第一章

2023年12月。あの成田空港での事件から1年が経過していた。警視庁公安部は追い続けるもあれから手がかりは全くない。あの事件以降、出国も入国も厳しく取り締まっているため、日本国内にいることだけはわかっている。柳原は、その日、別の事件捜査で神奈川県警に来ていた。その用事が済んだところで、柳原は捜査一課に立ち寄った。


「島岡!元気か。」

「おお!ヤナちゃん。久々だな。」


島岡直定は、神奈川県警捜査一課の刑事である。柳原とは、中学時代の同級生であり、今もたまに、一緒に飲みに行く仲である。


「忙しいか?どうだ一杯。」

「おお。昨日大きな事件が片付いたとこだよ。20分ぐらい待っててくれるか。」

「わかった。」

「中華街の近くに美味しい店があるんだ。そこへ行こう。」


日本大通りにある神奈川県警から、中華街までは歩いてもそう遠くはない。2人は、歩いて向かうことにした。今日は水曜日ということもあり、夕暮れの街は、帰る人が多かった。中華街はそこまで混んでいなかった。島岡のおすすめという中華料理屋は、中華街の外れ、高速道路の高架下にある小さいお店だった。テーブル席が3つとカウンターがある程度の街中華と呼ばれるようなお店だった。店に入ると暖房が効いており、少し暑いくらいだった。


「ここの酸辣湯麺が美味いんだ。」

「そうか。」


島岡は、手慣れた感じで、瓶ビールとザーサイ、青菜炒めなど、おつまみを頼んでくれた。瓶ビールはキンキンに冷えており、店の暑さもあってすっきりと飲むことが出来た。


「粟生野は、あれから手がかり無しか。」

「ああ。何もない。どこにいるかもわからない。」

「そうか。神奈川県警でも一応、細々とだが、捜査は続けてるんだ。」

「全国の警察がそうしてくれてる。けど、手がかりが一つもないんだ。」

「逆におかしいな。」

「そうなんだ。だからこそ、なんだか不安なんだ。」


柳原は、そう言うとコップに入ったビールを一気に飲み干した。島岡もそれから、少し黙ってしまった。島岡がその沈黙を打ち破るように、店員に酸辣湯麺2つを注文した。


「そういや、島岡、他のやつらには連絡取ってるか?」

「いや、全然連絡取ってないな。ヤナちゃんは?」

「この間、別の事件の関係で、青松には連絡したよ。元気そうだった。」

「そうか。確か、あいつは検察庁にいるんだよな。」

「うん。俺が連絡した時は東京地検特捜部にいたけど、その後異動して、今は公安にいるみたいだ。」

「検察公安か。あいつも粟生野を追ってるってことかね。」

「どうだかな。検察公安は特に秘匿主義だからな。」

「そうか。」


そんな話をしていると、注文していた酸辣湯麺がきた。2人はそれを無言で食べ始めた。


「うん、美味いな。これは美味い。」

「美味いだろ。これで680円だ。」

「680円?!コスパ最強だな。」

「また食べにこよう。今度は5人で。」

「ああ。5人でな。」


そう言うと、また2人は無言で酸辣湯麺をすすった。柳原と島岡は、JR石川町駅まで一緒に帰った。


「じゃあ、また。」

「おう。今度は東京でおすすめの店、連れて行ってくれよ。」

「うん。待ってるよ。」


柳原は、東京方面行きのホームへ上がった。すぐに電車がやってきて柳原は乗り込んだ。終電近いこともあり、横浜駅へ向かう人で少し車内は混んでいる。ドア横にもたれかかり、外の景色を見ながら、柳原は粟生野の行く先をぼんやりと考えていた。窓の外には、奥にみなとみらいの景色が見える。横浜スタジアムのすぐ横を通過し、関内駅に到着した。また少し乗客が乗ってきて、電車はすぐに発車した。


桜木町駅に着く直前のことだった。少し、電車が揺れた。電車の窓ガラスが一斉に割れて、車内に飛び散る。そして、その後すぐに停電し、電車は急停止する。窓の外、みなとみらいの観覧車が炎上しているのが見えた。柳原はそれが爆風だということがわかった車内は大混乱になる。あの成田での光景が再びここで起きている。線路の軋む大きな音と共に、鉄橋の上で電車は止まった。みなとみらいの方向では、観覧車がぐらぐらと揺れ、やがて大きな鉄の音と共にその大きな輪っかの塊が倒壊する光景が見える。柳原は、その景色を見ながら、ふと声を出した。


「粟生野だ。奴が動き出した。」


観覧車は、運河側へ倒れ、その衝撃で再び、電車も揺れる。我に帰った柳原は、怪我をしている周りの乗客を見て回る。そして、車掌室へ向かう。車掌も怪我をしていたが、意識はしっかりしていた。柳原は、警察手帳を見せ、


「警察の人間です!すぐに応急手当てが必要な乗客を処置します!」

「ありがとうございます!」


車掌と2人、手分けして車内を回る。幸いガラス片での怪我人は多くいるが、重症者はいないようだった。その間、柳原は携帯電話で緊急通報をした。そして、その電話の後すぐに、島岡から電話があった。


