プロローグ

2022年11月、東京。目まぐるしく情勢が変わりゆく世界に日本も取り残されないように必至になっている。いつの日かの高度成長期を経て、訪れた「先進国」と呼ばれた国は既にもう過去の栄光なのかもしれない。


 警視庁公安部公安二課に所属する柳原は、その日、成田空港にいた。中東から要注意とされる人物の入国予定情報があったためである。その要注意人物は、2003年に中東にあるアリアシナ共和国の首都、リシナで街一帯を破壊する巨大なテロを起こした人物とされている。そのテロは、中東地域での戦争を引き起こす一端となり、米国などが参戦する中東衝突の引き金になった。そのテロを首謀したのは、粟生野 極(あおの きょく)という日本人であることがわかっている。その粟生野が、アリアシナ共和国を出国し、アラブの空港を経由して日本へ入国するとの情報が公安にあった。


柳原は、バディを組む内田ら、柳原班20名と共に、成田空港へやってきた。乗っている航空機は、カイファハールカ航空322便。ドバイから来る成田へのカイファハールカ航空便は、1日1便である。つまりこの便しかない。柳原は、空港の大きな窓から今、滑走路へ着陸したその航空機を見つめていた。粟生野の逮捕は、警視庁のみならず日本国としての威厳がかかったものである。なんとしても確保する必要がある。航空機は、ターミナルへと近づいてきた。64番ゲートの前に止まり、ボーディング・ブリッジが装着される。すぐに課員数名がそのボーディング・ブリッジへ潜入する。紛れ込めるように予め、航空会社の制服を着用しているため、一般客には見分けがつかないだろう。粟生野の顔は既に米国CIAから提供された情報によりつかめている。使用されている航空機のエアバス350には、およそ350名の乗客がいる。見逃さないように一人一人、入念にチェックする。別の班が、空港の警備室で防犯カメラのチェックもしている。今のところ、粟生野らしき人物は見つからない。柳原は、無線から聞こえてくる各所の情報に集中する。一方、目の前には続々と航空機から降りてくる乗客がいる。その一人一人を見逃さないようにチェックする。

すると、ボーディング・ブリッジにいる課員から無線が入った。


「航空機入り口より、マル秘らしき人物の姿確認。ボーディング・ブリッジを出口方向へ向かう。」


柳原は、内田と共に、ボーディング・ブリッジからターミナルへ繋がる出口に構えた。


「マル秘、ボーディング・ブリッジからターミナル64番ゲートへ入る。」


無線を聞いて、柳原と内田は、構える。すると、黒いスーツに黒皮の手袋で、黒い革鞄を持ち、サングラスをかけた人物が目の前を通り過ぎた。内田がすぐに無線を入れる。


「マル秘、64番ゲートで確認。到着ターミナル出口方向へ直進。追います。」


柳原と内田は、その男を追う。男は急ぐ様子もなく、到着ターミナル出口方向へと歩みを進める。入国審査ゲートへ。その先には、別の課員が待ち受ける。


すると、その男は黒皮のバックからタバコサイズの四角い箱を取り出した。そして、それを静かに床に置く。その瞬間だった。大きな音と共に、突然の暗闇がやってきた。急に火が出て、鈍い音と共にガラスの破片がスローモーションで闇に降りそそいだのだ。一瞬何が起こったのかわからなかった。


ようやくその現場の混乱の音が聞こえるようになった。入国審査ゲートはその爆発で、倒れている人もいればうずくまる人、悲鳴をあげる人、とにかく大混乱になっていた。壁や天井、審査用のゲートなどが崩れており、それが破片となって降り注いでくる。柳原は、それをよけながら、あの男の姿を追う。しかし、煙と人々の混乱でその姿を追うどころではなかった。


「内田!内田、どこだ!内田!」


すると、柳原のすぐ後ろに、男が立った。腰のあたりに鉄の塊を突き付けられていることがわかる。


「お前、粟生野か。」

「あんたは、公安の人間だな。」

「ああ。」

「航空機のところからずっと追っていたな。」

「さすが、気付いてたんだな。」

「忘れてないからな。お前の顔。よく覚えてるんだ。あの頃から変わってないね。」

「粟生野、これから何をするつもりだ。」

「ふふふ。再びのショータイムのはじまりだ。この国の安全神話が崩壊するぞ。」

「おい!粟生野!」


すると、既にもう粟生野はいなかった。ただただ、混乱するその景色を柳原は呆然と眺めるしかなかった。それが、これから始まる長い長い戦いの最初の1ページだったことを柳原はまだ知る由もなかった。

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