13...どうして半分こじゃダメなの?


「と、いうわけでヨカの妹に会ってきたよ」

「出掛けたかと思えばそんなことをしていたんですか」


 本日は、ギョーセーと街の清掃。

 街に到着してから今日まで、息つく暇もなくずっと駆け抜けていたから空いた時間で金銭対策だ。やることが山積みとなっていたってお金が無くては生きていけない。人間はなかなか世知辛い。


「かわいいって褒めたら真っ赤になって逃げてっちゃった」

「何遊んでるんですか……」


 他愛のない雑談を繰り広げつつ箒でぱっぱっと道を掃いていく。ギョーセーはなんか掴むやつでゴミを拾っていた。


「弱点でも探しているんですか?」

「まあそんなところ」

「あまり目立たないようにしてください。魔王をコケにされて苛つくのも分かりますが」

「だめ。人間は悪いことをしたら、ごめんなさいってするんでしょ?」


 箒をぴたりと止める。オレから引き下がるつもりは皆無だね。


「では勝負の際に賭けてみては? 勝ったら謝れと」

「ただでさえ雁字搦めそうな奴なのに、これ以上強制してどうすんのさ。そもそも謝れって言われて謝った言葉に意味なんてあるの? 気持ちの伴わない言葉に価値を見出せないな」

 それをオレが言うの? という自己口撃は置いといて。


「少なくとも、互いの立場を明確にはできるんじゃないですか?」

「お前が下で、オレが上だって? ヨカといっしょ〜」


 そうやって上だ下だと引き摺り下ろしあって得たものはご機嫌取りしかしない取り巻きだ。

 それで満足出来るならそれもありかもしれない。取り巻きだってやりたくてやってるんだし。ただ、まあ、本来愛されて育ってきたんだろうな。


「別にさ、魔王を殺した奴を見つけるの、サボってるわけじゃないから」

「ええ。分かってます。ヨカは鉱石の商会の会長でもある」

「なんだ、分かってたんだ」

「武器としても使われることのある鉱石には、力に影響する色んな性質がある。薬に使われた成分を考えると、先ず疑うなら鉱石ですね」

「そのとーり」


 くるんと回った箒がとんと肩にのっかる。

 ヨカが魔王殺しに関係あるかは知らないが、鉱石を辿ればどこかで真実への道に繋がるかもしれない。とにかく今は一つでも手掛かりが欲しいところ。


「ちょっと仲良くしてきてよ、ギョーセー。親切とか優しくとかなら、そっちの方が適任でしょ」


 礼儀とか礼節とかそういうものに疎いオレよりずっと場に馴染める。そもそも仲良くならなければならないと思って、オレは誰かと仲良くなれる気がしないね。窮屈だよ。

 ゴミを拾う手を止めずに、ギョーセーは意を唱えた。


「ああいう全てを攻撃して周り誰も信頼していない人間は、どんなに優しくされたって水面に波紋が広がるだけで奥底まで響きはしませんよ」


 どんどんと袋にゴミを溜めていく。魔族が人間の土地の掃除をする日がくるなんて。


「優しくせずにどうしろって?」

「自分の我でも貫いてみては?」

「なにそれ……。なにそれ! 今、仲良くなる話してなかった?」

「結局相性が良ければ親しくなれますよ」

「そんなぁ……。あんなにツンケンしてるの、どうにかならない?」

「優しくして甘やかして、どんなに傷を舐め合ったって傷は治りません」


 真面目な話を続けている筈だけれど、ギョーセーの目は道を汚すゴミから動かない。対価を貰うなら真剣に、それでここまで日銭を稼いできたしね。

 オレは話す、聞く、に五感を全振りしちゃってるけど。


「僕たちは怪我や欠損を治すことが出来ても、心を治すことはできません」


「心ってなに?」


「自由を感じる場所」


「どうしたら元通りになる?」

「元通りになることはありません。自由を阻害された事実や過去は無くならない。あなたはこの間怪我を負いました。傷は綺麗に無くなっても、心が不自由を感じた筈です。それは今後の怪我への恐れに繋がっていませんか」

「うん。じゃあもうどうしようもないってこと?」

「どんなに優しくしても、親切にしても、心は治らない。あの人間が、あなたで言うところの怪我をしている真っ最中なら、現状を打破したなら、癒すことくらいは出来るかもしれませんね」

「現状がどうしようもなかったら?」

「体が檻に入っている訳ではないのでしょう。心だけが檻の中。それなら、どうしようもないことなんてないんです。救いや逃げ道がない、それはほんとうに? 高望みしているんじゃないんですか、本当に必要なもの以外、すべて無くしたっていいじゃないですか。当人だけが、勝手にすべてを守りたいだとか思って不自由を背負っているんじゃないんですか。守られている方の心を蔑ろにして」


