10...お金残りいくらあるの?
「やったやったやったー! 合格だよ合格っ! わたしたち、実はすごい……!?」
「それさっきから10回くらい聞いたよジウ」
「だってだってだって! 合格だよ合格っ! わたしたち、本当にすごい……!?」
「11回目だよ」
「すごすぎてすごい……っ!?」
お前はすごいんだよ。
今後の説明を試験官から聞いた後、三人揃って試験場を離れるもジウはずっと足をバタバタ手をバタバタ心が踊るままに身体を跳ねさせている。
分かりやすく浮かれている。心ここに在らず。
再び楽園の門をくぐろうと戻ってくると、はははっと高飛車な笑い方。
出迎えに引き続き見送りもしてくれる優しさ。
取り巻きも勢揃いだから、実際お偉いさんの帰還みたいだ。
「どうやら合格したらしいな」
「おめでとうは?」
「……おめでとう。俺に言われて嬉しいのか?」
オレの催促に際して怪訝な表情を浮かべる。
嫌な奴がおめでとうと言うものだから、後ろに控えている面々も微妙な拍手をしながら「おめでとう……?」「よくやった……?」と互いに顔を見合わせながら祝福してくれた。
祝われる気分は存外悪くないね。ふふん。
しかし先刻の試験で身体は負担を感じている。流石に今勝負をするのは無理。
「もう会いたくなっちゃったんだ? 悪いんだけど、今疲れてるから今度でも良い?」
「何故俺が貴様に会いたいということになっているんだ? さっさと身の程を弁えさせてやろうと来ただけだが」
「じゃあまた連絡するね」
「待て」
「待った方がいい?」
こめかみを寄せてあからさまに苛々とした態度が見てとれる。
けれど色の付いた硝子の向こうで双眸が瞬く気配を感じた。僅かに不自然な沈黙を置いて、目の前で羽織りものを脱いだかと思えばオレの頭にとさっとのっけた。
え、なに。言いたげな視線が羽織ものの隙間から自ずと相手に伸びる。
そっぽを向いてはいるが、品の良い唇が選ぶように言葉を紡ぎ始めた。
「……田舎者を知らないだろうが、そんな格好で街をうろつくのは在園生の恥だ。分別を付けろ」
「いいよ。返すよ」
「あっ……コクー。借りてた方がいいかも……っ」
ジウが後ろからこそこそと手のひらの壁で潜めた小声を漏らす。内容の正しい意味を汲み取れず素っ頓狂な顔をしてしまう。まあジウが言うなら、と広げて腕を通した。
「……返さなくていい。せいぜいお下がりを使い倒せ。はははっ。行くぞ!」
不遜な態度のまま取り巻きを引き連れて去っていく。
とんだ嵐を見た気分だ。
「何で借りた方がいいの? ジウ」
「わたしも合格で浮かれてて気付いてなかったけど……。コクー、さっき汗とかすごかったから、服が濡れて下着の輪郭とか分かっちゃってるから、ねっ! 裾のあたりに血もついてるし……。」
そこそこ厚手の服だったのもあり意識したことがなかったな。今でもそんなに服の下が浮かび上がっているとも思わないし。
血については街に行くなら隠した方がいいのはその通り。ぐうの音も出ない。
嫌な奴かと思いきや、……嫌な奴ではあるけれど、悪い奴ではないみたいだ。認識を改めた。
「それでね! ねえねえっ、みんなはどこに住むの? わたしはあっちの方で、これから部屋の受け渡しなんだけどもっ!」
ジウが指差した方を目線で追い掛けつつギョーセーが応える。
「いえ、まだ宿屋に泊まっているのでこれから探そうと思っています。寮があれば良かったのですが、どうやら結果を残した者だけが許可されるようですね」
出来る限りの最速でここまで来たため、今後に関しては行き当たりばったりだ。まあ楽園の寮があると聞いていたから、それを当にしてた部分は大きい。
「まだ決めてないの!? ええ……大丈夫かなぁ、この辺りのお部屋ってなかなか空かないし、空いてもすぐ取られちゃうから……」
「利便性が良く、守りも強そうですからね」
冷静に観察している場合じゃない。オレたちにはゆっくりする時間はない。何故なら。
「もうお金ないから早くどうにかしないとだ」
「ええ……揃えるものも沢山あるでしょうし。ここでは根っこや肉が簡単に手に入りません……食費が……」
軽やかに紡ぐオレと反対にギョーセーは遠くを見つめている。ずっと財布を握っているギョーセーの方が危機感を覚えているのだろう。