「ヤナちゃん!大丈夫か!巻き込まれていないか!」

「すっかり巻き込まれてるよ。桜木町手前の電車の中だ。重症者はいない。」

「わかった!県警本部も混乱してるみたいだ。俺はとにかく現場へ向かう。そっちはなんとか頼む。」

「おう。任せておけ。」

「管轄外に頼んでしまって申し訳ないな。」

「警察は警察だ。気にするな。」


そういうと、電話は切れた。柳原は応急処置をしながら、少しすると、救助がやってきた。救急隊員に事情を話し、無事に乗客を全て下ろすことが出来た。柳原も電車から降り、桜木町駅を出た。電車が止まり、爆発の影響でガラス片が散らばっている中、人々は大混乱している。寒空の元、柳原はコートのポケットに手を入れて、国道を横浜駅方面へと歩き出した。


歩きながら、粟生野はなぜ、横浜であんなにも大きな爆発を起こしたのかを考えていた。そもそも、粟生野が起こしたという確証もまだない。しかし、あそこまで大きな爆発を起こすことが出来るのは、今、この日本では粟生野しかいない。いや、いない「はず」だ。粟生野だとしたら、何の根拠もなく爆発は起こさない。

中東で起こしたあのテロは、当時、アリアシナ共和国が極東アジアの巨大な国と手を組み、米国を相手に戦争計画をしていたことを阻止するため動いていた欧米諸国の動きを牽制するために粟生野がアリアシナ共和国側と手を組んで起こしたものだったと言われている。


今回、日本で起こしたこの爆発がテロだとしたら、粟生野は何らかの根拠を持っていたはずだ。みなとみらいで行われていたイベントか?

柳原は、携帯でみなとみらいで今日行われているイベントを調べた。しかし、特に目立ったイベントはない。だとしたら、何があった?重要な人物が来ていたか。しかし、今日は特に横浜方面での重要人物の来訪予定はなかったはずだ。いや、表向きの事なら。裏でのことは流石に警察でもわからない。つまり、その裏の来訪予定だった人物を消すためにこの爆発を起こした。そう考えれば、辻褄が合ってくる。本当に合っているのか。


考えていると、横浜駅の東口に到着していた。幸い、東京方面の電車は動いているものがあった。混雑しているものの、柳原はホームへやってきた電車へ乗り込んだ。


翌日、当庁すると、日垣公安二課長に呼ばれた。


「柳原、昨日のみなとみらいの爆発の件、巻き込まれたんだな。」

「はい。神奈川県警へ寄ってその後、知り合いの刑事と一杯やって、その帰り道でした。」

「ご苦労だった。現場に急行した救急隊員の証言で君が救助の手助けをしてくれたと感謝の連絡があったんだ。」

「警官として当然のことをしたまでです。」

「さてと、話はそれがメインではない。」

「はい。」

「現場検証の結果、観覧車に複数の爆発痕が見つかった。神奈川県警はテロだと見ている。」

「やはり、そうでしたか。」

「お前もそう思っていたのか。」

「はい。帰り道、これが粟生野の仕業だとした場合を考えました。」


柳原は、昨日の帰り道に考えた仮定を話した。


「なるほどな。たしかに一理ある。だとしても、1人を狙うのだとしたら、あんなにも大勢の人を巻き込むような出来事にする必要はなかったはずだ。」

「そうなんです。みなとみらいで何か重要な会議があったわけでもなく。一体、何が原因なのかが全くわからないんです。」

「原因か。原因だ。その原因をまずは探るしかないな。柳原、内田と飯田と共に、動いてくれ。必要になったら、お前の班全体、二課も総動員する。」

「はい。承知しました。」


柳原は、内田と飯田を呼び出した。内田博満は、柳原の直属の部下であり、大学時代、放送研究会の後輩でもある。飯田愛は、二課では初の女性警察官であり、所轄時代には、ストーカー犯や痴漢の検挙数が日本で1位を獲ったことがあるほどの優秀な刑事である。


「柳原さん、傷、大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない。それより、日垣課長から指示があった。おそらく、昨日の爆発はテロだということだ。そして、粟生野が関わっている。まずは、そのテロを起こした原因が何かを探れとのことだ。」

「わかりました!」


柳原は、まず、2人を連れて現場へ向かった。現場では、島岡が待っていてくれた。


「ヤナちゃん。かなり酷い現場だぞ。まだ見つかっていない人もいるからな。足元は気をつけて。」


現場は、まだ煙も上がっていて、一面真っ黒だった。近隣のビルは爆風で窓ガラスが割れており、その破片がまだ散乱している状態だった。みなとみらい一体は立ち入り禁止となっている。そして、異様なのはあの大きな観覧車が運河に倒れている。観覧車のゴンドラが至るところに散乱している。


「酷いな。この現場。」


柳原は不思議と口にしていた。その光景を見て、純粋にそう感じたのだった。しかし、そこで何かが引っかかる。柳原はその違和感を探る。今、この景色を見て、何が違和感に感じるのか。


