08...強者がどちらか、貴様に分からせてやる。


 三人でいっせーのーせっ! で楽園の門を潜る。


 ジウの提案だけれど、しぶしぶと言いながらギョーセーもやってくれていたから、仮初の親切心だけでなく若干のジウへの甘さもありそう。

「結局あなただけ、せーのの部分で浮遊していましたよね? こういうのは足並みを揃えるものでは?」

 どうでもいいことで詰めているから、甘いとかたぶん嘘かも。



 園内に足を踏み入れたものの恐ろしく広い。広大な施設が過ぎる。

 試験会場はどこだ受付はどこだここはどこだと三人でわらわら顔を三つ縦に重ねて、案内板に齧り付く。


「試験の受付は恐らく……こちらですね」


 ギョーセーが足の踵を上げて爪先立ちしながら、案内板に指を這わせた。

 それじゃあ移動しようという空気が流れた瞬間、他人の声が刺してくる。どこに居ても視線を向けてしまうような、凛と響く低音。


「今更入園の試験か? 魔王が倒された途端に?」


 ははははっ、と高らかに笑うその音色はまるで無様を嘲るかの如く。いや如くでもないな。自明だ。阿呆でも容易に伝わる悪意のこもった笑い方。

 オレとギョーセーはすぐに睨め付ける。ジウは困ったような顔で、オレたちとその嫌な奴を交互に見比べていた。


「命の危機が無くなったからか? ああ、それじゃあ自分は弱虫ですという自己紹介になってしまうな。……分かった。魔王を倒した賞賛を自分たちも受けたくなったのだろう」


 くくく、と喉元を揺らす冷ややかさ。


 「そこまで言ったら可哀想ですよ〜」「本当のことかもしれませんから〜」なんて後ろからぞろぞろと舎弟もどきが出てくる。思ってもないことを言うと人間ってこんなに言葉が軽くなるんだな。


「ね、ねえっ。もう行こ!」


 慌てたジウがオレたちの服を引っ張って平和的解決を図ろうとする。


 その服が翻ることはない。


「言いたいことはそれだけですか?」

「ははは! ……まだ言うが?」

「いや言うな言うな。ジウが怖がってるじゃん」


 狼狽えているジウは後ろ手に隠してしまおう。

 とっておきは披露する相手を選ぶもの。


「ふん、ぞろぞろと恥ずかしげも無くご足労いただいて痛み入るな。せめて、出迎えくらいはしてやっているのさ」


 後ろで笑顔を引っ提げた面々が「そうですね〜!」「わざわざ!」「ありがたいな〜!」と合いの手を打っている。


 オレたちが何か変な演劇にでも巻き込まれたんじゃないかって不安になってくるよ。


「魔王が討たれて良かったじゃないか。安心して入園できるな。おめでとう。入れるかも分からないが」


 言いたいことをその場に積もらせて、返事も待たずに颯爽と通り過ぎようとするから、その無礼さに嫌な奴の腕を引っ捕える。


「なんだ?」


 尚も見下した、形の良い笑み。

 至近距離で目線を交わす。稀有なことにオレよりも上背がある。

 軽く後ろに流した薄い金色の髪の中には水色が混じっていた。服装は上等なものだろう。皺が見てとれない。薄暗い色の付いた丸いレンズの眼鏡で目元は秘されたまま。その双眸もにやにやと細まっているのかどうか。


「あなたが魔王を倒したわけではないでしょう? 何を偉そうにしているんですか」


 見た目子どもに真正面から言い返されると思っていなかったのかやや面食らっているみたいだけれど、オレと畳み掛ける。少しでも間を置くと言葉の攻撃を繰り返してきそうだから。


「お前に魔王は討てないね。お前たちだーれも、魔王を討てっこなかったよ」

「……なんだと?」

「よかったね。勇者にならなくて。……あ、なれなくて? おかげで今日まで生き延びた。命に感謝」


 ギョーセーもそこまで煽り散らかすつもりはなかったようで、「ちょっとコクー……」と小声で制止含有した名を呼んできた。


「貴様は何を言っているのか分かっているのか?」

「オレだってお前には負けないと思うな」


 僅かに時間を隔てて、再度嫌な奴がははははっと愉快さに一笑に付する。


「なんで笑ってんの?」

「笑いは強者の証だろう。敗者は笑うことさえ出来ない。敗者は悔しく顔を歪める姿こそお似合いだからな」


 くつくつと喉奥を震わせる様は憐れみさえ感じてくる。


「何も面白くもないくせに、笑う方が滑稽だよ」


 笑わずに投げた本音に、漸く嫌な奴の笑いが止む。

 なるほど、何も面白くないって自覚しているんだ。


「言いたいことがあるのは分かったけど。でも、楽しくもないのに笑わなくていいじゃん」


 そいつの傲慢に踏み付ける行為が止まって、ただただ口元を歪めている。後ろの囃し立てる声も、今は戸惑いが重なり合っていた。


「……何を、適当なことを」


 嫌な奴が腕を軽く引けば、掴んでいた手は簡単に振り払われる。

 深追いはしない。空いた手はその自重のまま落ちる。


「この楽園に入ることが出来たなら、勝負でも何でもしてやろう。強者がどちらか、貴様に分からせてやる」


 意識してか、最早意識外なのか、きっと笑おうとしているのだろう。それが口端に不恰好に滲んでいる。



 はじめての約束は、小指も結べぬ歪な形。


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