第二章

徳島友之は、東京・紀尾井町で徳島弁護士事務所を開き、弁護士として活動している。2015年に弁護士になって以降、当初は、殺人事件などの弁護を担当していたが、2017年に起きたIT大手企業同士の機密情報流出事件の最前線で活躍し、一躍有名になり、その後、様々な企業の企業法務を請け負うようになった。


2018年にカナダに本社があるホテルチェーン大手のワールドブリーズグループ日本支社の顧問弁護士に就任した。ワールドブリーズグループは、日本第一ホテルグループを買収し、国内に30軒あった日本第一ホテルのうち、不採算施設を閉鎖、もしくは売却。収益率の高かった10軒ほどまで施設を絞り込み、その全てをブリーズホテルへリニューアルして、高級ホテルとして展開している。

また新たに、横浜や京都エリアに新規開業するために、様々な候補地を探していた。京都は既に決定し、建設も進んでいた。そして、横浜に関しては、みなとみらい地区にあった国有地へ入札を進めていた。しかし、所管省庁だった財務省が、急遽取り下げた。既に建設計画も進行していたため、ワールドブリーズグループの損失は5億円にものぼっていた。そこで、顧問弁護士である徳島友之を筆頭に、社内に調査チームが立ち上がる。

調査の結果、デジタル庁が進めていた国立AI知能研究センターの建設地にこの場所が決定したためだったという理由が判明。徳島は、国へ損害賠償を求めるために訴訟を起こすことを決定した。そして、その訴訟を起こす直前に、建設計画に携わっていたのが菊井建設ということがわかり、ワールドブリーズグループが既に入札していた土地と知った上で、建設計画を進めていたということで、損害賠償を求め、菊井建設にも訴訟を起こした。これが、2018年12月の出来事である。

この一件は、社内でも混乱があり、旧経営陣である日本第一ホテルグループ出身の役員からも批判があがり、当時のワールドブリーズグループ日本支社長だった片岡美奈が責任をとって退任することとなった。この退任を促したのが徳島だった。


「片岡社長、社内の混乱を収束させるためには、退任していただく形が良いでしょう。カナダの本店からもそのように通達が届いています。」

「徳島さん、私はね、辞めれば全てが収まるなんて考え、嫌いなのよ。本店が通達してこようとも私は辞任なんてしません。きちんと全ての物事を片付けてから辞めます。」

「社長、そんな生ぬるい世界じゃないんですよ。ここは。外資が資本である我が社は、本店の指示は絶対です。明日、臨時役員会を開きます。そこで辞任を申し出てください。」

「徳島さん、あなた...。」

「大丈夫です。片岡社長、あなたの次の道は私が責任持って用意させていただきます。」

「必要ない。そんなの必要ないわ。」


翌日、臨時役員会で、片岡は辞任を申し出て退任した。徳島は、片岡に別企業の取締役の席を用意していたが、片岡は頑なに拒否し、グループ企業の全ての役職を辞め、ワールドブリーズグループから去った。後任社長には、常務取締役だったマイケル・アダムスが就任した。その後、マイケル主導のもとで公判手続きは進められた。


