09...応えてあげますよ、試験官様。


 ぷりぷりと怒りながら嫌な奴は去っていった。本人的には颯爽とその場を後にしているのかもしれないけれど、絶対ぷりぷり怒っていた。

 なんか後ろ姿がぷりぷりしてた。ギョーセーにそれを言ったら、はぁ?みたいな顔をされた。悲しみ。


「んもーっ! ほんとうにドキドキしたんだから! 喧嘩始まっちゃうのかもってこわかったんだからっ!」

「ジウ、牛みたい」

「んも〜っ! もうもう! もーっ!」


 ジウもまたぷりぷり怒りながら軽く地団駄踏んでる。

 っていうか、あれで喧嘩に含まれないんだ? ジウの世界はある意味平和だ。何となく売られた喧嘩を回収したもののこの平和ぶりを見ていたら一気に凪いだ。



 試験場で受付を済ませて、係員に案内されるままに歩みを進める。少し開けた場所で待機するように命じられた。

 どうやらその場で直ぐに試験を始めるというのは合っていたようで。


「待たせたな。それではこれより試験を始める。先ずは各自、名前を答えよ」


 試験官は着いて早々流れ作業のように業務をこなす。これは結構な人が入園希望しているのかも。


「ジウですっ!」

「ギョーセーです」

「コクー。です。」


「よし。では順番に、貴殿が見せたい一番のものを見せてみよ。必要があれば、聖なる力の媒介として鉱石を使用してよし」


 随分と曖昧であやふやなお題だ。こんなもの、試験官の采配でどうにだってなってしまう。それを合格してみせろということだろうが、感情が鈍化な人間でないことを願うばかりだ。


「ジウ。前へ進め」

「あ、あっ! はいっ!」


 突如呼ばれた名前に声を上擦らせつつ急いで試験官の元へと走る。


「貴殿は何ができる?」

「わ、わたしは……」


 ここまで緊張が伝わってくるな。あの力を持ってして何がこわいのだろう。唯一無二なのに。


「わたしは飛ぶことができますっ!」

「飛ぶ……? そんな力は始めて見るな。先ずは見せてみよ」

「はいっ!」


 透き通った返事が響いた。

 ジウは深い呼吸を繰り返した後、瞼を閉ざして胸の前で両手を組み力を集中させる。

 間も無く髪が逆立ち、腕がその重さに逆らい始めて、すっと両足が宙へと浮いた。

 緊張で身体が強張ってしまっているせいか、んんんんんと少し苦しげな声がジウの結ばれた唇から漏れ出るけれど、浮遊した身体の安定とともに笑みへと戻る。


「どうですかっ!?」


 鳥のような翼も持たずにすべての重さから解放されるその姿。単純に羨ましく思うよ。

 試験官も一驚と羨望含有する瞳を向ける。感想を待つジウは落ち着かないようで、眉尻を下げていた。

 ややあってから、試験官が口を開く。


「これは……」


 合否なんて考えるまでもない。手元に置いておく価値があるから。


「……では次、ギョーセー。見せてみよ」

「えーっ!? ドキドキ持ち越し!?」


 があんと打ち拉がれるジウは緩やかに地べたへと落っこちてきた。悪い想像を勝手に膨らませているみたいでその顔色がころころと移り変わっていく。

 試験官の元へ歩み寄るギョーセーは途中ジウの横を通って「相変わらず、すごいですね」と耳打ちしていく。その言葉ひとつでジウは晴れやかに笑った。照れ屋かに笑った、でも合ってる。