「なあ、島岡、何か違和感を感じるんだが、何だろう。」

「違和感?ヤナちゃんのまた例のカンってやつか。なんだろうな。」

「うん。なんかこの現場、不思議なんだ。」


内田と飯田は、現場の刑事たちの説明を受けている。島岡は一緒に、周りを見渡す。爆発の後に起きた火災で燃えた痕も残る現場一体。ゆっくりと見渡す。やがて、違和感の正体が見えた。


「島岡、爆弾の痕跡はどこで見つかったんだ?」

「観覧車の足元だ。4箇所の固定台と支柱に爆弾が設置されていた痕跡がある。特に、右側の固定台と支柱に多く設置されていた痕跡があって、運河側に倒れるように計算されていたようだった。」

「運河側に。そこだけか?」

「ああ。他のところには見つかっていない。」

「じゃあ、なんであのゴンドラだけ、あそこに吹っ飛んでるんだ。」


柳原の違和感。それは、1個だけ、運河側とは反対側に飛んでいるゴンドラがあったのだ。それが、引っかかっていた。そのゴンドラは、道路に落ちており、かなり凹んでしまっている。


「確かに。あの爆発だったから、その爆風で吹っ飛んだと思っていたんだが、確かにあの1個だけあそこにあるのはおかしいな。」

「あのゴンドラを見せてくれ。」


柳原と島岡は、そのゴンドラを確認した。扉はどこか別のところへ飛んでしまっているようだった。ゴンドラの中も確認してみる。特に変わった点はないようだった。よく見てみると、特に変わった点はない。いや、待て。変わった点はないが、また違和感がある。


「ヤナちゃん、また違和感があるみたいだね。」

「ああ。島岡。なんだろう。」

「なんだろうな。特に変わった点はないけどな。」

「いや、待て。変わった点がないんだ。そうだ。おい、このゴンドラのドアを探せ!ここに落ちているなら、ドアもそばにあるはずだ。」

「え、え?!ドア?」

「そうだ。ドアだ。島岡。変わった点がないことがおかしいんだ。だってこのゴンドラ、窓ガラスが割れてないところが多すぎる。一部は確かに割れてるが、ほぼついてる。あの爆風だぞ。電車の窓も周りのビルも爆風でガラスが割れたのに、なんでこのゴンドラだけほぼ無傷なんだ。」

「つまり...」

「このゴンドラだけ、爆発の後に運び込まれたものなんだよ。」

「そうか。でも何で。何でだ。」

「何でだ。」

「この観覧車のゴンドラの数は?」

「60台だ。」

「このゴンドラは、元々付いていたものなのか、それとも付いていなかったものか。まずはそこからだ。」

「よし、わかった!」


島岡は、現場の捜査員たちに指示を出した。そして、ゴンドラの捜索が行われた。運河の中へ沈んだものや大破したものも含め、捜索したところ、運河側に落ちたゴンドラの数は全部で60台だった。つまり、あの現場にあるゴンドラは、この観覧車のものではなかった。


「島岡、もう一回、あのゴンドラをチェックだ。」

「了解!」


そして、謎のゴンドラは先に回収され、県警本部で入念に確認することにした。現場の捜索は、内田と飯田に任せて、柳原は島岡と共に県警本部へ向かった。

そして、確認の結果、複数の血痕が見つかった。DNA鑑定に回されることになった。


「つまり、あの爆発はあのゴンドラを隠すためのカモフラージュだったってことだな。」

「いや、島岡、そうなるとまた疑問が湧く。それなら、他のゴンドラと一緒にしておけばよかったんだ。しかも予め設置しておけば、爆風でもっと壊すことが出来て、わからなくすることが出来たはず。」

「カモフラージュではないってことか。あえてあのゴンドラを見つけさせるため?どういうことだ。さっぱりわからなくなってきた。」

「ああ。さっぱりわからなくなってきたな。」

せっかくの証拠を見つけたにも関わらず、また振り出しに戻ってしまった、そんな感覚に柳原は、陥った。謎のゴンドラはなぜ、あえてわかるように爆発の後に置かれていたのか。そして、そこについた血痕は誰のものなのか。

「ヤナちゃん、気分転換に飯でも食いに行かない?腹が減っては戦は出来ぬというからね。」

「こんな状況なのに良いのか。」

「現場は現場に任せよう。俺らには俺らの仕事がある。」


2人は、再び例の中華料理屋へ向かった。昨日の事件の影響もあり、中華街はお店がどこも臨時休業をしていた。横浜スタジアムでのプロ野球の試合も中止されている。中華料理屋に着いたが、臨時休業していた。


