第四章

金子大臣の地元、大阪20区の街で、大きな情報を掴んだ柳原は、翌朝、朝イチの新幹線で東京へ戻った。そして、警視庁へ一度戻り、日垣課長へ報告をした。そして、そのまま、神奈川県警へ出向いた。島岡が入り口で出迎えてくれた。2人は、近くにある小さな喫茶店に入った。2人ともアイスコーヒーを注文した。


「大阪出張、お疲れ。それで、大きな情報ってなんだ?」

「島岡、お前は多分、これを見たらびっくりするはずだ。」


柳原はスマホを取り出し、例の写真を島岡に見せた。

島岡は、近江を見つけた後にハッとした表情になり、それからしばらく黙り込んだ。


「ヤナちゃん、これは...」

「たまたま入った金子大臣の地元の居酒屋の大将が撮影した写真だ。これ以前にも何度か2人で来ていたそうで、地元の人間からは、近江の愛人だと思われていたらしい。」

「いや、なんでまた、片岡の女将さんが...。信じられないよ。」

「俺だって、あまりにも驚いたさ。こんなことがあるのかと。」

「うん、なんて言って良いのか。」

「とにかく、片岡美奈について、徹底的に調べてみる。近江との関係も含めてだ。良いな?島岡?」

「あ、ああ。そうだな。うん、調べよう。徹底的に。」

「ああ。とにかく事件を解決するために。」


そして、柳原は、近江との関係性を中心に探り、島岡は地元、横浜からの素性を調べることにした。そして、島岡の命令で、神奈川県警の刑事が持ち回りで、片岡の監視も行うことにした。


柳原は、近江の秘書の同僚からの聞き込みなどを実施した。何人かやはり、片岡を知っている人物が現れた。そして、その中で、外務大臣政務官の久野洸平議員の秘書をしている泉川という女性秘書が片岡美奈についての有力な情報を教えてくれた。


「近江さんの愛人?いやいや、全然、そんな関係性じゃないわよ。」

「そうなんですか?」

「この女性は、あの有名なブリーズホテルを運営しているワールドブリーズグループ日本支社長だった片岡さんよ。」

「ブリーズホテルの日本支社長だったんですか。」


柳原は内心、かなり驚いていた。ここで、まさかのワールドブリーズグループが繋がってくるとは。確か、そのワールドブリーズグループの顧問弁護士をしているのは徳島友之だ。彼もまた中学時代の同級生グループの一員だった。島岡があたってみると言っていたがそれっきり、進展は聞いていなかった。これは、島岡ともう一度、会ってみないといけないと思い、柳原は島岡に連絡をした。


その頃、島岡は、横浜で聞き込みを進めていくうちに、柳原と同様、片岡美奈がワールドブリーズグループ日本支社長だったことを掴んでいた。顧問弁護士は徳島だったことを思い出したが、徳島とは全然連絡が取れていなかった。そんなタイミングで、柳原から電話がかかってきた。


「島岡、色々わかってきたことがあるんだ。一度、相談したい。」

「ああ。おそらく、ヤナちゃんと同じ事実を掴んだ。」

「なら話は早いな。」

「ヤナちゃん、どうだ?元町に行ってみないか?」

「本丸につっこむってか?!正気か?」

「ああ、ここは本人に確認してみるのが一番だと思ってな。」

「うーん、そうだな。よし、行ってみるか。」


夕方に柳原と島岡は、JR石川町駅で待ち合わせをした。合流して元町にある「おでん屋片岡」へ向かった。その道中、島岡が柳原に話し始めた。


「片岡美奈は、2016年にワールドブリーズグループ日本支社長に就任したが、例のみなとみらい地区にあった国有地へ入札の件で、菊井建設との訴訟を推進した。が、しかし、それが社内でも結構混乱があったみたいなんだ。特に、所管省庁だった財務省が、急遽取り下げた時点で、ワールドブリーズグループの損失は5億円にものぼっていた。また、当時、日本第一ホテルグループを買収したばかりで、その旧経営陣からも、この社内混乱に対する批判があがり、そうした混乱の責任を取って半ば強制的に退任させられたそうだ。」