そんな最中、徳島の元に、突然の来訪者が現れた。


「徳島さん、ご無沙汰しています。」

「これはこれは、近江さん。ご無沙汰してます。金子先生はお元気ですか?」

「ええ。変わらずです。」

「成沢内閣で国土交通大臣ですもんね。次期総理候補にも上がってますますご活躍が期待されますね。」

「ありがとうございます。でね、徳島さん、金子先生が近々、一席設けたいと申しておりましてね。」

「そうですか。私は構いませんよ。」

「ありがとうございます。金子先生が折いってご相談したいことがあるそうです。」

「ご相談したいことですか。もしかして、例のみなとみらいの土地にことですかね。」

「まあ、とりあえず、お話はお会いした時に。では、詳細はまた追ってご連絡いたします。」


金子大臣の秘書である近江は、そう言い残し、帰って行った。徳島は、まもなく夜がやってくる都会の景色を窓の外に眺めながら、次に動くべきことを考えていた。

それからしばらくして、金子梓弓国交大臣との会食の日がやってきた。東京・赤坂の〝料亭加羅田〟でそれは行われた。


「あら、徳島先生。忙しい中、お時間作っていただきありがとうございます。」

「金子先生、ご無沙汰しております。国交大臣のご就任、おめでとうございます。」

「ありがとう。ま、とりあえず乾杯しましょ。申し訳ないけど、私は烏龍茶で失礼するわ。」

「そういえば、金子先生は下戸でいらっしゃいましたね。」

「よく覚えててくださり感謝です。さ、徳島先生は飲んで。」


少し、近況を話した後、金子大臣は本題を切り出した。


「徳島先生、今日お時間を頂戴したのはね、実はみなとみらいの国有地の件なの。」

「やはりそうでしたか。」

「あの土地は、元々、郵政省が管轄していた土地でした。みなとみらいの開発が始まる前、造船所や倉庫があった頃、あそこには、郵政省の倉庫があったそうなの。その後、みなとみらいの開発が始まった後も、しばらくは倉庫として活用されてきたのだけど、港の移転に伴い、倉庫は取り壊され、その後、当時の建設省へ管理が移行となり、広大な空き地のまま、放置されていたそうよ。2009年に政権交代があった際、時の政府が進めた国有地の整理事業によって財務省の所管となったという経緯なのよ。」

「つまり、しばらくは国交省の管轄の土地だったわけですね。」

「そういうこと。それを財務省が競売にかけ、我々ワールドブリーズグループが入札したわけだったんですね。」

「そうなの。しかし、あの土地は代々、国交省、前身の建設省、そして郵政省が守り続けた土地でもあったわけ。その守り続けた意味があった場所なのよ。」

「守り続けた場所?」

「そう。あの土地は、決して民間に売り渡してはいけない場所。あそこの地下には掘り起こしてはならないものが埋まってるのよ。国がこれからも隠し続けなければならないパンドラの箱が。」

「それは...もしかして、お父様の...」

「徳島さん、それ以上は私の口からは言えないわ。これでも今は、現職の国交大臣ですから。国を守る使命があるから。」

「つまり、そのタブーを知らない財務省が売り出してしまったというわけだったのですね。それで、急なあの国立の施設を誘致したわけですか。」

「そう。デジタル庁がちょうど、横浜の米軍施設返還地に建設予定だったあの施設をね。別にAI施設なんていますぐに建てる必要なんてないのよ。それでも閣議決定してしまったものだから、進めないわけにもいかず。だからこそ、返還予定がいつになるかわからないところに予定を立てておいたのが功を奏した形ね。」

「塩漬けにしていた建設案件がうまく回せたわけですか。」

「そういうことよ。それで、あなたにお願いしたいことが2つ。まず、ワールドブリーズグループには損失を与えてしまったわけなんだけど、表向きにはこの訴訟を和解という形にして欲しいの。国から1億、菊井建設にも話を通すから1億、総額2億で。」

「総額2億。大臣、ご冗談でしょう?うちがこの件で損失したのは既に5億を超えてます。ここに訴訟やらそのキャンセル費用やらで、おそらく総額7億ほどは損失計上することになるでしょう。」

「わかっているわ。だから、残りの5億分は、他の国有地を無償提供する形でどう?」

「他の国有地をですか。」

「あそこ以外なら、日本全国選び放題。もちろん、中には大都市圏の一等地だってあるわ。購入すれば10億はくだらない土地だって中にはある。」

「そうですか。それなら、弊社も納得出来る条件ですね。」

「これ以上、あの土地のことをマスコミに取り上げられて探られるのも困るから、政府としても早く落ち着かせたいのよ。」

「わかりました。では、その条件をもって弊社へ説明して参ります。」

「ありがとう。助かったわ。この案件が和解で決着した暁には、あなた個人にも其れ相応の御礼をさせてもらうわ。」

「バレない程度でお願いしますよ。私も一応、弁護士のはしくれなので。」

「わかってるわよ。じゃあ、よろしくね。もう一回、乾杯しましょ。」


徳島は、翌日、臨時役員会を開き、和解提案があったことを伝えた。そして全会一致で可決され、和解提案を受け入れることとなった。そして、ワールドブリーズグループは国、菊井建設との訴訟に対し、和解することで決着した。和解金額はそれぞれ1億円ずつ、総額2億ということで決着した。マスコミは、損失額よりも安い金額を受け入れたワールドブリーズグループに対し、疑念を抱く記事もあったが、ワールドブリーズグループとしては、日本国の未来発展のための施設であることに対し納得した上で、その先行投資であったという意味も理解するとの声明を発表。そして、国は、国立AI知能研究センターが完成した際には、その入り口へ、建設協力にワールドブリーズグループの名を掲出することを発表した。これで、この件は表向きには収束したのだった。