「ギョーセー。貴殿は何ができる?」

「何だって」


 この元魔族は何だってしてきたし、何だってする。本人が必要だと思えば、自分のために道をこじ開けていく。

 オレとは覚悟が違う。後悔しないための覚悟が。


 ギョーセーは鉱石を握り締めると自身の聖なる力を地中に移して、間近の樹木全体へと、そして近辺の花すべてへと巡らせる。


「ぐっ……うぐ……」


 小さな身体とちぐはぐな力の量を操っているはず。今にも力負けして弾け飛びそうな心地だろう。体の筋という筋が切れてしまいそうな苦しさだろう。

 歯を食い縛り強引に力を操作して、捻り上げて、押し切ろうとする。

 隣のジウが両手を合わせて祈るように「ギョーセー……」と情けない声音を漏らした。

 徐々に木はその若葉を大きく揺らし落として、花々は花弁を宙へと散らす。さらに無理に力を注げば、やがてぶちぶちと断ち切れる音とともに木は折れるままに倒れ、花弁は空中で不自然に渦を巻いた。

 四方へ広がる花弁はオレらの足元を彩る。


 ギョーセーが一際大きく息を吐ききった。

 試験官は暫し目を見張らせるも、間も無く大きく首肯。


「……なるほど。魔族は、火や水の力を漂う魔力に残留する情報から引き出すという。聖なる力はそれが使えない。代わりに、自分の聖なる力を自然物に注いで強引に動かしたのか。ふん……」


 まるで合否を考え込むような反応だが満足気な口元の緩みだ。


「復興は荒れた土地でも行う」


 言外に役に立てとでも言っているのか。


 気を取り直す試験官の咳払いを聞いて、漸くオレの番。


「最後はコクーだな。貴殿は何ができる? やってみせよ。期待しているぞ」


 どんどんと期待値が上げられてしまっている気がするね。ちょっとした戯れ程度じゃあもう試験官の心は震えないはず。やってくれるじゃん、ジウとギョーセー。


 でも。

「当然。その期待に応えてあげる」

「あげますよ」

「応えてあげますよ、試験官様」


 疲労感に打ちのめされていてもギョーセーの横やりは変わらず。思ったより元気なのかもしれない。

 さて、片手をぐっぱーと柔軟に開け閉めさせる。


 ここで聞いた話ではあるが、人間は、死に直結しない怪我であっても強い痛みに繋がれば、本来の力すら十分に出せなくなるとか。そのため、聖なる力を多く蓄えることができる頑丈な鉱石を媒介にして攻撃や防御を行う。これがまた本当に頑丈だ。とはいえ媒介を挟む以上、攻撃は本来の力より弱まってしまう。上限値ができるからだ。