「あちゃー。休みか。ここにまで影響があるとはな。」

「他に店、どっかあるか?」

「そこの川渡って向こう側の元町に行ってみよう。」


高速道路が川の上を走る中村川を渡り、元町へやってきた。元町の商店街とは反対側の少し、奥まった路地裏に小さな暖簾を出す店があった。


「おでんの店だ。」

「良い雰囲気だな。」

「常連しか受け付けない女将1人でやってるよ。」


中に入るとカウンターが7席ぐらいしかなく、本当に小さな店だった。和装した自分たちと同じ年齢ぐらいの女性がカウンターの中にいる。


「あら、島岡さんいらっしゃい。」

「こんな状況なのに開けててくれて助かったよ。」

「あっち側はね。元町は今日も落ち着いてるわよ。」

「そうか。あ、こっちは、中学の同級生で柳原。」

「はじめまして。片岡美奈です。」

「はじめまして。柳原です。」


2人が入ってきて注文すると、またお客さんが入ってきた。あっという間にお店は満員になり、賑やかになった。


「どうだ。美味いだろ?」

「ああ、おでんなんて久々に食べたよ。冬のおでんは特に染みるな。」

「まだ35歳そこそこでオヤジくせーぞ。」

「確かにな。そういや、昔、中学の時にもこんなことあったっけな。」

「あったか、そんなこと?」

「ああ。冬の寒い日にうちの側の土手で夜遅くまで5人で語り合って、その中で星野がカップ麺食おうぜって言い出してさ。コンビニで、買ってお湯入れてみんなで寒空のもと、またわざわざ土手に戻って食うっていう。」

「ああ、あったな。」

「それで、ヤナちゃんがこの寒い中で食べるカップ麺は染みるなって言ったんだよ。」

「そっか。すっかり忘れてたな。」

「あの頃はあんな些細なことが楽しくてたまらなかったな。」

「今考えるとしょうもないことしてんだけど、それがすごく楽しくて幸せだったんだよな。」

「あんなことがあるまではな。」

「そう。まさか、粟生野との因縁があそこで生まれるとはな。」


柳原も島岡も、その当時のことを思い出していた。彼らとテロリスト粟生野は、今から20年前、中学時代に遡る。


柳原や、島岡が中学時代を共に過ごしたのは、東京の下町と呼ばれる地域。荒川沿いの街で、生まれた時から天高く首都高速がそのそびえ立つ光景が見える街。都心にも30分程度でアクセス出来る街。

その後、今までを共にすることになる仲間、彼らは中学2年生の時に同じクラスになる。柳原、島岡の他に、徳島友之、星野公園、青松慎一という男5人が仲間だった。何をするにも一緒に過ごすようになり、それぞれ、部活動もしていなかったことから、放課後も共に過ごす時間が増えていった。主に、柳原の自宅に集まり、ゲームをしたり語り合ったり、何かと楽しいものを見つけて常に遊んでいた。やがて、少しずつ遠出もするようになった。とはいえ、お小遣いがそんなに多くあるわけではなかったので、主に移動は自転車だった。とにかく色んなところへ自転車で行った。

2003年夏。夏休みに入り、彼らは相変わらず自転車で様々なところへ遊びに出掛けていた。その日は朝から30度を超える暑い1日だった。しかし、暑さにも負けず、彼らは荒川沿いを自転車で下り、そこから首都高湾岸線沿いを進み、お台場までやってきていた。目指すはレインボーブリッジだった。1993年に開通し、2層構造の橋になっており、上が首都高速、下が一般道となっている。正式名称は、東京港連絡橋。橋桁の高さは52mもある大きな吊り橋である。彼らは、自転車でそのレインボーブリッジへやってきた。


「着いたな!」

「ああ、着いたぞ。レインボーブリッジ!」


5人は、自転車を止めて、橋を歩いて渡ることにした。一般道横には、歩行者用の通路もあり、歩いて渡ることも出来る橋である。ここまで来たことへの達成感から彼らは馬鹿騒ぎしながら橋を渡っていた。ちょうど、橋の中央までやってきた時、当時、出始めだったカメラ付き携帯電話を持っていた柳原が5人で撮影もした。そんな時だった。大きな轟音が鳴り響いた。


「おい、なんだ?!なんか、すごい音だぞ。」


島岡が言った。すると、2回目の轟音が鳴った。その音と共に黒い煙が上がってきた。そして、橋が揺れ出した。


「な、なんだ?!地震か?!」

「ちがう!!爆発だ!」


青松が欄干から下を見る。レインボーブリッジの橋桁のところで黒煙が上がっているのが見える。そして、爆発は続いていた。


「まずいぞ!とにかく逃げろ!!」


5人は急いで元来た道を走る。しかし、爆発したせいで、黒煙がせまってきており、戻れなくなっていた。


「だめだ!反対側に逃げよう!!」


徳島が大きな声で言った。そして、5人は反対側へ向かって全力疾走した。道路を走っている車も引き返して、急いで逃げ始めている。


お台場と反対側の芝浦側の出口まで近づいた。5人は汗だくだった。そして、芝浦側の出口へ到着した。あとはエレベーターで下に降りるだけだった。エレベーターの扉が開くと、夏なのにしっかりとスーツを着て、サングラスを付けた人物が出てきた。そして、突然、胸元から拳銃を取り出して5人めがけて発泡してきたのだ。


「な、なんだ!」

「貴様ら、なぜ、こんなとこにいる。」

「お、お前は誰だ!!」

「君たちが知る必要はない。」

「もしかして、お前がこの爆発を?!」

「ふふふ。そうだよ。すごいショーだろ。こんな素晴らしいショーに立ち会えて光栄だな。」

「最低だな。こいつ。」

「さ、早く逃げたまえ。あと3分もすれば崩壊するだろう。」

「ちくしょう!みんな、逃げるぞ!」

「若造共、逃げろ逃げろ。そうやって、目の前の出来事から逃げまくれ。この国にはそんなくだらない人間ばかりになったから弱体化したんだ。怠惰なこの世の中を変えてやるよ。」