ジウが困ったように眉尻を下げつつ、惑う唇を開いた。
「わたしの家においでっ! って言いたいんだけど……まだ全然何も準備できてないし、そんなに広くないから……」
ひとごとなのにしゅーんと項垂れてしまった。
「僕たちのことは僕たちでどうにかするので、あなたは先ず自分の部屋の手続きを進めてきてください。あなたの場合、バタバタしそうですから早めに行った方がいいですよ。何事も無ければ、また来週にお会いできるでしょう」
それ以上でもそれ以下でもない事実の言葉として吐いたのだろうが、再会の言葉と受け取ったジウが瞬く間に笑顔に戻って大きく頷いてみせる。
「またすぐ会えるねっ! 楽しみつ!」
春の陽気さを湛えた笑みだ。裏がないとはこのことか。
「ん。じゃあね」
「さようなら」
「またねーっ!」
オレたちが軽く手を振ればジウが倍にして振り返す。
騒がしい声が減るとなんとも物静かに感じるものだ。
飛んだり跳ねたりする背中が小さく去っていくのを眺めて、目線も合わせずに問いを投じる。
「……でさぁ、ギョーセー。一個言っていい?」
「何も言わないでください。何も聞きたくない」
「お金残りいくらあるの?」
「……」
沈黙が痛いよ。
「今すぐ稼ぎに行かなくちゃだめ?」
こてんと首を傾げる。出来れば行きたくなかった。否、ほぼほぼ行けない。何故なら。
「すごくお腹が空いてて今にも倒れそうなんだけど、そんな時間とお金はあるかなって聞きたくて」
視線を横目に下方へと落とすと、片手で頭を抱えたギョーセーがいる。すべての答えだ。
人間はじめたばかりですのオレたちが、いきなりすべてをやるなんて到底無理がある話ではあったから驚きはしない。
ただ腹の音が鳴り止まない。ぎゅるるぎゅるると居なくなったジウの代わりに騒いでいる。
路地裏に身を滑らせると座り込んで膝を抱えた。これがひもじさか、魔族の時には感じたことがない。
「僕が稼いでくるので、あなたは先に宿に戻って」
「お前だって疲れてるでしょ。オレの身体の方が無茶やった後でも体力ありそうだし、少し休憩したら皿でも洗ってくるよ」
「いえ、そういうわけには」
「あんたたち、大丈夫? 体調悪いの? 立てる?」
言い合っている二人の頭上に柔らかな低い声が掛かる。
ぱちりと一度瞬いて見上げた先には、胸ほどまでの緑の髪が背後に陽光を背負っていた。大きな金色のピアスがきらりと煌めく。オレより高そうな身の丈。
回答が無いからかもう一度噛み砕いて問われた。
「あんたたち、立てる?」
ぐっと膝に力をこめようとするけれど立てる気がしない。故に正直。
「た、立てないぃぃ……」
「……僕は、立てます」
「ほら、手を貸しなさい。あんたも無理しなくていいから」
オレの伸ばした手を握ったと思ったらそのまま引っ張られ、ひょいと軽く肩に担がれた。担がれた?
ギョーセーも容易に小脇に抱えられている。抱えられている?
「え……どういう状況……?」
「見てたわよ。あんたたち、さっき楽園の試験受けてた子たちでしょ」
ぽかんと口を半開きで固まっていると、先刻の出来事を切り出される。まるで自分は怪しいものではないと弁解するかの如く。とはいえギョーセーは気付いていたらしい。
「ええ。あなたは……出入り口のところに居ましたね。……後、あの……この持ち方は……ちょっと……」
「え、居たぁ?」
「あら、気付いてたの? そうよ、あたしは在園生よ」
「待ち方……」
ギョーセーは抱えられ方に不平を訴えたいようだが、自力で何かをどうすることも出来ないと判断したのか口ごもりがち。そのせいでまるで相手にされていない。
オレは完全初見の態度。何も気付いてない。
「なかなかやるじゃない。三人とも揃って田舎の格好をしてたから心配してたけど、期待の星ね」
オレもギョーセーもジウも似たり寄ったりな田舎の村の格好そのままであった。自覚はあっても、服を買うお金はないし。
オレらを軽々持ち上げる人物は片目を閉じて提案。
「面白いものを見せてくれたから、ご飯くらいご馳走するわ。付いてきなさい」
付いて行くまでもなく担がれている。連行中。
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