第三章
青松から柳原へ連絡があったのは赤坂で飲んでから2週間後の朝だった。前日、遅くまで本庁の資料室で過去の爆弾事件の資料を読み漁っており、ほぼ徹夜明けだった。
「おお、朝っぱらからどうした?」
「実は、収賄の件、こっちで少し動きがあってな。」
「動きがあったのか。」
「今日、会えないか?」
「電話では話しづらい内容ってことか。」
「ああ。」
「わかった。実は横浜の爆破事件の調べで午前中は神奈川県警に行かなくちゃいけないんだ。そうだ!島岡のとこだ!あいつ、今、神奈川県警の刑事やってんだ。」
「おお!島岡か!わかった。俺も一緒に行く。」
そうして、東京駅で柳原と青松は合流し、東海道線で横浜へ向かった。横浜駅でみなとみらい線に乗り換え、馬車道駅で降りた。そこから県警本部へ向かった。
「おお!青松!久々だなー!元気か!」
「島岡!老けたな!」
「うるせい!」
久々の再会で盛り上がったところで本題に入った。その前に青松が今朝、大阪地検から連絡があった奈良林の彼、大和新聞記者の行方不明の話をした。
「気になるな。」
柳原が一言発した。
「その記者は、この収賄の情報を既に掴んでいて調べてたわけだ。ということは、今、行方不明になっている金子大臣の秘書、近江とも接触していた可能性は高いな。」
そこで島岡が、更に気になる話をした。
「その記者、いくつだ?」
「俺らと同い年だ。その奈良林検事が、同い年だから意気投合したんだって言ってた。」
「つーことは、30代後半か。」
「何かあるのか?島岡。」
「みなとみらいの観覧車爆破事件で発見された関係ないゴンドラの件、青松は聞いたか?」
「いや、それは特に聞いてないが。」
島岡は、観覧車爆破事件で関係ないゴンドラが1つ見つかり、その近くから爆発の衝撃で亡くなったわけではない、身元不明の遺体が見つかったことを話した。
「なるほどな。刺し傷があったのか。」
「あれから科捜研にも依頼して、ゴンドラ自体の解析と、そのそばで見つかった遺体の詳しい司法解剖をしてもらっているんだが、遺体は30代後半ぐらいの男性まで絞られてきたんだ。で、ゴンドラなんだが、まず中についていた血痕とこの遺体のDNA鑑定をして、ほぼ100%一致する結果が出た。つまり、このゴンドラの中でこの遺体は殺害されたことがほぼ確定だ。そして、このゴンドラなんだが、劣化の具合などからどうやら30〜40年ほど近く前に使われなくなったものらしく、そのぐらいの時期に取り壊された観覧車が無いかを調べたところ、岡山にあった遊園地が1件ヒットしたんだ。」
「岡山。関西か。」
「そうなんだ。ただし、取り壊された際、ゴンドラも全てスクラップされたそうだから、1個だけ残ってるだなんて可能性があるのかはまだわからない。だけど、関西方面ってのが気になってな。」
柳原がその話に続いた。
「あくまで仮定だが、その岡山の遊園地で使われなくなった観覧車のゴンドラが、何らかの形で1個だけ残っていて、それが関西方面のどこかの場所に保管されていた。そして、その場所でたまたま30代男性が殺害され、ゴンドラごと、みなとみらいまで運ばれた。そして、観覧車爆破事件を起こし、そのどさくさに紛れ込ませて遺体と共にゴンドラを放置した...。」
「うん、かなり良い線な気がするな。更に仮定だが、その遺体は、大和新聞の記者で、殺害したのは金子大臣の秘書の近江ということにすると...。」
「ヤナちゃん、青松、憶測で突っ走っちゃダメだぞ。まだ仮の話だからな。しかし、でも、確かにすごく本質に迫っている気がするな。」
「だろ。なんとなくピースがハマってきているそんな感じがするんだよな。」
3人は、ホワイトボードにその仮定の話を書き出した。
「これが本当だとしたら、かなりヤバい事件だってことは確かだな。」
「しかし、全ては俺らの憶測だ。これを元に捜査をして間違っていた時は大変なことになる。」