その夜、徳島は、金子大臣の秘書、近江から連絡があり、御礼を渡すとのことで、赤坂の〝料亭加羅田〟に再び呼ばれた。


「徳島先生、この度は本当にありがとうございました。本日は、金子先生が別件で来られませんので私が代わりに。」

「ありがとうございます。」


そして、近江は風呂敷を取り出し、それを徳島へ渡した。


「どうぞ、お役立てください。決して足の付かないものですので。」

「これはご丁寧に。」


それからしばらくして、近江は帰って行った。徳島はタクシーで自分の事務所へと戻り、風呂敷を金庫にしまい、再び夜の街へ出掛けた。


 それから1年後、2023年夏、東京地検特捜部に匿名の情報が入った。金子梓弓国交大臣の収賄に関する情報だった。その内容は非常に詳細なものだった。金子大臣の地元、大阪の建設会社から1億円の収賄を受け、その見返りに、大阪で進んでいる大阪湾港のリニューアル事業の入札情報を事前に公開しているというものだった。特捜部は、すぐに裏で動き出した。


 一方、金子大臣側もその動きを察したのか、すぐにその事実のもみ消しに動き出した。その最中、大手の大和新聞がその話をかぎつけ、記事にする情報が入り、金子大臣秘書の近江がその担当記者を見つけ出した。担当記者は、大和新聞大阪支社の記者だったため、近江が大阪に向かい、そして、大阪南港の倉庫エリアで落ち合うこととなった。


「どうか、記事を取り下げてもらえんかね。」

「近江さん、さすがにこれはまずいですよ。」

「どうか、この通りだよ。」

「いや、もう無理だ。ここまで情報を掴んだ以上、記者として報道しないわけにはいかない。」


記者が立ち去ろうとしたその時、近江は後ろから羽交い締めにして、そばにあった小部屋に連れ込み、持ってきていた護身用のナイフで刺したのだった。必死だった近江は気が付かなかったが、その小部屋が、使用されなくなり交換された観覧車のゴンドラだった。しばらくして、冷静になった近江は、スマホで電話をかけた。


「申し訳ない。大阪南港の倉庫だ。後処理を頼む。」

「承知した。」


そうして、近江はその場を立ち去った。近江は、自分の手が血で汚れていることに気付き、近くにあった公園の水洗い場で手を洗った。近くの通りを黒い車が2台、通り過ぎて行った。おそらく、奴らだろう。相変わらず行動が早い。あとは、彼らに任せればこの件は片付くはずだ。これで良かったのだ。この国はこうやって保たれている。


東京地検特捜部では、金子大臣の収賄疑惑を追い続けていた。しかし、突破口が見つからず捜査は難航していた。そこで、この手の事件を数多く手がけ、今は本庁公安部にいる彼を呼び戻すことにした。

青松慎一検察官。その一報が青松の元に入ったとき、彼は鹿児島にいた。別の事件の捜査で1週間ほど、鹿児島市内に滞在していた時のことだった。


「もしもし、部長、どうされましたか。」

「急なんだが、君に内示が出た。東京地検特捜部だそうだ。」

「特捜部?なぜ、このタイミングで。」

「君に頼みたい案件があるそうなんだ。」

「今追っている件はどうしましょうか。」

「それは、引き継がせる。とにかく、すぐに東京へ戻ってくれ。」


青松は、東京へ戻り、すぐに公安部長室へ向かった。そして、辞令を受けた。


「落ち着いたら、必ず戻ってきてくれ。今の事件だって、君の力が必要なんだ。」

「承知しました。」


そして、青松はそのまま、特捜部へ向かった。


「綿貫部長、ご無沙汰しております。本日付で配属となりました、青松です。」

「再びの特捜部へようこそ。着任早々で申し訳ないが、君を呼び戻した案件を早速説明させてくれ。」

「はい、お願いします。」


そして、青松は、金子国交大臣の収賄疑惑について話を聞いた。金子大臣の地元、大阪の建設会社から1億円の収賄を受け、その見返りに、大阪で進んでいる大阪湾港のリニューアル事業の入札情報を事前に公開しており、既にその入札は進んでいることまでを掴んでいた。しかし、収賄を受けた証拠なども見つかっていない。


「これを私が担当するということですね。」

「一昨年の参院議員秘書の贈収賄事件以来、特捜部がさんずいをあげていない。警視庁二課の方もここ最近は全くだ。情報が溢れすぎてて、本当の情報に辿り着く前にまた、次の情報に揉み消されてしまう。とにかく捜査しずらい時代になった。」

