11...簡単なものだけど。
連行の形で近くの家に到着すると、玄関入ってすぐの椅子に深々と腰掛けさせてもらった。
座って改めてどっと疲労が押し寄せる。人間の体はつくづく不便だ。
オレらを抱えてきた人物は台所の戸棚を開けたり閉めたり。食材や調味料を探して右へ左へ。右往左往。その最中で背中越しに紡がれる。
「あんたたち、名前は?」
「オレはコクー。こっちがギョーセー」
「あたしはビレイよ。よろしくね、新入生たち」
「よろしく、ビレイさん」
「ビレイさん。……、……あれ。合ってます?」
「オレが敬称を学ばない生き物だと思ってる?」
ビレイ呼びじゃなくて、ビレイさん。正解だね。
いつもギョーセーが口を挟んでくるからオレだって流石に学んだよ。その横やりも、極力オレらが人間の土地で目立たないようにするためだろうけれど。
「ビレイでいいわ。畏まらないで。仲良くしましょ」
ビレイは布巾で卓上を拭きながら肩を竦めてみせた。薄らと膜のようにあった埃が失せていく。それを見つめていたのに気付いたのか、「あら、ごめんなさいね」とそっと謝罪を添えられた。
「最近使っていなかったのよ。研究で忙しくしてたから、楽園に泊まり込んでて」
「へえ……結構広いとこだね。ビレイの持ち家?」
「ええ、研究が評価された時に楽園から貰ったの。二階建て、鍵付きの2部屋、4つベッドがある共同住居よ」
「すご。こんなの貰えるんだ」
「結局持て余しているわ。さっさと貸し出しちゃえば良かったわね」
いかにも扱いに困っていますと溜息。
そうして良い匂いが立ち込めたと思ったら、出来上がった料理がオレとギョーセーの前に並べられる。
「簡単なものだけど」
「簡単……?」
「あるもので作ったのよ」
「あるもの……?」
「炒めただけね」
「炒めた……?」
「炒めたは分かるでしょ」
「炒めた…………?」
簡単と炒めたが繋がらない。
簡単なものというのはオレたちが作ってた肉の丸焼きを指すのだと思う。
肉や野菜とご飯を炒めて味付けしたものは全然簡単なものじゃない。人間って毎日毎食こんなに手間暇掛けてるの?
実際料理を口にして尚びっくり。
「う、うま〜……!」
オレらが作っていたのは料理未満だったのかもしれない。味をのせて舌が踊る。
「え、なに? ビレイって楽園で料理作るひと? すごいうまい。うますぎる。無限に食えるよ」
「これは確かに……おいしいです。ご飯なんて食べれてしまえれば何でもいいと思っていましたが……」
隣で一口含んだギョーセーも口元を押さえながら驚きの声。
「今まで素材そのものを食べてたって分からせられましたよ……」
「あんたたち離乳食でも食べてた……?」
対面の椅子に座って呆れたような薄ら笑い。しかしずっとうまいうまいおいしいおいしいと讃えながら完食すると、ビレイは両手をテーブルに置いて勢いよく立ち上がった。
「甘いものも用意してあげるわよ!」
「やったー」
「いえ僕は満腹なので」
「舌が蕩けて身悶えてやめられずとめられずの美味しいと評判のあたしの料理が食べれないって言うの!?」
「そこまで言ってません……」
「でもそこまでうまいよー」
気を良くしたビレイが翻って鼻歌を歌う。結局まるまると揚げられたドーナツを揃えてもらった。
ひとつ口に運んでは甘みがほろほろと崩れていく。満喫しちゃうな。
「困っているならうちに来なさいよ。部屋は余っているし、ちょうどいいじゃない! そうしましょ!」
ビレイが素晴らしい提案とばかりに両手を叩く。
確かに素晴らしい提案だけれど、何も持っていない身振りとして代わりに両手を振ってみせた。
「言っとくけど払えるようなものは何もないよ」
「部屋代は無料でいいわよ。誰も使ってなかったんだもの」
「怪しい……」
「何よその口の曲がり具合。半目にならないでちょうだい」
「うまい話には裏がある……」
「あんたねぇ……そんなこと言ってられる立場なの……?」
「オレらを美味しく料理するつもりなんだ」
「行き倒れてたのにどこからそんな余裕が生まれるのかしら……」
お互い不満顔で目を合わせると、途端二人でけたけたと腹の探り合いを笑う。
「僕らに失うものなんてありませんから。ありがたくお願いしましょう」
割って入ったギョーセーが窺うようにオレを見るから了承として一度頷いてみせる。
「じゃ、よろしくビレイ。オレたち生きていくための日々の能力、ほぼ無いから」
「胸を張って言うんじゃないわ。あんたさっきからほっぺにドーナツ付いてるのよ。先ずは身の回りからね」
ビレイが自分の頬をちょんと触れて場所を教えてくれる。
親指で掬ったそれを舐め取ろうとしたら、ギョーセーにべちとハンカチを横顔に当てられた。結構乱暴に。
「まだお金は余ってるの? せめてもう一着くらい買いに行きましょ。足りなかったら貸してあげるから。コクーの服、血付いてるのよ……」