島岡が言った。柳原も青松も同じ気持ちだった。これは推理であって、あくまでも憶測なのだ。
「なあ、青松。この大和新聞の記者、例えば髪の毛とか手に入んないかな。遺体が爆発の影響で焼けてしまっているとはいえ、DNA鑑定は可能だ。」
「そうか。確かに。俺、大阪行ってくるよ。彼女ならこの記者の自宅に入れるだろうから、髪の毛採取は出来るだろう。」
「よし、じゃあ、俺も一緒に行こう。これは神奈川県警の事件でもあるからな。身元がわかるのであれば事件解決に一歩前進だ。」
柳原は東京に残り、この推理に沿って、一度捜査を進めてみることにした。そして、青松と島岡は、大阪へ向かった。その道中、青松は奈良林に連絡した。声を聞く限りかなり憔悴していたが、神奈川県警からあった連絡で、もしかしたら居所がわかるかもしれないという嘘の理由で、この記者の自宅を見せて欲しいとお願いした。奈良林は案内すると言い、新大阪駅で待っていてくれた。
「仁美!大丈夫か?」
「うん。ありがとう。なんとかね。手がかりが全くないから困ってたのよ。」
「まだはっきりとはわからないが、神奈川県警の情報に頼ってみようと思ってな。」
「詳細は教えてくれないのね。」
「まだ、はっきりとしたエビデンスがないので。まずは、東水さんのご自宅を見せていただきたいんです。ご自宅から何か繋がるものが見つかるかもしれないので。」
島岡が話したところで紹介した。
「こちら、神奈川県警捜査一課の島岡さんだ。俺の中学時代の同級生なんだ。」
「はじめまして。大阪地検の奈良林です。」
「奈良林仁美検事、俺の司法修正時代の同期だ。」
3人は、奈良林の車で、東水記者の自宅がある箕面市へ向かった。新御堂筋をまっすぐ進んだ。道中、左側には新しい鉄道が出来ているのが見えた。
「もうすぐ、地下鉄御堂筋線から繋がる北大阪急行が箕面まで延伸するの。」
「そうなんだ。」
そして、東水記者の自宅へと到着した。5階建てのマンションだった。ワンフロアに5部屋ほどが並び、東水記者の部屋はその4階にあった。奈良林は、手慣れた手つきで鍵を開け、中に招き入れた。
「付き合いたての頃はよく来てたから。」
「そうか。最近は?」
「忙しくて全く来てなかったわ。」
部屋は整理整頓され、男の部屋にしては綺麗な部屋だった。新聞記者ということもあり、調べた資料を綺麗にファイリングして本棚に置いてあった。青松と島岡は、その中から、例の事件のファイルを見つけた。
〝金子議員収賄疑惑〟
タイトルが書かれたファイルには、100枚以上の紙がファイリングされており、新聞や週刊誌の切り抜き、そして、まだ検察も見つけていない疑惑の金額が記載された収支決算報告書があった。奈良林は、部屋にあったデスクトップのパソコンを立ち上げ、データを調べていた。
島岡はその間に、洗面所へ行き、残っていた髪の毛を採取した。本来の目的を達成したが、まだ他にもこの部屋には事件の証拠がある気がして、青松は徹底的に調べることにした。
戸棚の中から、賄賂を渡したとされる大阪の建設会社「花見難波建設」の社長と金子大臣が一緒に写った写真を発見した。ゴルフコンペのもので、写真の裏には2021年5月となっていた。賄賂が渡ったのが2022年頃とされるので、その前に既にこの2人は繋がっていたことになる。
その後も、捜索をして、ファイル等は写真に記録させてもらい、元の場所へと戻した。
「奈良林さん、今日、ここで見つけた物に関してはあくまでもご本人を探すための参考として取り扱い、収賄事件の方への証拠品としては取り扱いません。よな?青松。」
「ああ。その時が来たら、きちんとした段階を踏んで改めてお願いしにくるよ。東水さんに。」
「ありがとう。まずは、彼が見つかることを願ってる。」
青松と島岡は、奈良林が新大阪まで送ってくれる申し出を断り、東水記者の自宅前で別れた。そして、新御堂筋の方面へ歩き出した。
