12....えーとぉ……ただならぬ関係?



「はい! じゃあ買い出しが終わったところで、今後の暮らしについて説明するわよ」


 共同住居に戻ってきて早々、着替えを済ませた面々で卓に付く。

 ビレイがぱんっと手を合わせて取り仕切った。


「部屋は性別で分けましょ。あんたたち姉弟みたいだから、一緒がいいかもしれないけど……」

「親戚なので別の部屋で問題ありません」

「あらそう? それじゃ、2階の部屋と洗面所はコクーとジウ、あんたたちが使いなさい。1階の部屋と奥の洗面所はあたしとギョーセーが使うわ」


 簡単に描いてくれた家の中の間取り図をもとに述べてくれる。


「部屋や洗面所の掃除は使う人で話し合ってもらって。共同の場所の掃除や料理は持ち回りでいいわね」


 逆にいいのか? ゆで卵の作り方をさっき聞いたばかりだ。

 オレとギョーセーの何とも言いかねる表情を見て、ビレイが言い添える。


「慣れるまでは簡単なものでいいから、二人一緒にしておくわ」


 簡単なものってなに? この世に簡単な料理なんてあるの?

 きっとすごく譲歩した言葉だろうから無言の肯定をするしかない。


「困ったことがあったら何でも言ってちょうだい」

「うん、お父さん」

「お父さんじゃないわよ」

「うん、お母さん」

「そういう問題じゃないのよ!」


 めいいっぱいの有り難さを伝える言葉のつもりだった。

 とんとんと卓上を指先で叩いたビレイが三人に目線を配って聞く。


「あんたたち、親はいっしょに来なかったの?」

「そもそもオレら親居ないし」


 即答。そのままの意味で。


「わたしも。おじいちゃんとおばあちゃんは故郷にいるけどっ!」


 まさか三人似たような回答が返ってくるとは思っていなかったのか、はわ……と半開きの口唇の前に手のひらをあてがってから、ぐっと長い両腕でオレ含む三人の頭を胸へと引き寄せた。

 硬いから痛い。


「お母さんでいいわよ!」


 お母さんでいいんだ。





 夜ご飯は全員で作る運びとなった。

 ご教示いただいた通りに野菜の皮を剥きながら、そういえばと火元に立っているビレイに尋ねてみた。


「楽園にさぁ、すごく笑う変な奴がいたんだけど、ビレイ知ってる?」

「その情報だけじゃあ分からないわね……」

「色の入った丸いレンズの眼鏡をしていました。金の髪に少し水色が混じっていて……取り巻きがたくさんいましたね」

「ピリピリしてて怖かった〜っ」


 枝から実を取るギョーセーと食材を切るジウが、雑な説明に補足してくれる。取り巻きという特徴で、目的の人物が特にピンときたようだ。ああ、あぁ、と料理の手を止めずに数度頷いてみせる。


「それ多分、ヨカのことね」

「ヨカ?」

「そう。あたしがこの楽園に来た時よりもずっと前から通ってたみたい」

「ふうん……他に何か知ってる?」

「有名な子だから……。お父様が鉱石の商会の会長さんなの。結構前に事故で亡くなってしまったみたいだけどね……。それからはヨカが継いでたんじゃないかしら」


 使えそうなものはないかと情報を脳裡に書き留めていく。うんとしか頷かなそうな取り巻きが何故いるのかという理由くらいしか得るものないな。


「他には? 何か知ってる?」

「そうねえ……あたしも仲良くしてるわけじゃないから……。お店の場所なら教えてあげられるわよ」





 翌日、描き示してくれた地図を持って一人で店へと赴いた。


 「でかぁ……」


 周りの店も十分大きくて煌びやかで立派な筈なのに、それ以上の建物が一際目立って建っている。既に入り口からして場違い極まりない。

 魔王城だってこんなに派手じゃなかった。いや魔王城はほぼ岩? みたいなので作られてたけど。魔王が鎮座していた椅子も岩? みたいなので作られてたし。


 横を通り過ぎて行く客層も見るからにお金持ちといった風格だ。

 暫時、二の足を踏む。


「ねえ、アタシの家のお店に何かご用?」


 鈴を転がしたような澄んだ声が波紋のように響く。


 え、と振り返った先、よりも幾分か低い位置に人間がひとり。

 緩くふたつに結われた薄い水色の長い髪には金が混じり、薄暗い色のハートの形を成したレンズがこちらに向けられている。格好こそかわいいを詰め込んだ様相だが……なんだか……見覚えが……。