「なるほどな。ってことは、ワールドブリーズグループにかなりの恨みを持っている可能性はあるわけだな。」

「ああ。まさか、片岡さんがなぁ。」

「島岡、お前まさかと思うが、恋してたわけじゃないよな?」

「馬鹿野郎、そんなわけないだろ。浮気になっちまう。ただ、美人だったから惚れてたことは確かだ。でもそんなの男なら普通あるだろ。」

「ま、惚れたとしても手を出してないなら浮気にはならないな。奥さんがどう思うかは別として。」

「なんもねーよ!」

「ムキになるところが怪しいな。」

「馬鹿野郎!」


そんな話をしていると店に到着した。看板には明かりがついており、営業中の札が出ていた。島岡が扉を開けると、お客はまだ誰もいなかった。


「いらっしゃい。あら、島岡さん!それと、先日いらしていただいた...」

「ども、柳原です。」

「そうそう、確か、島岡さんの中学の同級生でしたね。」

「覚えていただいていて、光栄です。」


2人はカウンターの一番奥に腰掛けた。そして、生ビールを注文した。

早速、乾杯して店の名物である〝おでん〟もいくつか注文し、それを食べながらしばらく時間を過ごした。お客はまだ誰もいないタイミングで、島岡が話を振り出した。


「片岡さん、実は今日はお酒を楽しみに来たわけではないんです。」

「え?どういうこと?」

「あなたにお話があって来ました。」

「あら。なにかしら?」


柳原が、警察手帳を取り出した。そして、片岡に見せた。


「僕ら、こういう者です。」

「警察...の方なの?」

「私は警視庁の柳原、島岡は、神奈川県警捜査一課の刑事です。」


島岡も警察手帳を見せた。


「今まではただの常連客でしたが、今日はあなたにある事件のことでお話を伺いたく、やってきた次第です。」

「そう。刑事さんだったの。島岡さん。なんとなく、普通のサラリーマンではない気がしていたけど...刑事さんだったの。」

「すいません。隠すつもりはなかったのですが、今まで特に身分を話すタイミングもなかったので。今日、片岡さんにお聞きしたいのは、近江一幸さんについてです。」

「片岡さん、ご存知ですよね?」

「ここに聞きに来ているということは調べはついているのね。もちろん、知っているわ。近江さん。金子国土交通大臣の秘書さん。今は、前国交大臣ね。」

「そうです。その近江さんとの関係を聞きに来ました。」

「話が長くなりそうね。ちょっと待ってて。お店、閉めてくるから。」


片岡は、外に出て提灯と看板の明かりを消した。暖簾も仕舞い、閉店の札を出す。シャッターも少し下げてきたようだった。


「これで他のお客さんは来ないわ。ゆっくり話しましょうか。ね?私も飲みながらで良いかしら?」

「もちろん。僕がご馳走します。」

「じゃあ、お言葉に甘えて。」


島岡の言葉で、片岡は日本酒を入れてきた。島岡と柳原も一緒にいただくことにした。


「近江さんと初めて会ったのは、今から25年前。世紀末を間近に控えた1999年。梓弓ちゃんのお父様、金子健二郎先生が時の羽鳥内閣で官房長官に就任した時だったわ。私は当時、今の内閣府の前身となる総理府で男女共同参画社会担当として働いていたの。その際、金子先生が官房長官に就任と共に男女共同参画社会担当も兼務されることになり、私が筆頭担当として先生の補佐役をすることになった。先生の窓口として担当されていたのが、第一秘書だった近江さんだった。近江さんはまだ若かった私に、議員先生との関わり方やわかりやすい書類作成の作り方、答弁書など、ありとあらゆることを教えてくれたわ。官僚だけの仕事だったら学べないような多くのことを教わった。本当に感謝しているの。」


島岡と柳原は日本酒を少しずつ飲みながら静かに聞いていた。


「事態が変わったのは2000年の秋。週刊誌で金子官房長官に機密費流用疑惑が取り上げられたこと。金子先生は当初、否定していたの。自分はそんなことは絶対にしていないと。私もその言葉を信じていた。その時は。しかし、そうじゃなかった。ある夜、近江さんに呼び出されて、晴海埠頭のフェリーターミナル沿いに停めた車の中で事実を聞かされた。」

「機密費流用はあったんですね。」

「そう。機密費を流用していると。環流させたのは自分で、総額は20億円。既に7億円はばら撒き費用で使用しており、13億円はまだ手元にあると。」

「13億円はまだ残っていたんですね。」

「そう。そして、その13億円を隠す手伝いをして欲しいとお願いされたの。私は驚いて、最初は拒否したわ。でも、金子先生にはお世話になっていたし、その頃、官僚という仕事にも辟易してきていて、転職を考えていたの。もちろん、手伝いをしてくれればそれなりの報酬をきちんと支払うという約束もしてくれて、私はその話にのることにしたわ。」


片岡は、そう話すと、おちょこで日本酒を一気に飲んだ。柳原が日本酒の瓶を開けてそこに注いだ。


「私はその年の12月に総理府を退職した。どちらにしても1ヶ月後には、省庁再編で、内閣府となり総理府は消滅してしまったんだけどね。私は近江さんと共に、現金で用意した13億円を防水加工した鉄製の箱に分けて入れて、郵政省が管理していたみなとみらいの空き地へ持って行ったの。」