「島岡、髪の毛、採取できたか?」
「ああ。これをDNA鑑定に回すよ。」
「悪い結果にならなければ良いがな。」
2人は、その後、東京へ戻った。その結果を青松が聞いたのは2日後のことだった。柳原が地検までやってきた。青松は自分の検事室へ案内した。
「結果が出たんだな。」
「今朝、島岡から連絡があってな。間違いなくみなとみらいで見つかったあの身元不明の遺体は、東水記者だそうだ。」
「そうか。殺されていたのか。奈良林にとっては可哀想な結果になってしまったが、これでこの事件、大きく動き出しそうだな。」
「ああ。これで大きく動き出す。警視庁と神奈川県警の合同捜査が正式に決まったよ。」
みなとみらいの爆破事件、そして、その中で見つかった別の殺人事件の遺体。それは、現職大臣の収賄事件に繋がることになった。柳原は、この2つの大きな事件が実は繋がっているのではないかと思い始めていた。
一方、青松は、この件を伝えるため、再び大阪へ向かっていた。大阪地検に着いたのは、夕方だった。奈良林の上司である兼平検事部長と奈良林の2人と対面し、警視庁と神奈川県警からあった報告について話した。東水記者の自宅を訪れた本当の目的が、髪の毛の採取だったことも明かし謝罪した。奈良林は、その場で泣き崩れた。その姿をただ黙って見つめるしかなかった。
外に出るとすっかり暗くなっていた。青松はなんとなく、帰る気がなくなり、スマホで今夜泊まれる宿を探した。新大阪駅近くのビジネスホテルが予約出来た。泊まるところが出来たことで、ホッとして、青松はぶらぶらと大阪の街を歩いた。その道中、電話がかかってきた。柳原からだった。
「青松、大変だ。金子大臣の秘書の近江が遺体で見つかったぞ。横浜の山下埠頭にある倉庫で首吊って死んでたらしい。」
「なに?!自殺か。」
「島岡が今、動いてくれているが、自殺らしい。が、本当に自殺なのかはもう少し調べてみないとわからないそうだ。」
「そうか。また進捗あったら教えてくれ。」
金子大臣秘書の近江が自殺した。これで、この収賄事件に関わる2人が消えたことになる。1億円の賄賂。それが金子大臣の懐に入り、それがまたどこかへと還流する。それが、自身の体裁を保つために使われる金ならば、なおさら罰しなければならない。これをこのままにしておくわけにはいかない。2人もの被害者が出ている自体は只事ではない。
青松は綿貫特捜部長へ連絡した。そして、亡くなった東水記者の自宅の家宅捜索令状をすぐに手配して欲しいとお願いした。彼の調べてきた意思を自分が引き継ぐ。必ず、この闇を解明して、金の流れを明らかにしてみせる。そう決めた。
その頃、柳原は、横浜に来ていた。島岡と合流し、近江の遺体が見つかった山下埠頭の現場へ向かっていた。
「ヤナちゃん、この倉庫なんだけど、管理しているのは菊井建設傘下の菊井物流だそうだ。」
「ここにもまた菊井が関わってるのか。」
「そうなんだ。なんか、色々絡まってきたな。」
「偶然とは思えないよな。」
倉庫は現在は使われておらず、天井にある鉄の梁にロープを通し首を吊っていたとのことだった。
「あそこにロープを?」
「そうだ。」
「高くないか?自殺するのにあんな高い梁にわざわざ登って、ロープ通してそっから自分で落ちて吊るんだろ?そんな辛い死に方、選ぶかね?」
「そうなんだよ。こんな手間のかかる方法使わないよな?」
「首吊るなら、その辺のドアノブにでもロープ引っかけてだって死ねるからね。」
「そうなんだよ。ヤナちゃん、そこなんだ。しかも、あの梁には、埃がすごかったんだけど、その埃のおかげで、被害者以外の靴の跡が見つかったよ。まだ真新しいね。」
「そうか。いよいよ、これが自殺に見せかけた他殺ってことがわかってきたわけだ。」
「おそらくな。」