「ねえ、聞いてるの?」


 訝しそうな再度の問い掛け。


「ヨカの妹?」


 いいお店ですねなんて話がしたいわけではないから、疑問を真っ直ぐに切り込む。

 目の前の人間は一瞬息を呑んでから、オレと一歩二歩と距離を取った。顔が僅かに横に動いたのは、警備の位置を確認したのだろう。

 完全に警戒された。こういう回りくどいのはギョーセーの方が上手い。


「……そうだけれども」

「そんなに身構えないでよ。昨日ヨカに会ったから、店見に来ただけ」

「兄様に……?」


 兄の知り合いならばと僅かに警戒の緩みを感じる。嘘は言ってないし。


「そ。楽園でね。ヨカってこんなにすごいお店切り盛りしてるの? やば〜」


 悪い奴じゃないけど嫌な奴。すごい奴だけど嫌な奴。情報が更新されていく。

 兄が褒められたことによって、さらに妹は距離を詰める。


「そ、そうなの! 兄様ってすごいの! アナタは……兄様とどんな関係?」


「えーとぉ……ただならぬ関係?」


「たっ、たた、ただならぬ関係!?」


 顔から火が出そうなほどに白い肌を真っ赤に染め上げて狼狽えていた。どんな想像しているんだろ。あの険悪さはただならぬ関係に間違いないはず。


「そ、そん、そんなこと聞いてないわ!」

「まだ出会って日が浅いからかなぁ」

「そんな、そんな! どこの馬の骨とも分からないのに!」


 言葉選びに兄の存在を感じた。家族を想う心情からだから対してなんとも思わないけど。

 顔を真っ赤にさせて狼狽する様を落ち着いて見ていたせいか、神経を逆撫でしてしまっているらしい。


「お、お金目当て…!?」

「一緒にしないでよ」


 あの取り巻きと。

 反応を見るに実際多いんだろうな、これだけ大きいお店持ってると。お金目当てで寄ってくる人間が。


「他人が努力して得たお金を目当てに心を欺く。騙す。脅かす。愚かじゃん」


 実は人間っていつか勝手に自滅する生き物だったりして。

 言い切ってしまえば、警戒するべきなのか信じていいのか妹からの惑いが伝わる。仲良くなりにきたのではないから、必要以上の信用を受けたいわけではない。


「父親が事故で亡くなったのは知ってるけど、母親は? ヨカ、まだ子どもでしょ。すごいね」

「子どもって……アナタと変わらないでしょ」


 見た目の年齢は同じかも。とはいえ、とても大人とは言い切れないはず。少し距離の縮まった相手は、視線を斜め下に落として言い淀んだ。


「知っているひとは知っているから言うけれども……、母様、病気なの。だから、兄様はアタシたちのために……」

「そんなに神妙になることないんじゃない? わはは笑って楽しそうだったよ」

「そうだけど! そうじゃないの! 昔は、もっとみんなと楽しそうに笑ってた。もっと、楽しそうに……!」


「……ふうん、なるほどね」


 つまりあの笑いたくもないのに高笑いをしているのは一種の自己暗示ってことだ。自分が強者であるための。商会や家族を守るために。周りを見下していけば自ずと自分が天辺になる。軽んじられないための防衛策。金目当ての人間が多くなると、そうなっちゃうのかな。

 自分が目立っていれば、家族に視線が向きづらくなるから。


「あ、そういえば。最後に2点。まず一つ目は、ねえ、知ってる? ヨカ、今度ね……」


 ひっそりと声を沈めて秘密のお話。


 瞠目する人間を弓形の双眸が捉えて、すかさずに。


「二つ目は、ヨカとは交際してないよ。オレ」


「こ、こここ交際していないのにただならぬ関係!?」


 あはは。すぐ赤くなる。兄様が妹を守りたくなる理由が分かるね。



「かーわいい」

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