「お前の名前は?」

「粟生野、粟生野極だ。忘れるな。」


5人は、そうして、レインボーブリッジから逃げた。その後、レインボーブリッジは大きな音と共に、海の中へと崩壊したのだった。その後、犯行声明がマスコミに送られ、この件は、爆発テロとわかり、日本のニュースを大きく賑わせた。テロを起こしたのは「銀の羽」と名乗った。レインボーブリッジ崩壊は、当時、東京都が推進していた臨海副都心で計画していた東京海洋万博中止を目的とした攻撃ということだった。東京海洋万博には、多額の税金が投入されているにも関わらず、工事が予定通りに進まず、開催が延期されていたのだった。しかし、当時、中学生だった5人はそんな政治的事情は知らず、ただただ、テロ事件を目の当たりにし、その犯人と対峙したことが衝撃的な出来事だった。そして、テロリスト粟生野とこの5人はこの事件をきっかけにこの後、様々な事件で対峙していくことになるのだった。


そんな過去の出来事を思い出した柳原と島岡。


「あの最初のテロ、レインボーブリッジの出来事から20年か。」

「ほんと、あっという間だな。しかも、粟生野を倒すために、それぞれがそういう仕事につくことになるとはな。」

「ほんとにな。どんだけ、奴に振り回されてるんだか。」

「ヤナちゃん、もういい加減、あいつに振り回されたくないよな。」

「ああ。だからこそ、ここで捕まえるしかない。もう後はない。ここでなんとしても捕まえる。」

「そうだな。とにかく捕まえよう。」


柳原と島岡は、そう話すと、お猪口に残った日本酒を一気に飲み干した。


横浜みなとみらいの爆発テロ事件から1週間後、マスコミ各社に犯行声明文が送られてきた。やはり首謀したのは、警察庁が特定するテロ集団「銀の羽」であった。首謀者は粟生野極。みなとみらいに建設予定だった国立AI知能研究センターの破壊が目的だった。


柳原は、その犯行声明文を読んでいた。しかし、あの謎のゴンドラについては全く書かれていない。


「内田、どう思う。」

「あの例のゴンドラについては全く触れられていないですね。」

「そうなんだよな。結局、あのゴンドラの意味や血痕の謎も解けていないな。」

「不明なことだらけなんですよね。」


席に座ったまま、柳原は上を向いた。何もかもが謎のままだった。そして、現場へもう一度、行ってみることにした。電車を乗り継ぎ、桜木町駅に到着した。駅前はあの日からすっかり綺麗になっており、平穏を取り戻している感じであった。しかし、よく見ると、割れた窓ガラスのところにダンボールが付けられていたりとまだ惨劇の痕跡はいたるところに残っている。そして、あの崩壊した観覧車は、半分以上が撤去されていた。まだ現場近くは立ち入り禁止となっていたが、ランドマーク側から入れば、近くまで進むことは出来た。柳原は、現場をぐるっと回りながら、事件の内容を振り返る。

そういえば、国立AI知能研究センターの破壊が目的だったということだったが、その建設地をまだ見ていなかった。その場所へ向かってみる。観覧車のすぐそば、運河に面した場所にその建設予定地があった。既に半分以上、建設が進んでいた。あの爆発で被害は大きかったようで建物は崩れていた。ふと、その現場を眺めていると工事用の柵が目に入る。そこには大きく「菊井建設」と書かれている。菊井建設といえば、かつての菊井財閥を発端とする菊井グループの一旦を担う大手企業である。


「待てよ。菊井建設って確か...。」


柳原はスマホを取り出し、アドレス帳を探る。そして、電話をかけてみる。2コールで電話に出た。


「星野、元気か。」

「ヤナちゃん。久々じゃん。」

「久しぶりだな。実は急なんだけどちょっと飲みにいかないか。」

「ずいぶん、急だね。もしかして、例の横浜の事件の話かな?」

「さすがだな。その話だ。」

「わかった。今夜は別件があるから、明日の夜はどう?夕方6時頃には取引先との打ち合わせが新橋で終わるからそのぐらいの時間でどう?」

「わかった。じゃあ、その時間ぐらいに新橋で。店はまたメッセージで送るよ。」


中学時代の5人の1人、星野公園が、菊井建設の営業部長をしているのを思い出したのだった。柳原は、今度は島岡に連絡をした。島岡にも同席してもらった方が何かと有益な情報を得られる可能性があったことと、久々の再会もしたかったこともあった。