柳原はその梁をもう一度見上げた。近江はどんな気持ちだったのだろうか。他殺だとしたら、釣られる直前まで生きていたとして、相当な恐怖だったはずだ。こんなことが平気で出来るのはヤクザか、プロの殺し屋みたいなもんか。プロの殺し屋...まさか。
「おい、島岡。大和新聞の記者と、近江の殺害、この一連の事件、金子大臣の収賄の裏で、みなとみらいの爆破が繋がっていたとして、犯行の実行をしたのが〝銀の羽〟だったとしたら?」
「え?確かに、みなとみらいの爆破は、銀の羽の犯行ってことが犯行声明でわかっているけど、この一連の事件に全て粟生野が筆頭に、銀の羽が関わってるっていうのか?」
「この近江殺害の一件だって、素人の犯行ではない。確かに靴跡はたまたまかもしれないが、それ以外に証拠になるようなものが一つも残ってない。こんなことが出来るのはプロの集団だ。殺しに慣れた奴らと言えば、暴力団かプロの殺し屋だ。」
「だとしたら、捜査は更に困難になってくるな。」
暴力団や殺し屋関連の場合、その素性が明らかにならない限り、不明なことが多い。そのため、捜査が難航することは当たり前、更に迷宮入りすることもしばしばである。俗に言う未解決事件と呼ばれる事件の大半は、こうしたことが絡んでいることが多い。
現場の捜索を終え、柳原と島岡は県警本部へ戻った。島岡がコーヒーを淹れてくれた。
「淹れたといっても、コーヒーメーカーのものだけどな。」
「ありがたいよ。」
柳原はコーヒーを飲み、話し始めた。
「島岡、そもそも、この事件、発端は何なんだろうな。」
「みなとみらいの爆破が発端ではないことは確かだな。」
「事の発端はもっと前に起き始めていたわけだな。そういえば、秘書の近江はいくつだったんだ?」
「68歳だ。」
「68歳か。近江を調べてみるか。」
時計の針は既に23:00を回っていた。
「おっと、もうこんな時間か。そろそろ帰るよ。」
「本当だ。なんだか長い1日だったな。」
「本当にな。俺は明日から秘書の近江について探ってみようと思う。」
「わかった。県警の方でも進展あったらすぐに知らせるよ。」
柳原は、県警本部から歩いて桜木町駅へ向かった。ギリギリ、東京方面の最終電車に間に合った。さすがにこの時間、横浜方面から東京方面へ向かう人は少なく、車内はとても空いている。柳原は、そんな車内で、ぼーっと窓の外をみていた。事件が繋がるようで繋がらない。そんなもどかしさを感じていた。ピースが足りないジグソーパズルをずっとやり続けている感覚だった。何かが足りない。調べが足りない。この事件に関わっている人物をもっと深く調べてみなければ。柳原はそう考えているといてもたってもいられなくなり、東京に着き、自宅ではなく、警視庁へ戻った。そのまま資料室へ直行し、まずは、秘書の近江に関して徹底的に調べる事にした。
近江一幸(おうみ かずゆき)
昭和31年(1956年)兵庫県西宮市出身。京都大学法学部卒業。大学在学中に大阪で行われた学生政治イベントで金子健二郎議員と出会う。卒業後、大阪にある商社へ就職する。35歳の時に当時、郵政大臣をしていた金子議員から誘われ、私設秘書となる。1995年の岡島内閣の時に建設大臣に就任した金子議員の公設秘書となり建設大臣政務秘書官になる。その後も、金子健二郎議員と共に歩み、2003年、持病の悪化で議員辞職することになった健二郎氏の後任として、当時地元、西宮市議会議員をしていた次女の梓弓氏が出馬し当選。そのまま、梓弓氏の公設秘書(第一秘書)となりサポートをする。妻、1女1男。子供は長女が大手商社に、長男は地元の県庁勤務である。
柳原がここまで調べ上げた時には既に東の空が明るくなり始めていた。大きく屈伸をして買った時は温かったが既に冷たくなった缶コーヒーの残りを全て飲んだ。
「近江は、金子大臣の父親の代からずっと秘書をしてきたわけだ。金子健二郎。こいつを今度は徹底的に調べてみるか。」