「みなとみらいの空き地...そこってまさか...」

「そう。それが、国立AI知能研究センター建設予定地のあの場所よ。」

「あの土地に埋めたんですね。」

「絶対に知られてはいけないお金を眠らせたの。そして、その日から、その土地の番人に私はなった。金子先生の秘書として、採用してもらい、近江さんと共に常に土地の監視をしていた。省庁再編で、郵政省は、総務省と郵政事業庁になり、あのみなとみらいの土地は、財務省関東理財局の管理に移ってしまった。けど、なんとか守るべく、金子先生と共に、絶対に民間の手に渡らないように圧力をかけてきていたの。そんな中、金子先生が体調を崩され、議員辞職することになり、当時、兵庫・西宮市議会議員をしていた娘、25歳の梓弓ちゃんが立候補することになった。金子先生からも応援するように頼まれて、近江さんと私は、梓弓ちゃんを当選させるために動き回った。無事に当選して、私たちは今度は梓弓ちゃんの秘書として、活動するようになった。病床からも金子先生はあの土地だけは守れと財務省などにも圧力をかけ続け、代々守られてきた。」

「しかし、転機が訪れたわけですね。」

「そう。2009年に政権交代が起きてしまった。長年、与党だったのに、突然野党に変わり、力はほぼなくなったとも言える。そして、代々守られてきたそんな通説も通用せず、事業仕分けなんていう蛮行が行われ、その一環であの土地も民間へ払い下げられることになってしまった。」

「なるほど。」

「そして、その土地を取得したのが、日本第一ホテルグループだったの。」

「え?ワールドブリーズグループじゃないんですか?」

「それは、もう少し先の話よ。おそらく、この期間の話は表には出ていないから知らなくて当然ね。最初に民間であの土地を取得したのは、日本第一ホテルグループだった。私たちは焦ったわ。あの土地にホテルが建設されてしまう。もちろん、そうとなれば、土は掘り返されてあのお金が出てきてしまう。13億円もの大金が国有地から見つかったなんてなれば、確実に政治絡みの黒いお金だと世間は騒ぎ立てるに違いない。だからこそ、早急に回収する必要があった。」

「回収したんですか。」

「ええ。したわ。その時に。近江さんと私で、回収したの。」

「回収後、その13億円は金子家が所有する大阪南港の倉庫に運んでそのまま、一時保管した。しかし、税務署の定期調査もあるから長くは保管できない。そこで…。」


片岡はそう話すと、突然黙ってしまった。島岡と柳原が片岡を見ると、入り口にいつの間にか、1人の男が立っていた。


「片岡さん、その話はそこまでです。それ以上明かすと、あなたへ訴訟を起こすことになります。」

「徳島弁護士…。あなた…。」

「お、おい、徳島!なんでお前がここに?!」

「僕はワールドブリーズグループ日本法人の顧問弁護士だよ。グループに対して不利益な発言や誤った認識を与えようとする人間にはきちんと制裁をしなくてはいけない。」

「誤った認識って…片岡さんはまだワールドブリーズグループへの話はしてないぞ。」

「今、彼女が話した先が、我々に関係する話になりますので止めに来たわけです。」

「おい、徳島、お前、何を知ってるんだ?この事件に関係する2人が既に殺害されているんだ。事件に関わる内容なら、回答してもらわなきゃいけない。」

「断固として拒否するよ。警察の介入すべき内容ではない。」

「なんだと。お前、変わったな。そんな奴じゃなかったはずだ。」

「弁護士は、友達とか家族とか、そんな感情でやってられる仕事じゃないんだ。仕事は仕事だ。君たちが今、警察として、捜査としてこの事実を聞き込みに来ているのであれば、僕はそれを全力で阻止し守らなければならないものある。」


島岡が立ち上がった。そして、徳島の目の前まで近寄った。


「徳島弁護士さんよ、あんたの魂胆はよくわかった。」


島岡は、椅子にかけてあった上着を取った。


「ヤナちゃん、行こう。これ以上は無駄だ。」

「ああ。」


柳原は1万円をカウンターの上に置いた。島岡と共に上着を持って店を出た。そのあと、石川町駅に着くまで2人は無言で歩いた。


「ヤナちゃん、申し訳ないんだが、タバコ吸っても良いか?」

「おう、構わんよ。」

「止めていたんだが、この気持ちの中、どうも我慢出来なくってな。」


島岡はそばにあったコンビニに入り、赤マルボックスとライターを買ってきた。そして、駅出口の横にあった喫煙所へ入って行った。柳原も一緒に付いて行った。喫煙所には誰もいなかった。時刻は20:00過ぎ。帰宅を急ぐ人たちで忙しなく続いている。