「そうですね。溢れた情報の中から本当の情報を探す。どんなに大変な作業なのか、公安にいて身をもって経験してきました。でも、必ず見つけ出します。さんずいは国を滅ぼす。任官したての時、綿貫さんに教わった言葉です。」

「まだ覚えていたんだね。よろしく頼むよ。」

「はい。」


青松は、そういうと、部屋を出た。青松に与えられた部屋へ行き、まずは、前担当が調べ上げた金子大臣に関する内容に全て目を通すことにした。そのファイルは20冊を超えている。青松はそれをじっくりとくまなく、確認していくことにした。


金子梓弓国土交通大臣は、現在45歳。地元大阪20区選出の衆院議員で3期目。父親の地盤を引き継いでいる。野村前内閣では、厚労省の政務官、国交省の政務官を務めた。そして、成沢内閣で国交大臣として初入閣。父親の金子健二郎氏は、衆院議員時代には、郵政大臣、建設大臣を務め、最後は官房長官を務め、自身の持病の悪化に伴い、衆院選への出馬を取りやめ、長女だった金子梓弓氏を後任候補として出馬したという経緯。


今回の収賄は大阪港リニューアル事業入札への斡旋をしてもらうために大阪の建設会社「花見難波建設」から1億円の賄賂を受け取った疑いがある。その金は、金子大臣の政治資金へ流用されているとのこと。受け取ったとされるのは、金子大臣の公設秘書である近江定之氏。しかし、近江は、その後すぐに議員秘書を退職している。現在の消息は不明。


青松は他の資料も合わせ、全ての内容に目を通し終えたのは半日後、外は既に暗くなっていた。青松はとりあえず、この公設秘書だった近江の行方を探すことにした。おそらく鍵を握っているのはこの近江だろう。まずはこの人物にあたってみることが先決だった。そして、事務官の平野聡美を呼び出した。


「警視庁の公安部にこの人物を探してもらうよう要請してもらって良いか?」

「わかりました。」

「今、向こうの担当は誰?」

「えーと、警視庁公安の窓口は、柳原さんです。」

「柳原?!そうか、あいつ、公安にいたんだったな。なら話は早い。申し訳ないが、自分で直接連絡するよ。知り合いなんでね。」

「わかりました。」


青松は、早速、警視庁公安部の柳原に電話した。


「おう、元気か?」

「久々だな。青松こそ、元気にしてんのか?」

「ああ、変わらずだ。」

「実は本庁公安部から、東京地検特捜部に舞い戻ったんだ。」

「特捜に?なんでまた?」

「ま、その辺りの話と、お前にお願いしたいこともあってな。今夜あたりどうだ、久々に?」

「おう、ちょうど良かった。俺も相談したいことがあったんだ。19:00頃だとありがたいよ。」

「わかった。赤坂に個室の焼肉屋があるんだ。そこでどうだ?」

「よし、OKだ。後で店の詳細をメッセージで送っておいてくれ。」

「わかった。じゃ、また今夜。」


そうして、久々に2人は会うことになった。その夜、予約してあった赤坂の個室焼肉店に先に到着したのは柳原だった。先にビールを注文して飲みながら待っていた。


19:00を過ぎて、青田からメッセージがスマホに入り取り調べが長引き、今、地検を出発したから少し待ってて欲しいとのことだった。柳原は酒のつまみに、キムチの盛り合わせを注文し、それをつまみながら、待っていた。15分ぐらい遅れて、青松は到着した。


「遅れてしまって申し訳ない。」

「いやいや、大して待ってないから平気さ。それより、久々だな。」

「ああ、久々だ。電話はしたけど、リアルで会うのは2年振りぐらいか。」

「そうだな。青松は今は特捜部にいるのか。」

「そうなんだ。呼び戻されてな。」

「お前が呼び戻されるってことは、相当大きな山なんだろうな。ま、特捜部の扱う事件なんじゃ、話せないだろうけどな。」

「警視庁のしかも公安の人間になんて、検察庁が明かすはずがない...んだけどな、今回は特例だ。そうもいってられない事情があってな。」

「おお、珍しいな。そうか。まずは話を聞いてからだな。今夜は長くなりそうだ。」

「そうだな。まずは食うか。」


2人はタン塩を頼み、そこからしばらく焼肉を食べた。島岡や星野と会った話や、最近の話を仕事抜きで話した。


「さてと、青松。そろそろ本題を聞かせてくれないか。」

「そうだな。俺が特捜部に呼び戻された理由は、現職大臣の収賄疑惑だ。」

「さんずいか。現職大臣ということは、かなり大物ってことだな。」

「金子国交大臣だ。」

「金子国交大臣。ということは、建設絡みってことだな。」

「その通り。地元、大阪の建設会社から1億円の収賄を受け、その見返りに、大阪で進んでいる大阪湾港のリニューアル事業の入札情報を事前に提供してもらったということなんだ。」