翌日、新橋駅前のSL広場で柳原と島岡は合流した。星野は少し打ち合わせが長引いているとのことで、店に直接来るとのことだった。

新橋駅から少し歩き、日比谷通りを越えた内幸町にある小料理屋に入った。


「こんばんは。」

「柳原さん、いらっしゃい。予約席2階です。どうぞ。」

「ありがとう。」


柳原がいつも使う〝小料理 楓〟にやってきた。


「ヤナちゃんも隅におけないね。あんな美人女将のいるお店知ってるなんてな。」

「あのママは人妻だよ。手を出したら犯罪になるわ。」

「なんだ。残念。」

「何を期待してんだよ。つか、島岡は仲良くやってんのか?奥さんと。」

「相変わらずね。子供ももうすぐ6歳になるから小学校入学準備で色々大変だよ。」

「そうか、もう6歳か。」

「ヤナちゃんこそ、どうなんよ。」

「うちも相変わらずだな。子供はいないけど、結婚してもう10年以上だからね。」

「そうか。俺らの中で結婚してないのは青松だけか。」

「あいつは色々あったからな。」

「そうだな。」


検察庁にいる青松慎一は、仲間の中では特にPCが得意で、中学時代から自作のアプリを作ったりしていた。一方で、青松は恋愛経験も多かった。そして23歳の時に結婚を約束した相手がいた。柳原や島岡にも紹介され、みんなが祝福していた。しかし、その相手はその後、病気になりこの世を去ってしまう。青松はその出来事以来、しばらくの間は恋愛をすることもなく、ただただ仕事に没頭した。そして、少しずつ恋愛もするようになっていたが、長続きはしなかった。仲間の中で唯一結婚をしていない理由がそれだ。


「ご無沙汰。」


そんな話をしていると、星野がやってきた。


「おお!星野。元気だったか。すっかり老けたな。」

「うるせーよ。」

「少し、太ったんじゃないか?」

「うるせーよ。」


星野は、中学時代から頭が良く、勤勉家だった。官僚も夢ではなかったが、建築学を学び、その後、大学卒業と共に建設大手の菊井建設に入社したのだった。25歳の時に結婚し、二児の父でもある。3人は久々の再会で近況報告などをしあった。


「星野、本題だ。」


柳原が切り出した。


「この間、みなとみらいで起きた観覧車の爆破事件、犯行声明が銀の羽からあって、国立AI知能研究センターの破壊が目的だったとのことだった。その国立AI知能研究センターの建設を請け負っていたのが菊井建設だった。菊井といえば、星野だ。」

「それで久々に連絡をくれたってわけだな。でもあの事件、神奈川だろ?県警の島岡が担当してるのはわかるけど、なんで警視庁のヤナちゃんが?」

「粟生野の仕業だからだ。」

「粟生野か。あのテロリスト、まだ生きてんのか。」

「ああ。今度こそ、今度こそ、捕まえてやる。」

「そうか。菊井建設は、確かに国立AI知能研究センターの建設を請け負ったよ。」


それから星野は、その詳細を話してくれた。国立AI知能研究センターの建設が決まったのは2018年頃だった。デジタル庁推進の元、政府が立てたデジタルイノベーション戦略の一貫で、このAIを研究する施設を国立で建設することが決まった。菊井建設では、こうした情報を取り扱う施設の建設を過去にも行ってきており、デジタル庁からこの件の入札情報が出された際に、すぐに手をあげたとのことだった。競合には大手建設会社4社が入札していたが、入札金額の一番安く、建設実績もある菊井建設が選ばれたということだった。


「もちろん、談合なんてしてないぞ。この時代に談合なんてしたってすぐバレるからね。」


膨大なサーバーの設置も必要になり、かつ、情報機密を取り扱う施設になることから、当初、横浜にある米軍施設の返還予定地への建設を計画していた。しかし、返還予定が先延ばしになっており、建設着工が未定になってしまったことから、代替地が必要となった。そこで、みなとみらいにある国有地が候補にあがった。しかし、この国有地には、既に大手ホテルチェーン「ブリーズホテル」が入札をしており、購入がほぼ決まりかけていた。その入札を急遽取り下げ、建設地が決定したとのことだった。


「星野、そのブリーズホテルは、国が急遽、入札を取り下げたことで何もなかったのか。」

「いやいや、それが大変だったんだよ。ブリーズホテルは入札に向けて既に何度も説明をした上で申請資料もきちんと揃えて提出済みだったんだ。だからこそ、納得できないということで、訴訟を起こしたんだ。それは菊井建設も標的になってね。国と菊井建設の両方に対して訴訟を起こしたんだよ。」

「そうだったのか。決着は?」

「それがな...ここからはマジでオフレコだぞ。去年の夏に急に和解提案があったんだ。」

「和解?」

「ああ。それで、国と菊井建設が契約無効となったまでの経費等も含め、それぞれ賠償金を1億円ずつ支払うことで決着したんだよ。」

「そうか。確かに急だし、なんだか変だな。」

「そう。変なんだ。それぞれ1億だから合計2億って金額も微妙でね。あの土地をもしも購入していたら10億近い金額になるはずだったんだ。既に5億近くは動いていたはずだから、和解金としては安すぎるんだ。」

「なぜ、2億だったんだ。」

「なあ、星野。ブリーズホテルってどんな会社なんだ?」

「ブリーズホテルは、歴史は結構古くて、60年ほど前に大阪で立ち上がった日本第一ホテルが源流らしい。当時、大阪をはじめ、関西エリアに10軒ぐらいのチェーンでやっていたんだけど、つい2018年に外資系ホテルのワールドブリーズグループに買収されている。そこからブリーズホテルに名称を変更して、日本第一ホテルも順次名称を変えて行ったということだ。」