 ならば生身の身体そのままで聖なる力を放ってみよう。


 天に掲げた人差し指に力を集中させる。

 指や腕に最低限の強化を行いながら、とにかく一点に力を蓄える。

 周囲に土埃が立ち上った頃、ぶちぶちと肉が裂ける音とともに指や腕に裂傷が走った。

 ジウがひっとか細く悲鳴を上げたのが耳遠く聞こえる。

 続いてびきびきと歪な音を立てて指があらぬ方向に曲がり、筋肉程度ではどうにもならず腕が小刻みに震えては関節と反対側に折れようとしていた。

 オレの痛みに共感できないギョーセーは無言の無表情だけれど、ジウと試験官はこの耐え難い苦痛の想像ができるのだろう、眉を顰めて顔を歪ませている。


 すげー痛い。痛いよ。今にも吐きそうな疼きを精神面だけで支える傍ら、痛いってこういうことなんだと過去倒れていった人間たちを想起する。


 人差し指の肉が溶け始めて原形を忘れたあたりで一点集中した力を空高くに放てば、ものすごい反動に身体が後ろに吹っ飛んだ。

 ぎゃあっと倒れる身体は、至って冷静なギョーセーが受け止めてくれて。

 結構な体格差があるから、きっと軽く肉体強化したのだろう。背中と膝裏を抱えてくれている。

 次いで、元居た位置にどさっと大きな鳥が降ってきた。身の丈よりも大きな鳥だ。顎から頭の天辺にかけて焼けるような穴が空いて、死んでいるのは見るも明らか。

 ぴっと指でそれを示す。そうする必要もなく、みんなその物体を驚きのままに見ていたけれど。


「……ジウのこと追いかけ回してた鳥ってこれじゃない? 危ないやつはちゃんとやっつけとかないとね。他のひとに被害が出たらたいへんじゃん」


 さも親切です人助けですあなたのためですと善性を露わにする。見せかけの善性を。継ぎ接ぎの言葉で。偽りだらけの存在が。

 どこに放とうかと迷っていたら、運の悪い鳥がきたから射落しただけなのに。

 しかし勇者が選定される施設だ。こういう振る舞いは好きだろう。


「あ……あ……怪我っ! 痛くないの!?」


 腰を抜かしていたジウが膝立ちのまま両手で這うようにやってくる。未だ血がだらだらと止め処無く流れ続ける片手を取って、傷口とオレの顔を交互に見遣る。

 正直。正直に言うと。ナメてたよ。


「うううぅすげーいたいぃぃ……」


 普通に痛すぎて泣けてきた。こんな苦痛始めてだし、泣いたのも始めてだった。鋭い痛みと連動して目の端からぼろぼろと雫が滴り落ちる。その癖視界はチカチカと明滅を繰り返すよう。

 痛みに共感できないギョーセーも、流石に哀れんだのか抱えたまま優しく揺らしてくれた。何の効果もない。むしろ止めてほしい。

 痛みで意識ぶっ飛びそう。


「がんばれ! がんばれ!」と言いながらジウが必死に治癒の力を使ってくれてる。後ろから試験官もさらに強い治癒の力を施してくれた。

 人間は、ほとんどの傷を聖なる力を使って治すことができる。治すまでに死ななきゃ、だ。

 けれど治している最中でも痛みを和らげることはできないし、何なら治している最中の方が皮膚を引っ張られるような感覚とかで殊更痛かった。食い縛る口端から意識外に呻めき声が漏れ出る。

 これは、痛みというものへの理解が無かったからできた芸当に賭けたのであって、二度目は無い。絶対やだ。

 痛みの記憶が足枷となる。

 正しくは、痛みへの恐怖心が足枷となる。

 物事の記憶や記録は未来への成長に繋がるとは思うけれど、感情の記憶や記録は足枷となりやすい。特に負の感情は顕著だろう。憎しみ、怒り、悲しみ、諸々、そういうものほど囚われやすいように思う。

 だから今日まで、何百年もはたまた何千年規模の話なのか、人間と魔族は戦っていられたのだろう。

さて、釣られた魚のようにびちびちと跳ねた暫時。何とか腕は元通りになった。


「鼻水を拭いてください、コクー」

「え? あ、もうお前の服に付いたかも」

「……」


 両手の力を抜いて落とそうとするギョーセーの動きを察知したジウが、あっと声を上げると首を横に振った。


「ギョーセー! 今治ったばかりなんだから、優しくねっ!」

「……しぶしぶ」

「渋々をわざわざ言うな〜」


 軽口に対応できるほどに回復した。

 ジウと試験官に鼻をすすりながらお礼を告げ、丁寧な動作のもと爪先から地に降りる。汗や涙や鼻水で服がべっちょり濡れていた。服が濡れるって不快なんだな、最悪。

 湯浴みをしたいと考えながら襟元を引っ張り肌に引っ付いた服を剥がしていれば、試験官が改めてこちらへと向き直る。


「強さはもちろん、その自分の身体も厭わずに力を放つ姿勢。他者のための自己犠牲。楽園の理想とする心持ちだ」


 人間のための自己犠牲ではないけれど。やったことの根底にあるのは自己犠牲心より傲慢さだろう。おくびにも出さずに冷めた顔で突っ切る。


「他の者たちもご苦労であった。ジウの浮遊能力は唯一無二である。復興の支えとなるし、研究の対象にもなるだろう。ギョーセーの力はとても繊細な動きをしていた。物体を動かす力を使う者は確かに居るが、こういった自然を扱う者は見たことがない。何故なら自然もまたそれぞれの力を包有していて、干渉が難しいからだ。復興の地は荒れている。助けになるだろう」


 一息で感想を終えると、改めて分かりやすく結果を告げてくれた。



「全員合格とする。一週間後から楽園の在園生だ。励むように」

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