「なるほどな。それで、協力して欲しい内容ってのは?収賄の捜査なら、警視庁なら二課の担当だし、そもそも、特捜部の方が得意な案件だろ。」

「そう。柳原に協力して欲しいのは、金子大臣の秘書の捜索だ。公設秘書である近江定之という人物がその賄賂を受け取ったとされている。しかし、近江は、その受け取りの直後に議員秘書を退職していてな。その後の消息がわかっていないんだ。おそらく、そいつが鍵を握っているはずだ。」

「なるほどな。わかった。それなら、捜査してみよう。任しておけって。警察の捜査手腕、なめたらあかんぜよ!」

「なんだよ、それ。ま、頼もしい限りだわ。よっしゃ、今日は俺の奢りだ。じゃんじゃん、飲んで食ってくれ。」

「おお!これは、贈収賄にはならないよな?」

「俺の自腹だ。」


そうして、その後は、お腹がいっぱいになるほど、焼肉を食い、そのまま2軒目、3軒目とはしご酒をした。長い長い夜になった。3軒目に訪れたバーで柳原は青松に聞いた。


「なあ、金子大臣のさんずいってのは、大阪湾港リニューアルって言ったよな。」

「ああ、そうだ。」

「大阪...か。」

「なんか、引っかかるのか?」

「いや、なんでもない。」


その後2人は昔の話をしながら盛り上がり、気がつけば終電はあっという間に終わっていた。赤坂通りに出ると、タクシーが大行列している。さすが、夜の街である。柳原と青松は帰る方向が違うので、別々のタクシーに乗車し、帰宅した。


翌日、青松は当庁して書類をまとめ、すぐに大阪へ向かった。東京駅から新幹線に乗り、新大阪駅で降りる。そのまま、大阪地検へ向かった。同期の奈良林仁美が出迎えてくれた。


「慎ちゃん、久しぶり。」

「おう、仁美も元気そうだな。」

「相変わらずよ。とりあえず、一杯引っかけにでも行く?」

「おいおい、まだ午前中だよ。それとも大阪地検は午前中から飲酒業務OKなのか?」

「相変わらず真面目なんだから。」


青松は、奈良林の検事室へ案内され、そこで話を聞く事にした。


「金子大臣の収賄の件。大阪地検でも捜査は続けてるわ。」

「俺も、まだ特捜部に戻ってきたばかりでまずは事件の概要を追っている最中なんだ。とりあえず、前任が調べたところまでは確認しているが、気になるのが金子大臣の秘書、近江が行方不明になっているということだ。」

「そう。私たちも追っているのよ。収賄を受け取った直後にすぐに辞めているという点で確実に関わっていることは確かなのよね。」

「全く消息不明ってわけか。国外に逃げてる可能性はないのか?」

「府警が調べてくれたけど、出国記録はないそうよ。ま、大臣の秘書だから、政府から圧力かけて一人分の出国記録を消すことなんて簡単かもしれないけど、金子大臣はまだ3期目の若手に入る議員。女性大臣でしかも若手起用っていう点で成沢総理が選出しているわけだから、そんな若造議員に危ない橋を渡るようなマネはさせるわけがないわね。」