「ワールドブリーズグループ...。」

「島岡、何か気になるか?」

「いや、どっかで聞いた名前だなって。」

「県警だから建設の話の中で聞いたんじゃないか?」

「ああ、そうかもしれない。でも、違うな。なんだっけな。」


島岡はそれから黙ってしまった。どこで聞いたのかを思い出しているようだった。


「星野、和解してすぐに建設は動き出したってことか。」

「うん、和解が成立したのが去年の10月。それを合図に建設計画がすぐに動き出して、既に半分近く進んでいたんだ。」

「そうか。それで、聞きづらいんだが、星野はこの計画にがっつり関わっていたのか。いや、関わってたんだよな。だからこそ、ここまで詳しく知ってるんだもんな。」

「関わってたどころじゃないよ。営業本部長だからね。この案件の筆頭担当がこの俺だ。」

「つまり訴訟相手も。」

「ああ。俺がその担当さ。」

「そうだったのか。とにかく大変だったな。」


島岡が、ビールを飲み干した。そして、


「わるい、俺、帰るわ。奥さんからメッセージ来て、なんか体調良くないみたいで。」

「そうか。じゃ、すぐに帰ってやれよ。」

「うん、またゆっくりな。」


そういうと、島岡は急いで出て行った。柳原はその姿を見て、また何かが引っかかった。それから、星野としばらく話、終電が近くなったところで、店をあとにした。JRで帰る星野と新橋の駅前でわかれ、柳原は、もう1軒寄っていくことにした。その間に、島岡に電話をしてみた。島岡はすぐに電話に出た。


「島岡、奥さんの体調はどうだ?」

「ヤナちゃん、わかってるくせに。」

「ワールドブリーズグループを聞いたこと、思い出したんだろ。しかも、それは菊井建設にいる星野に聞かれたらまずい相手。」

「さすがだな。聞いた相手は徳島だよ。弁護士だろ、あいつ。去年、あいつと会った時に話してたんだ。今、ワールドブリーズグループの顧問弁護士してるんだって。」

「つまり、今回の訴訟にも関わっていたと。」

「そうだ。」

「でも、それなら、星野は知ってるはずだよな。相手の弁護士の名前だって、徳島友之って聞けばすぐにわかるはずだよな。」

「そうなんだ。つまり、星野はさっきの話、そこの部分だけ隠していたんだ。」

「和解提案をしたのも徳島がしたのか。」

「そういうことになるな。」

「島岡、徳島の方、お願いしても良いか?俺は星野と菊井建設をもう少し調べてみる。」

「もちろんだ。」


柳原は、銀座にある行きつけのバーへ入った。カウンターに座り、事件のことを整理してみることにした。


2018年:

・横浜みなとみらいの国有地にワールドブリーズグループが10億円で入札

・国立AI知能研究センターの建設計画決定、菊井建設が落札

・建設予定地での建設が不可となり、政府主導で代替地を探す

・横浜みなとみらいの国有地を有力候補地として選定

・横浜みなとみらいの国有地の入札を所管省庁の財務省が急遽取り下げる

・ワールドブリーズグループが訴訟→国と菊井建設

2022年

・8月頃にワールドブリーズグループが急な和解提案(和解金は国1億円と菊井建設1億円)

・10月頃に和解成立、菊井建設が国立AI知能研究センターの建設開始

・11月に粟生野が来日→成田空港で爆破事件

2023年

・12月に粟生野がみなとみらいで爆破テロを起こす→国立AI知能研究センターの破壊


時系列にするとこんな感じになる。そして、ワールドブリーズグループの顧問弁護士が徳島、菊井建設の国立AI知能研究センター担当が星野だった。つまり2人はお互いに知っていたはず。知らないはずがない。しかし、星野はさっきの飲み会でその部分だけ、全く話さなかった。

待てよ、確か最近、そんなことがあったような...。そうだ。粟生野の犯行声明だ。奴の犯行声明では、観覧車爆発のことに触れたが、謎のゴンドラについては触れていなかった。しかし、国立AI知能研究センターの破壊が目的だったことは声明で判明している。なんだ、この繋がりそうで繋がらないピースがある話は。謎のゴンドラ。あのゴンドラが一体、どこから来たもので、誰が置いて行ったのか。そして、残っていた血痕は誰のものなのか。それが全てのピースを繋ぐような気がする。そして、ワールドブリーズグループが急に提案した和解と、その和解金額の2億円。そのピースも必要だ。そこは、島岡が調べてくれるだろう。俺は、とにかくあの謎のゴンドラについてもう一度調べてみよう。話はそれからだ。


