりにくいしな」

「お父さんの口の中は?」

「その鉱石を見つけた時には、すでに父は弔われた後だった」


 つまり、手掛かりはヨカ自身ということ。



「が、間違いなく……鉱石のあの色は、父を想う母の色だ」

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