07...やりたくないしできないとしたら、それの何が悪いの?


「ジウのさぁ、浮遊の力。あれって人間……他にも使える人、結構いるの? オレ、始めて見たかも」


 一歩先でふわふわと低空飛行を続けていたジウが速度を落として横に並ぶ。身長差はあれど、それをものともしない。

 聖なる力を使っているのだろうけれど、上手に扱うものだ。単純に感心してしまう。


「まーったくいないみたいっ! 自分でもどうして浮いてるのかうまく説明できないし……」


 より丁寧に説明しようとしているのか、もごもごと口の中に言葉を詰まらせいる。

 オレだって魔力や聖なる力の使い方の説明なんで出来やしない。だからこれ以上を求めたりはしないものの、ジウはぱたぱたと手を動かして身振り手振りだ。伝わりそうにない気がしてきた。


「そもそも赤ちゃんの頃から浮いてたみたいなの。当たり前のように。だから周りの大人はたいへんだったみたいっ!」

「それはそうでしょう。制御をするのも難しそうですから」


 別に言葉に棘はないだろうが、ジウは先刻を想起してううっと身を縮ませている。


「あはは……。さっきのはね、大きな鳥に追いかけられちゃって……バランスを崩したというか……」

「あなたのためにも気をつけた方がいいですよ」

「ほんとーにね……。や、ほんとうにっ! せっかく勇気を出してここまで来たのに、怪我をして故郷に帰りますなんてしてらんないっ!」


 最初こそジウは半笑いに説明を付随させていた。

 ギョーセーは、抑揚なく淡々としている。しかしちくちくした嫌味というよりも存外珍しく親切心が感じられて。故にジウも素直な反省の弁に帰ってきた。

 故郷……どうやら自分たちと同様に、この街ではなく遠くの地からやってきたようだ。まあ飛んでいたら山や川の障害なんて気にならないだろうから、どこだってすぐに行けるのだろう。


 そんなただひとつの身軽さを持って、なぜこんな施設に巣作るのか。


「ジウはなんでこの楽園に入りたいの?」


 疑問はそのまままっすぐな質問として飛び出た。


「……この楽園って、魔族と戦うためにっていう名目もあるでしょ? 勇者様一行ってこの楽園から決められるみたいだしね」


 当然のように語られる。むしろそうなんだと言いたい心地。


「わたしは……魔族と戦うなんて、そんな勇気とても持てなくて。わたしの村なんて、魔族に襲われるのも時間の問題…… というか次の標的はわたしの村だったんじゃないかってくらい魔族と人類の境目、っていうところにあったのに……。戦うなんてむりで。こわくて。でも、魔王を倒し帰還する勇者様を見て、私も何かしてみようと思ったのっ! 今は魔族に襲われた街の復興とかしているみたいだから、そのお手伝いならできるっ!」


 ぎゅうと力いっぱいに拳を握っている。ハッピーエンドの向こう側を見る眼差しは眩い。長い戦いを経て、魔族が手に入れられなかったもの。


「きみたちは?」


 だから、一瞬惑った。一瞬だけ。


「おなじかんじ。そんなかんじ。復興のオテツダイとか」

「そっかぁ。……きみたちも、戦うの、こわい? 魔族の残党に、会うかもしれないし……」


 強い魔族こそ時間が経てど残っている。しかし現今のオレたちの目的を言えば理解してくれるはず。魔族は怖くないし、単純に戦いの怖さを語るとするなら。


「戦いは怖くないな」

「えっ、そうなんだ……。わたしも、できるかな。ううん、やらなくちゃっ! うおー!」

「なんで? 別に、戦わなくていいんじゃない? できないのに」


 自分を鼓舞していたジウは空振ったかの如き瞠目。

 ぱくぱくと唇が空気を叩いて、意味の成さない言葉ばかりが漏れ出る。


「だって、でも、でも……他のひとはするのに……」

「なら、できる人間に任せたらいいんじゃない。できないことを、やるって言って、できなかった方が困るじゃん」

「……そういうもの?」

「そういうものでしょ。やりたいならできるようになった方がいいけど、やりたくないしできないとしたら、それの何が悪いの?」


 身体能力、精神面、聖なる力の強さ、すべてがそれぞれ個体差がある。できないものをできないと言って何が悪いのか分からない。

 例え全員出来なかったとしても、誰にも罪はない。


「ふ、ふふ……すごく言い切っちゃうねっ!」


 ジウが含み笑いを掌の中に押さえ込もうとする。


「それでも、どうしてもやらなくちゃいけないと思える時がきたら……その時は覚悟決めるだけ。たったのそれだけ」

「覚悟……?」

「戦う覚悟じゃないよ。後悔しない覚悟。自分の取る選択に」


 戦っても、戦わなくても、逃げても、立ち向かっても、その結果ではなく、自分の選んだ道に後悔をしないこと。


「簡単に言うんだからぁ。でも、ありがとね。ずっと胸に引っ掛かってたから、ちょっと楽になったかもっ! ……ほんとうに。ほんとうにね。コクーのこと、ぎゅってしたくなっちゃうくらい」

「それはやめて」



 オレはオレの選んできた道に、後悔なんてしていない。


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