怪我をした方の裾が鮮血に染まっている。流石に街では目立たぬように上着を羽織っていたが、ここに到着次第脱いでしまったから、その赤が鮮烈に映るのだろう。最初ビレイもギョッとしていた。
「宿泊費用は残しておいたので、それで買います。どこか安いお店を知っていたら教えていただいても?」
「任せて。案内してあげるわ」
出掛ける支度を済ませて街へと繰り出す。
少し歩けばすぐに大きな店の並びに着くから利便性の良い家だ。活気もあるし、いかにも裕福そうな人間もいるから治安が良さそう。
だから、誰も元魔族がいるなんて思ってもないだろうな。
この街のことについて詳しく聞くギョーセーと親切に応えてくれるビレイの少し後ろを、そんなことを考えながら歩み進める。
建物の窓に映る自分は、自分であり自分じゃない。人間のまがいものだ。
「あーっ! コクー! ギョーセー! 聞いてー! わたしの家、街の人同士の喧嘩で壊されちゃってたぁっ!」
稀に真剣に物思いに耽る時間が、ひーんと泣き喚く声に乱される。向こう側からジウが飛んできた。言葉通りに真っ直ぐ飛んできた。周囲の人々が驚愕している。
そりゃ人間が飛んでたら仰天するね。あんまり飛ばない方がいいって教えてあげた方がいいだろうか。
「壊され……? どういうことですか?」
前に居たギョーセーが先に疑問を呈する。
「新しい部屋、見に行ったらねっ。外壁からめちゃめちゃになってて……、え? って。悪夢? って。体調悪い時に見る夢? って! 聞いたら、外で喧嘩があって力を使うほどの大騒ぎだったみたい。運悪くわたしの家が……まだ引き渡す前だったし、管理人さんも、あはは〜まあまあじゃあこれは縁がなかったということで〜ってどっか行っちゃって……なにこれー!?」
「なんだろうね」
「なんなの〜っ!?」
「魔族に襲われたわけでもないのに、家壊されちゃうわけ? 愚かじゃん」
「すぐ住める部屋も見つかんないし……ひどいよ〜っ」
めそめそと。しくしくと。わんわんと。すべて泣き顔なのにまるでころころと色を変える人間だ。忙しないけれど主張がデカすぎて無視できない。
とはいえ、だ。
「オレらも助けてあげれないよ。ビレイに部屋貸してもらってる立場だし」
オレとギョーセー揃ってビレイを見上げる。
ややあって、面を食らったビレイが膝を折って落ち込んでいるジウを覗き込んだ。
「……あんたも、行くところがなかったら来る?」
「ビレイさあんっ!」
「せめて名乗らせてちょうだい」
ほぼ今日出会ったばかりの4人で、ひとつ屋根の下暮らしが始まった。行き当たりばったり。でも何とかなる。
「コクーはどんな服買うの? わたしも買おうかなっ! 街のひととわたしだと……こう、やっぱり雰囲気違うよね……」
ジウが服の裾を摘んで体を捻るように揺らす。住んでいたところが違うのだから、着ている服装の系統も異なるものだ。土仕事が多く木々に囲まれた村と街の中心部を比べたって仕方ない。
ジウの指先がもじもじと自身の髪先を巻き取っている。
「そ? 気になんないよ。でも買うなら一緒に選ぼ。オレもどんなのにするか決めてないし」
「う、うんっ!」
パッと表情を明るくさせて隣に並んできた。
ビレイおすすめの店の中では、うーんうーんと頭を傾けて悩んでいる。「難しい……難しい……難しいよぉ……」と唱えている姿はとても服を選んでいるとは思えない。
オレは店内一通りを見た中でパッと目を引いた一式を手に取った。そもそも身長が高過ぎるせいで丁度良いサイズが限られていたわけだが。
「オレこれにしよ。かっこいいじゃん。靴もこれ。もっと身の丈長くなりそ」
今まで服を選んだことなんてないからなんて説明するのか知らないけど、真っ直ぐに下に伸びた丈やヘソの辺りを露出させた服が良く見えた。靴も厚底で面白そう。
悩む手間無くこれにするとギョーセーに渡す。
ギョーセー自身は街に馴染む様相そのままの服を選んでいた。
ジウは暫く悩んだりビレイに相談したりして、本人の雰囲気に合ったものを選んでいた。ように思う。
どんどんと人間に溶け込んでいく。
人間の中に溶けていく。
でも、どんなにガワが人間になったって。
この人間たちが明日死んだって、オレはあーあと思うだけだ。
オレは魔族たから。
魔王が死んだのに、人間たちで愚かに争っているからそうなるんだって。
魔族だけが生き残った世界はどうなっていたのだろう。
周囲の騒めきが耳遠く感じられてくる。
遠い昔、まだ魔族であったギョーセーと魔王の会話が想起された。
『魔王様。人間を滅ぼした後は、どうするのですか?』
『そうだなぁ。人間が生まれる前の世界に還そうか』
『それは……人間が滅んだ後とは違う世界ですか?』
『違うんだよ』
『そうですか……?』
『人間が滅んで、いまさら還すことが出来るのかも分からないがな』
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