さすがに眠気が頂点に達していた柳原は、仮眠室へ行き、布団に入った瞬間、そのまま深い眠りについた。
翌日、仮眠していた柳原は、電話の音で起きた。朝8:00だった。まだ寝てから2時間ぐらいしか経っていなかった。
「はい。」
「柳原。朝からすまん。」
電話の相手は青松だった。
「どうした、こんな朝から。」
「早朝に永田町の情報筋から連絡があって、どうやら今日、金子大臣が辞任するらしい。」
「なに?!辞任?!」
「ああ。国交大臣辞任だ。」
「どういうことだ。理由は?」
「一身上の都合とするらしいが、どうやら、収賄の捜査が進んでいる件が永田町にも漏れていて、総理の耳にも入ったようだ。それで、半ば更迭に近い形で辞任を促したみたいだぞ。」
「なるほどな。成沢総理は金子の首を切ったわけか。」
「うちは、これで逮捕しない理由はなくなったから、一気に捜査を進展させて立件する。」
「現職大臣よりも現職議員逮捕の方が政府としては被害が少ないわけか。」
「そういうことだな。」
「逮捕は出来そうなのか?」
「あの東水記者の自宅を今度は令状を取って、徹底的に調べさせてもらったんだ。彼はかなりすごい記者だったよ。検察でもまだ見つけ出せていなかった収賄の流れを記したメモとその証拠資料が出てきたんだ。きっと、彼はそれを元に、スクープするつもりだったんだろうな。残念ながら大和新聞としてのスクープはなくなっちまったが、検察が彼の意思と共に、それを引き継いだ。もちろん、大和新聞にもきちんと説明したよ。逮捕の時はいの一番に連絡することを約束してな。」
「わかった。俺は、秘書の近江の素性を調べ上げたよ。彼は金子大臣の父、健二郎氏の時代からずっと秘書を務めてきていて、金子家とは切っても切れない存在だったみたいだ。」
「そうか。とすると、その健二郎氏のことをもっと深く調べれば、近江の殺害の原因もわかってくるってわけか。」
「そうだ。とにかく、金子大臣も大事なピースだ。逮捕の時は必ず連絡くれ。」
「もちろんだ。ここ2、3日中に事は動くはずだ。」
「わかった。」
柳原は、電話を切った。そうして、再び眠りについた。次に起きた時、時計は10:00を回っていた。洗面所へ行き、顔を洗い、無精髭を剃り、公安二課の部屋へ向かった。内田と飯田が既に席にいた。
「柳原さん、おはようございます。」
「おう。」
「徹夜だったみたいですね。」
「調べ物してたら朝になってたわ。」
すると、二課長の日垣が急足で部屋に入ってきた。
「おい、テレビつけろ。」
飯田がテレビをつけた。すると、速報ニュースで、金子国交大臣辞任を報じていた。
「こりゃ、地検特捜部がそろそろ動き出すかな。」
「日垣課長、よろしいですか?」
柳原は、内田と飯田も連れて、日垣と共にミーティングルームへ入った。
「今朝、地検特捜部の青松から情報提供があって、金子大臣の辞任は知らされてました。2、3日以内に収賄の容疑で逮捕するということです。」
「そうか。現職大臣より、現職議員逮捕の方がまだ政府的には傷が浅いってことか。」
「みなとみらいの爆破、それに伴う、大和新聞記者の殺害、金子大臣秘書の近江の自殺...いや、殺害もこれには関連してくるものと思っています。」
柳原は、今日まで調べてきた内容と、島岡や青松と共に推理した話を細かく話した。
「なるほどな。全ての事件は繋がっているというわけか。」
「テロリスト集団の銀の羽がここにどう関わっているのかはまだわからない部分もありますが、とにかく大きなピースは金子大臣であることは間違えないです。」
「わかった。地検特捜部には俺からも連絡しておく。来るべき時には警視庁も取り調べが出来るように取り計らってもらおう。」
「自分は引き続き、この金子大臣の父、健二郎氏についてもう少し調べてみようと思います。」
「わかった。引き続き、頼む。」