 いまいちピンとはこないけれど、ヨカの妹は兄を想って辛そうにしていた。

 結局、見たものがすべてだ。




「このゴミを捨て置いてもらえないだろうか」

「ん?」


 不意に背後から掛かった低音に、結んだ髪を揺らして振り返る。

 顔を合わせて目を見張った。


「貴様は……!」

「あれ? 奇遇だね」


 話題の中心ヨカだ。取り巻きがいないから声が掛かるまで気付かなかった。

 差し出される彼の手から、底に僅か飲み物が残る紙コップを受け取ろうと握る。


「ゴミ捨てとくよー」

「……ッ。もういい」


 オレを頼るのが嫌なのか、伸べる腕を引っ込めた。のが災いして、互いに反対方向に紙コップを引っ張ろうとしたものだから二つの手がすっぽ抜ける。


 紙コップがふっと落下、した先がオレのエプロンだった。


 ぱしゃっとエプロンを茶色に染め上げて、中身を失ったそれはころころと転がっていく。足先にこつんとぶつかったそれをギョーセーが冷静に摘んで袋に回収していた。

 オレとヨカの瞳はその一連の流れを無言で追い掛けるのみ。


「……」

「……」

「…………」

「…………買ったばかりのエプロンが〜っ」

「……」

「買った! ばかりの! エプロンが〜!」

「……おい」

「買った! ばかり」

「分かったそれをやめろ! ……はははっ、買い直す金も惜しいのだろう。新しいものを買い与えてやる」

「いや、半額でいいよ。オレも悪かったし」

「面倒だ。新しいのを買ってやると言っているんだ」

「半分でいいってば」

「さっさと付いて来い!」


 短気な奴だね。オレを引っ捕まえてずるずると引っ張っていく。まだ日銭稼ぎ中だというのに強引だ。

 まあ依頼はこの辺り一帯をすべて掃除することだから、途中抜けたって結果が伴えば問題ない筈。


「ギョーセー! ちょっと抜けるから後よろしく」


 最早振り返ることすらせずに黙々と作業を続ける背越しにお見送りされた。


「ええ、ではまた」




「貴様が行ったこともない高級店のものを買ってやろう」


 人ひとり分くらいの距離を空けて、並んで街を歩く。

 高級店って値段を考えるだけで恐ろしい。日銭でこっちはいくら稼いでいると思ってるんだろう。

 批判めいた半目の視線を投げた。


「そんなの半分払えないよ」

「はははっ、金に困っている相手から半分も受け取れと?」

「受け取らないなら買わなくていい」


 また道の先へ目線を戻す。つらっと告げた言葉は言外の意味なんてない。さっきの事故の責任は半々だ。お互いがちょっとでも気を付けたら防げたもの。

 返事が戻ってこないと感じた瞬間に、隣の影が減る。

 足を止めて振り返ると、ヨカがその場に立ち尽くしていた。迷子か。


「……買ってやると言っているんだ。貸しだ借りだというつもりもない」

「施しを受ける義理もないってこと」


 考えるまでもないから回答に生じる時間も必要ない。ヨカこそが相手に借りを作りたくないのだろう。

 生じた責任より露骨に大きく返す。その場で相手との関係をさっさと切り上げてしまいたいのだ。


「知ってる? お金を稼ぐのってすごくたいへんなんだよ」

「……知っている」

「あの辺一帯掃除して、貰えるお金はこ〜れくらい。お前から渡された羽織物だって買えないね」


 親指と人差し指を少し開いて、だいたいの額面を伝えてみる。金銭面の価値観の異なる相手に伝わるか分かんないけど。


「そんなに年齢変わらない、らしいじゃん? そんな相手から意味のないお金まで貰えないでしょ」


 汚された分は貰うけど。こっちだってお金無い中で生きてんだからそんな慈悲は持てない。

 ヨカが金色の髪を掴んで後ろへと乱雑に掻き上げている。物事が思った通りに進まなくた分かりやすく苛ついてるな。


「どうして半分こじゃダメなの?」

「……金を持っているものは、持っていないものへ施さねばならない」

「なんで?」

「はははっ! 無駄な妬みを買いたくはないからな。後から少なかったとも言わせない、それこそが俺の丁度良い、だ」

「必要なお金は払ってるのに? おかしーの」

「……ああ、おかしいんだよ。どいつもこいつも」


 ヨカはすっと取り繕った傲慢な笑みが消えて、不機嫌ささえ最早滲ませない、諦めた表情に変わる。

 そんなもの直ぐに失せて口端が持ち上がるけれど。


「貴様も受け取れ」


「オレは持ってなくない」


 紡いだ言葉をヨガが呑み込めずにいる。まるで脳が理解を拒んだような秒数が過ぎて。


「は?」


「必要なお金はあるよ。住む場所もあるし、食べる物も買えるし、健康だから働ける。もっとお金が必要なら、その分働けばいいだけ。持ってないなら助けてくれると嬉しいけど、今は不自由じゃないのにそれは受け取れないな」

「……頼む、と言っても?」

「オレがお前の心を慮る必要がないから、受け取らない」

「……至極最もだな」


 再び一歩を踏み出して、並ぶ歩調はどこか先程よりも緩やかだ。


「じゃあ選ぶの手伝ってよ。それを半分払ってね。……あ、でもよくよく考えたらこの間、羽織物貰ったじゃん。それでチャラだ」

「あれは、いい」

「けど」

「ならば俺も言わせて貰うが。あれは、俺が人としてそうするべきだと判断して、したことだ。貴様が勝手に借りを受け取るな」


「じゃあこれからも貰った服着ていい?」


 くれたものの使用許可をわざわざ取ったのが余程間抜けに映ったのか、ヨカはぷふっと締まらない音で小さく噴き出す。



「勝手にしろ」

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