「わるい、俺にも1本くれないか?」

「ヤナちゃん、タバコ吸ってたっけ?」

「たまにな。ほんとたまにだ。」


島岡は箱から1本出して柳原はそれを取り出した。そして、ライターで火を付けた柳原は大きく吸い込み、そしてそれを空に向かうように吐いた。


「なーんだろうな。この事件。俺ら5人が全員絡み合ってる。そして被害者も容疑者も俺ら誰かしらの知り合いだ。こんなにも俺らに関わってくる事件だなんてたまたまなのか?」

「ヤナちゃん、考えすぎだよ。ただ、今言えることは5人の友情なんかで片付けられない事件だってことは確かだ。」

「そうだな。徳島は今回は確実に敵だ。そして、もう1人。全てを明かさない仲間がいる。」

「星野だな。」

「菊井建設の事実を全て明かしていないからな。まだ隠していることがあるはずだ。」

「にしても、片岡さんは、あの13億円を大阪に運んだ後、どこに隠したんだろうな。」

「隠した…いや、さっきの話だと、隠しても見つかってしまう、長くは保管出来ないって言ってたよな。つまり、隠したんじゃなく、何かしらの方法で活用したんじゃないか。」

「使っちまったってことか?」

「ああ、使ったというか、それをもっと増やす方法に切り替えたのかもしれない。例えば投資とかな。」

「でも、そんなこと、金子家として行えば、それこそすぐに税務署にバレちまうぞ。」

「だからこそ、13億円の番人の出番なんじゃないか?」

「近江と片岡さんか。」

「政権交代のあった2009年頃からの近江と片岡の動きをもう少し探ってみよう。徳島があの時点で話を止めさせたことも気になる。」

「つまり、ワールドブリーズグループも何かしら絡んでいるわけだな。」

「そういうことだ。」

「よし、なんか今度こそ、光が見えてきた気がする。」

「青松にも報告しておこう。ま、金子大臣の逮捕間近でそれどころじゃないかもしれないがな。」


タバコはすでに短くなっていて、2人は灰皿に入れた。そして、駅に入っていった。

翌日、柳原は早めに警視庁へ出勤した。そして、日垣課長へ部下の内田、飯田と共に、現状を報告し、2009年当時、近江や片岡について何があったのかを詳しく調べることにした。

柳原は、その足で検察庁へ向かい、青松に会った。ここまでの状況を説明した。


「そうか、つまりその片岡美奈が重要参考人ってわけだな。」

「2009年当時、何があったのかを今、公安でも調査している。」

「そうか。だったら、警視庁さんに検察庁から1つ、とっておきの情報を提供しよう。」

「なに?!」

「金子梓弓議員を調査している中で、政権交代後の2010年、同じ大阪に本社があった国内企業が海外法人に買収されていた。」

「日本第一ホテルグループか。」

「そうだ。そして、買収したのはカナダにある大手ホテルチェーン、ワールドブリーズグループ。そして、その日本法人代表に就任したのが…」

「片岡美奈だった。そうか、青松も片岡が絡んでいたこと掴んでいたんだな。」

「ああ。だから、柳原からその名前を聞いて驚いたさ。それと同時に、この事件がようやく1本の線で繋がった気がする。」

「あの機密費13億円は、この買収劇の一部に活用されたんだ。あの土地を守るため、金子健二郎氏が、あえて民間に手渡し、そしてその民間会社を自分の手中に収め、守り続けることにしたんだ。いや、でも…すでにあの土地にはお金は隠していないし、なんなら、その隠していたお金であの土地を守る理由はなんなんだ?」

「それなんだ。つまり、隠し財産のためにあの土地を守り続けたわけではないんだ。俺、思うんだけど、守らなければならなかったのではなく、隠し続けなければいけなかったとしたら?ってな。」

「隠し続けなくてはならない土地…。」

「なあ、柳原、いよいよ、ここはこの土地に建設物を建てようとしていた建設会社関係者に真実を聞く時なんじゃないか?まだ本当のことを話してないやつがいるんだろ?」

「国立AI知能研究センター建設を請け負った菊井建設、窓口の星野か。」

「ああ。星野なら知ってるはずだ。あの土地に隠されている本当の事実を。」

「島岡も連れて行こう。」

「徳島も呼び出そう。5人で話す。」

「そうだな。決着をつけよう。これは…これは、俺たちの事件だ。」

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