柳原は内田、飯田と共に部屋を出た。そして、内田と飯田に、秘書の近江の身辺の聞き込みをお願いした。そして、柳原は、再び大阪へ向かうことにした。金子家の地元を調べてみることにした。
柳原が新大阪駅に着くと雨が降り出した。まだ傘はいらないぐらいだが、夜にかけて本格的に降り出す予報がスマホに出ていた。
地下鉄御堂筋線に乗り換え、金子大臣の地元、大阪20区の地域へと向かった。駅に着き、地下から地上に出ると雨は土砂降りに変わっていた。柳原は、すぐ隣にあったコンビニでビニール傘を買った。
地元の後援会事務所前に来るとちらほらと記者らしき人物が見える。しかし、事務所は真っ暗で、誰もいないようだった。大臣は辞任したが、議員辞職をしているわけではないため、対応するほどではないのかもしれない。そのあと、地元である街を歩きながら、何かヒントになるようなことを探したが特に見当たらないまま、時刻は夕方になっていた。雨はさらに強くなってきた。肌寒くもなってきて、朝から何も食べていなかったことに気付き、近くにあった居酒屋に吸い込まれるように入った。個人経営らしく座席数も4人掛けのテーブル席が3つとカウンター席が10席程度のこじんまりとした店だった。お店の大将と、女性スタッフはどうやら女将さんのようだった。カウンター席に座り、とりあえず、ビールが飲みたくて、メニューを見ると瓶ビールを注文した。
「お客さん、東京からでっか?」
「え、ええ。なぜわかったんですか?」
「大体、関東の方は瓶ビールくださいゆうて、注文しはるんです。大阪の人は“ダイ瓶“言いはりますから。」
「そっか。言い方が違うんですね。」
「ええ。すんません。つい、気になってしまいましてね。」
「いえいえ、なかなか面白いです。」
そんな会話をカウンター越しで大将としていると、女将さんが“ダイ瓶“を持ってきてくれた。ギンギンに冷えていた。コップに注ぎ、一気に飲み干す。今日は朝イチに青松からの連絡で金子大臣辞任を知らされ、そこからずっと今までの事件を振り返りながらここまで来たため、ご飯も食べず、飲み物も飲まずだった。改めてメニューを見て、柳原は玉子焼き、刺身の盛り合わせ、鶏ももの胡椒焼きに、きゅうりの漬物と、1人では少し多い感じのメニューを注文した。その間に、1本目を飲み干してしまい“ダイ瓶“の2本目を注文した。何気なく店内を見回していると、常連客のボトルが置いてある棚が見えた。ボトルの側面に苗字が白いペンで書かれているのだが、そこに知っている名前を発見した。
〝近江様 2023/12〟
と書かれていたのだった。まさかとは思ったが、金子議員の地元であり、後援会事務所からも近い場所にあるこのお店なら、この〝近江〟という名前はおそらく秘書の近江で間違えないだろう。柳原は、大将か、女将さんから何か話を聞けないかと考え、とにかくビールと注文したつまみを食べ進めた。鶏ももの胡椒焼きが特に美味しく、柳原は、大将にさりげなく伝えた。
「大将、これ美味しいです。」
「おお、ほんまですか!ありがとございます!」
「白飯が食べたくなっちゃいますね。」
「よろしければ、用意しますよ。そういえば、前に同じことを仰ってくれたお客さんがいましたわ。その人も東京から来た方で、それから常連になってくれはったんです。この鶏もも食べにね。」
「そうなんですか。わざわざ東京から来てくださるぐらい気に入ってしまったんですね。」
「まあ、その人、定期的にこちらへ仕事で来ることがあった方なので、こっち来る際はいつも寄ってくださってました。」
「そうなんですね。くださってましたってことは、今は?」
「ああ、それが...先日、亡くなりはって。自殺やったそうです。」
「そうですか。それは何と言えば良いか...。」
柳原は、この大将が話している人物は確実に秘書の近江であることに確信をもった。
「大将、もしかして、その方って、近江さんですか?」
