第19話 追憶


エリンの森の件から二日後、アクアから伝えられた一言はソフィリアの喉元にずっとつっかえていた。


『ロータスが出るなら、私は出ない』


アクアとロータスは仲睦むつまじい姉弟であると聞いている。だが、シードに入って以降そのような噂は全く聞くことはなく、むしろ仲が悪いと聞く始末である。一体何がそうさせたのかというのは無論、文献などに載っているはずもなくソフィリアをただ苦しませていた。


「噂は本当だった…ということですね」


ソフィリアは自身の行いを恥じる。そして、幼き頃の苦い思い出が頭を過ぎる。他者を傷つけ、他者に傷つけられ、攻撃性の高い“毒”で自分を守り続けた。

そんな苦い記憶は消そうにも消すことは出来なかった。真っ白い綺麗な布で拭っても拭っても残り続けるのだった。


「アクア様に謝らなくては…」


重い腰を上げ、ドアノブに手をかける。その瞬間、部屋の外からもドアノブに手をかけられドアが開く。

部屋の前に居たのは他の誰でもない万物の神 アクアであった。


「アクア様、どうしてここへ?」


「ちょっと、時間貰えるかしら」


鋭利な眼差しはより磨きがかかっている。否、そこには悲哀の感情に近しいものを感じれる。


「勿論です」


部屋へ促すと、ソフィリア自慢の紅茶を入れ、早速本題へと入った。


「先日のことだけど、あれはあまりにも身勝手すぎたわ。私もまだまだ子供ね」


第一声、アクアらしからぬ発言にソフィリアは驚きを隠せなかった。

気の強いアクアは絶対に自分から折れることはないからである。


「いえ、私の配慮が足りなかったまでです……ロータス様と何か事情があるんですよね」


それとなくアクアに問いかけてみる。

アクアは顔色を変えることなく、口を開いた。


「私とロータスの関係は悪いと言ってしまえば悪いわ、これも全て私のせいよ」


遠い目をしたアクアの記憶を追体験するように話に耳を傾ける。


「私とロータスって血が繋がってないの」


「えぇ!?」


突然の大暴露にまたしても驚きを隠すことが出来なかった。


「まぁ当然の反応ね、ロータスは神の子、私はごくごく普通の天界の民だった。体は貧弱で心も脆くて…とにかく弱い子供だったわ」


続々と出る衝撃の情報に一周まわって冷静なソフィリアにアクアは自嘲気味に笑う。


「ある日、私に万物の力を与えた愚かな神がいたわ。幼子だった私には扱いきれないほどの力、そんな私に周りの人達はどんどん離れていって…そんな中で助けてくれたのがロータスの家系だった」


「ロータスも幼くして雷の力を手に入れてたけれど、私とは違う天性の才能でその力を意のままにしてた。そんな姿を見て、私は小さいながらも悔しさを感じたのを今でも覚えてる」


「気がつけばロータスを嫌って遠ざけてた。私がどれだけ努力をしても、彼には敵うことはたったの一度も無かったわ」


アクアの声音は苦しく、表情は憂悶ゆうもんに満ちていた。

気づけば目からは涙が溢れ始める。


「ロータスは何も悪くないって分かってるのに…私はどうしても彼が憎くて憎くてしょうがない」


アクアは今も自分の殻に閉じこまり続け、劣等感を背負って生きている。

果てしない努力を重ねてもロータスに追いつくことはなかった自分を今も責め続けている。


「私は……」


ソフィリアはそれ以上、言葉を紡ぐことは出来なかった。気づけば口がもり、押し黙ってしまう。

見かねたアクアは微かに笑みを浮かべ、それ以上は何も言わなくていいと遮るように言葉を重ねる。


「いいのよ、“アウロラ”には出るわ」


アクアは立ち上がり、去り際に呟く。


「それで、全部終わらせるから」


ドアが開き、部屋を背にするアクアにソフィリアは止めることは出来なかった。

手をつけられていない紅茶は冷え切っていて、飲むにしては塩気が強かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る