 柳原は、翌日、ゴンドラが保管されている神奈川県警の倉庫へ向かった。立ち会い警察官と一緒に、倉庫の奥へと向かう。青いブルーシートをかけられたゴンドラが置いてあった。柳原は、立ち会い警察官に一言かけて、中の捜索をはじめた。血痕は、ゴンドラの片方のシートの後方についていた。シートのしたの暖房が設置されている部分を開けてみた。埃はかぶっているものの、特に変わった点はなかった。今度は反対側を開けてみる。こちらも特に変わった点はない。柳原はそれ以外の場所もくまなく確認する。外側も見てみる。塗装が剥がれてしまっているが、よく確認してみると塗装の輪郭が見えてきた。柳原はそれをイラストに描き起こす。写真も撮影をしていく。最後にゴンドラの上部を確認する。脚立を持ってきてもらい、上からも確認する。接続部がかなり錆びているのがわかった。おそらく長い間使用されていないものであることは間違いなさそうである。つまり、このゴンドラは、現役のものではない。やはり、どこか別の場所から持ち込まれたものである可能性が高い。


そうこうしていると、柳原のスマホが鳴った。着信は、内田からだった。


「柳原さん、県警から妙な知らせです。」

「妙な知らせ?」

「みなとみらいの爆発に巻き込まれて死亡した方の検死が進んでいるのですが、その中に1名、爆発の外傷とは違う傷を負った遺体があるそうです。どうやら、刃物で刺されたような痕跡があるそうで。例のゴンドラのそばで見つかったそうです。今、どこにいますか?」

「そうか。今、ちょうど、県警の倉庫で例のゴンドラを改めて調べてる。」

「そうですか。僕もそちらに行きますので、合流して県警科捜研に行きましょう。」

「了解。じゃあ、調べながらここで待ってる。」


柳原は、電話を切り、しばらく考え込んだ。やはり、ゴンドラで何かがあったことは間違いない。そして、その被害者は、あの爆発テロに紛れ込ませて遺棄されていた。それは、粟生野がしたことなのか。それとも、粟生野が起こしたテロとは全く繋がりなく、たまたま2つの事件が結びついただけなのか。いや、その事件を隠すために粟生野に頼んでテロを起こさせた。そうとも考えられる。だとしたら、被害者は相当な相手だということになる。まだまだ謎が多すぎるな。


それからしばらく柳原は、またゴンドラを確認してみたが、特段、変わった点は見つからなかった。そうこうしているうちに、東京から内田が到着した。2人で、県警本部へ向かい、島岡と合流して、県警科捜研へ向かった。科捜研の担当者は高田と名乗った。


「こちらなんです。ご覧いただければわかるようにここに刺し傷があります。」

「これは、手術痕とかではない?」

「ええ。検死の結果、刺されてから間もない傷ということがわかっています。」

「刃物の種類は?」

「遺体が爆発の影響もあって焼けてしまっているのでそこまではさすがにわからないですね。ただ...」

「ただ?」

「おそらくこの仏さんは、刺された外傷で既に死亡しており、その後、爆発に巻き込まれています。」

「つまり、爆発の前に既に死んだ状態で放置されていたと。」

「おそらくそうでしょう。」

「なるほど。」


やはり、爆発テロの前にこの遺体は既に死亡していた。外傷ということから、殺人で間違いないだろう。テロの直前に殺人があったということだ。おそらく、あのゴンドラの中で殺害され、なんらかの方法で、爆発に紛れ込ませて遺体を遺棄した。この爆発テロが観覧車を標的に起きていることから間違いなく2つの事件は関連している。


待てよ。つまり、この殺人事件が先に計画され、それを隠すためにあのテロが計画された。粟生野はテロリストであり、誰か1人を標的にした殺人は起こさない。彼にはそんなことをするメリットがないからだ。ということは、殺人には、粟生野とは別に犯人がいる。そして、その犯人は、粟生野と何らかの形で繋がっており、粟生野に依頼してあのテロを起こした。そう考えると辻褄が少しずつ合ってくる。そして、その殺人犯は、あの国立AI知能研究センター建設事業に関わる誰かである。被害者もまたそれに関係した人物。


柳原は、ここまでのことを総括して、推理を立てた。警視庁へ戻り、内田と飯田にその推理を話した。


「柳原さん、さすがですね。」

「いやいや。あくまでも推論に過ぎない。まだ全てのピースが揃ったわけでもないし。」

「柳原さん、私、その例のゴンドラがどこから持ち込まれたものなのか、探してみようと思います。」

「うん、飯田、頼む。内田は、俺と一緒にもう少し、この国立AI知能研究センター建設事業に関して探ってみよう。」

「わかりました。」


柳原は、その後、日垣課長にも現状を報告した。日垣課長は、柳原の話をゆっくりと聞いた。柳原が話し終えると、日垣課長はゆっくりと口を開いた。


「なるほどな。つまり2つの事件が絡み合っておきたわけか。柳原、仮定の話として、もう一つの可能性も追加して欲しい。」

「なんでしょうか。」

「粟生野がもう既に何らかの事情によって死んでいて、1人の人物が粟生野やテロリスト集団銀の羽の名を語って、起こした事件という可能性だ。」

「なるほど。課長の推論も一理ありますね。あの犯行声明も本物かどうかなんてわからないですからね。日本に入国して1年以上も潜伏していた粟生野がこのタイミングでなぜ急に表舞台に出てきたのかも謎ですし。」


柳原は日垣課長の話を元に、様々な仮説をもとに捜査を進めていくことにした。

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