「...あれ、お客さん、もしかして記者の方?」
「いえいえ、実は私、東京で議員秘書してまして、近江さんは先輩秘書だったのでよくお世話になって。今日はたまたま、この近くでうちの先生の視察があって、そういえば近江さんがついていた金子先生の地元だなって思って、昔聞いたこのお店に寄らせてもらったんです。」
我ながら、思いつきにしてはうまい嘘がすらすらと言えたもんだと感心した。
「そうでっか!つい、記者さんかと思って警戒してしまいましたわ。いや、実はねここだけの話、金子先生の後援会長もここよく来てくれはるんですが、記者がもし来た時には絶対に余計なこと喋るなって言われてたんです。口止めですわ。」
「余計なこと?」
柳原が聞くと、大将は小声で、
「ええ、だって、近江さん自殺しはったのって金子先生の裏金のせいやろ?」
「ああ。大将も知ってるんですね。例の件。」
あえてカマをかけてみる。
「そらそうですわ。この辺じゃもっぱら有名な話でっせ。」
「そうなんですね。」
「せやから、国交大臣になった時もそう長くはないやろなぁって、ここに近江さん来はった時も言ってはったんですわ。あ、これはオフレコでっせ。」
「ええ。もちろん。ちなみに、近江さんはいつも1人で来てたんですか?」
「1人の時もあったり、たまに、連れの方も一緒の時がありましたね。」
「連れの方?」
「ええ、奥さんやと思ってたんですけど、よくよく話聞いたら違いましてね。先生が関係している会社の方って紹介してはりましたけど、あれは多分コレですわ。」
「ってことは、女性だったんですね。」
「そうです。別嬪さんでしたわ。」
「もしかしたら、僕の知ってる人かなぁ。近江さんに僕も一度、紹介してもらった方がいたんですよ。」
もう一度、カマをかけてみる。
「あ、そうや。一度、写真撮ったことありましたわ。ミサ!スマホ持ってきてくれへん?」
大将は、女将さんにスマホを頼んで、女将さんが持ってきてくれた。大将は、それを少しいじり、写真を見せてくれた。
「ちょうど、地元のお祭りがあった日で、常連さんが多く来てはったんでみんなで撮ったんです。最初、近江さんたちは嫌がったんですが、地元の人たちに強引に入れられてね。懐かしいですわ。ここに近江さんがいて、その隣の女性がその人です。お客さんの知ってる人と一緒ですか?」
柳原は、その写真を見て驚愕してしまっていた。常連客が20人ほどいる中、一番後ろの列の右側に近江が写っている。そして、その隣にいる女性、その人物は柳原も知っている人物だった。一度だけだが、会ったことがあるが、確かに綺麗な方で、印象的で忘れてはいない人物。
「大将、この人です。僕も紹介してもらった人です。綺麗な方だったのでよく覚えてます。」
「そうですか。やっぱりねぇ。いやー、ほんま綺麗な方でっせ。あ、あまり言い過ぎると、うちのがやきもち焼くんで、これぐらいで。へへへ。」
「大将、この写真、もらえませんか?近江先輩の思い出として、僕も持っておきたいんです。」
「ええ!もちろん。ブルートゥースで渡して良いですか?」
「はい。ありがとうございます。」
思わぬ収穫だった。しかし、かなり大きな収穫である。まさか、この人物が近江と繋がっていたとは。予想外の人物の登場に、柳原は酔いもすっかり醒めてしまっていた。それからしばらく、大将とも会話をしたが、ほとんど頭に入ってこず、少し混んできたところでお会計をして店を出た。そして、駅前のアーケード商店街を歩きながら、大将からもらった写真を改めて見た。間違いない。この顔は、間違いない。
「まさか...この人が。」
その女性は、柳原が、みなとみらいの観覧車爆破事件に巻き込まれる直前まで島岡に連れられて飲みに行った横浜元町にあるおでん屋の店主、片岡美奈だった。
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