「つーことは、国内のどこかに潜伏しているわけだな。」

「資金は潤沢にあるから金子大臣陣営が匿っているんでしょうね。」


秘書の近江を探し出すのはかなり困難なことであるように思えた。なにか、別の方法を探るしかないと青松は思った。


「ねえ、慎ちゃん。こんなこと、上層部は絶対NG出すかもだけどさ、金子大臣に直撃してみるってのはどうかな?」

「直撃?!そりゃ、無理だろ。任意聴取だとしても現職大臣への聴取は、法務大臣案件だぞ。」

「そんなの百も承知よ。だから、私たちが行くんじゃなくて、記者にやらせるのよ。」

「記者?」

「そう。新聞か週刊誌の記者。情報掴んだって言わせて直撃させたら何か引き出せるかもしれないでしょ。」

「確かに。記者を使うのか。良い案かもしれないな。でも、そんな信頼できる記者なんているのか?」

「それがいるのよ。大和新聞に。大阪支社にいる東水っていう記者。私の彼なのよ。」

「記者と付き合ってんのか。大丈夫か?検事が記者と恋愛だなんて。情報漏れた時に真っ先に疑われるぞ。」

「大丈夫よ。だいたい、お互い忙しいから会えても3ヶ月とかひどい時は半年に1回よ。前に会ったのいつだっけっていうぐらい忘れちゃった。」


奈良林は早速、東水に電話をかけた。しかし繋がらない。


「あら。忙しいのかな?ま、そのうち掛け直してくると思うからかかってきたらお願いしてみるわ。」

「よろしく頼むわ。」


青松と奈良林は、その後もこの件についての擦り合わせを行い、あっという間に夕方になっていた。青松は今夜中に東京へ戻らなければいけなかった。


「ねえ、新幹線の最終って21:00過ぎでしょ?まだ17:00だし、久々に1杯どう?もう夕方だから良いでしょ?」

「もうこんな時間か。今夜中に東京に戻れれば大丈夫だから1杯いくか。なんか良い店ある?」

「あるわよー。大阪は!よし!行こ行こ!」


大阪地検がある中之島から、少し移動して北新地にあるお好み焼きのお店に連れて行ってくれた。大阪のお好み焼きのお店は東京と違い、お店の人が焼いてくれる。ビールを最初に注文し、その後、ハイボールにした。ここのお好み焼きはハイボールがよく合うという。確かにばっちし合う。司法修習生時代の話で大いに盛り上がり気がつけば時間は20:30を過ぎていた。


「お、まずい。もうこんな時間だ。」

「あら、ほんとだ。新大阪までなら、大阪駅まで歩いてそっから電車で5分よ。」

「そっか。なら、安心だ。今度はゆっくり来るよ。」

「そうね。事件が解決したらまたお祝いしよ。」


お会計をして店を出た。奈良林は、地下鉄御堂筋線の東三国というところに住んでいるとのことで、大阪駅まで送ってくれた。


「そういえば、記者の彼から連絡ないな。」

「そうだね。忙しいのかな。さっきもかけたんだけど、出ないのよね。」

「ま、連絡あったらまた進捗教えてくれ。」

「うん、そうする。」


大阪駅の改札で奈良林と分かれ、青松は新大阪駅へ向かった。最終の新幹線のぞみは21:24発。無事に間に合い、静かに東京へ向け、発車した。新大阪を出てすぐに京都に停まり、その後は名古屋に停まる。京都を出てしばらくすると窓の外は暗闇にぽつんぽつんと家の明かりが見えるだけになった。


そんな景色を見ながら、青松は消えた近江の探し方を考えていた。記者を使うのも良い手だが、他に探る方法はないものか。もちろん、警視庁の柳原も追ってくれているだろうから、包囲網はかなり迫っているはずだ。警視庁、大阪府警、大阪地検、そして東京地検が探しているのにも関わらず、何の手掛かりも出てこないのは逆におかしくないか。小さな手がかりさえも出てこない。もしかして、近江はもうこの世にはいないんじゃないか。そんな事が頭を過った。それも可能性としてはあるわけだ。とにかく、一回、考える事をやめた。そして、東京まで少し眠ることにした。


大阪地検の奈良林から青松の元に、連絡があったのは、青松が大阪出張したあの日から2週間後のことだった。正確には、奈良林の上司である兼平検事部長からの電話だった。


「東京地検の青松さんですか。奈良林の上司の兼平と申します。朝から申し訳ない。」

「いえいえ。どうされました?」

「実は、奈良林くんのお付き合いしていた彼が行方不明になっていることがわかりまして。」

「彼...え?もしかして、大和新聞の記者の方ですか?」

「そうです。大阪支社の東水優樹記者です。どうやら、彼、あなたも追っている今回の収賄の件、事前に情報を掴んでいたみたいで、この情報を追っていたみたいです。」

「そうなんですか。」

「奈良林が、ずっと連絡がつかなくて、大和新聞に問い合わせたそうなんです。そしたら、行方不明になって3ヶ月経ってたそうで、大阪府警が探してくれていると。それを聞いて、奈良林も飛び出して行ったのが先ほどの出来事です。」

「そうですか。わかりました。私も何かあれば、動きますのでとりあえず、奈良林が帰ってきたら私に連絡するように言ってください。」

「わかりました。」


まさかの出来事が起きた。すでに情報を掴んでいた記者がいたのだ。しかも、奈良林の彼であり、その彼が3ヶ月前から行方不明になっている。一体何があったのか。青松は何かが動き出している気がした。

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