第22話「ばったり昼食会」

「こんなところで何してるの。一人?」

「なにって見ればわかるだろ、買い物だよ買い物。沙希と一緒に来てるんだ。そっちこそどうしたんだよ」

「あー、私はこれ」


 八尋はちょうど持っていたスマホをかざす。

 よく見てみると、いつも使っているスマホと色が違う。


「機種変した?」

「当たり。前使ってたやつが古くなってたから、親にお願いして買い替えてもらったの。今はやること終わって、私だけ別行動中。暇だから適当に歩いてただけなんだけど」


 言いながら、八尋は悠真の両脇に置かれている買い物袋の数に気づき首をかしげる。


「にしてもすごい量ね……何をそんなにいっぱい買ったのよ」

「これは、まあ……あれだ、生活用品とか春服をちょっとな」

「ふーん……」


 挙動不審気味の悠真を見て、八尋は目を細める。

 買い物袋を穴があくんじゃないかと思うくらいじーっと見つめながら、中身を推理している様子だ。

 悠真は努めて自然に、隠すように買い物袋を八尋に見られないように遠ざける。

 ……ま、まずい。中を見られたら沙希のじゃないって一発でバレてしまう!

 フィルフィーネのことを隠すために誤魔化したが、かえって裏目に出てしまったか。

 フィルフィーネの存在が八尋にバレてしまうのは非常にマズい。

 悠真はどうにかこの場を切り抜ける方法がないかと考える。

 すると――。


「お兄ちゃーん、こっちとこっちの下着どっちが好みー……って、あれ八尋さん?」


 間が悪いことこのうえない。

 下着売り場から商品を持ってやってきた沙希を見て、八尋の顔はみるみるうちに赤くなっていった。


「悠真、あんた自分の妹になんて羞恥プレイを……!」

「語弊がある言い方はやめろ! なにを想像してんだ!」

「自分好みの下着を妹に履かせる変態」

「詳しく話せとは言ってない!」


 二人が口論していると、さらに足音がもう一つ近づいてくる。


「サキ、さっきの二つはやっぱり大胆すぎるからこっちの大人しいやつが……あら?」


 フィルフィーネが追加で商品を手にしてやって来てしまった。


「……だ、だれ、この美人さん?」

「はあー、もう知らねえ……」


 悠真は天井を仰ぎ見て、全てを諦めるようにソファに体を投げた。


  †


 あっさりフィルフィーネのことがバレてしまった悠真は、八尋を昼食に誘うことにした。

 ……このままなんの説明もせずに帰したら、学校で何を言いふらされるかわかったもんじゃない。健児や仁の耳に入ったらもっとややこしいことになるだろうし、ひとまず異世界のことは隠し通すとして、八尋には無難な説明をして納得してもらわないと。

 テーブルに荷物を置き、自然と八尋が悠真の隣に座った。対面に沙希とフィルフィーネが座る。

 悠真はフードコートまでの道すがら、フィルフィーネをどう紹介するか頭の中で何度もシミュレーションしていた。

 やはりホームステイが打倒なところか、などと考えながらいざテーブルについて話を切り出そうとしたとき、誰よりも真っ先に口を開いてしまった人物がいた。

 ――沙希である。


「フィーちゃんはね、異世界からやってきたんだよ!」


 悠真はコントのように椅子から転げ落ちた。

 ……またお前は……!

 友人の偉業を自分のことのように言いふらすテンションで話す沙希は、それはそれは楽しそうに話を広げていく。

 八尋は最初、沙希のいつもの異世界トークかと思って話を聞いていたが、話を聞いているうちに段々と真実味が増していったようで、フィルフィーネのことを徐々に信用し始めていた。


「本当にあるのね、異世界なんて……」

「そんなあっさり信じられるのか?」

「いや完全に信じてるワケじゃないけど、沙希ちゃんが嘘を言ってるとも思えないし、それに……」

「あーん。……んーっ、このパンも美味しいわね。お肉と野菜もいいけど、特にこの濃厚で甘いソースが一番好き」


 フィルフィーネは美味しそうにハンバーガーを頬張っている。口の周りにはソースが付いているが、気にする素振りもなく黙々とハンバーガーを食べ進めている。


「フィーちゃん、口の周りにソース付いてるよ。拭いてあげるからこっち向いて」

「ん……。ありがと、サキ」


 二人の様子を見ながら、八尋がやさしく話す。


「なんだかフィーネさん、外見に対してちょっと幼い感じがするっていうか、ちょっとどこか浮いてるような感じがするのよね。異世界のことを抜きにしても、不思議な人だなーとは思っちゃうわよ」


 ……それは、なんとなくわかる気がする。

 思い返してみれば、フィルフィーネは買い物中もその前も、この世界で見るもの全てをただ純粋に楽しんでいるように見えた。

 昨日の戦っている姿とのギャップが激しく、無邪気に笑うフィルフィーネを見ていると、どちらが素の彼女なのかわからなくなる。

 悠真とは出会い方が出会い方なだけに、フィルフィーネに対する印象が沙希や八尋とは違うのかもしれない。

 しかし、悪いことでもないだろうと悠真は思う。

 ……フィーネの人となりがどうであれ、今こうして一緒に笑っていられるのであれば、それでいいだろ。


「……そのうちもっと詳しく聞かせてもらうとするさ」

「なんか言った?」

「いいや、なんでもない。ミステリアスで美人だよなーって改めて思っただけだ」

「…………んっ」

「痛い痛い。無言で肩パンするなって。あ、おい俺のポテト取んな!。自分のがあるだろうが!」

「もう食べちゃったもん。いいじゃないちょっとぐらい。ケチな男はモテないわよ」

「お前が言うなよ⁉」


 ポテトを奪い返さんと悠真が身を乗り出す。

 わーわー言い合いながらも、息の合ったコント――もとい、会話劇を繰り広げるふたり。

 ハンバーガーを食べ終えたフィルフィーネが手を拭きながら、


「ユーマとヤヒロって恋人同士なの?」


 と素朴な疑問を口にしてしまい、悠真と八尋は同時に椅子から腰を浮かせて声を張り上げた。


「「そんなわけないだろ(でしょ)!!」」


 勢いに気圧されたフィルフィーネが、「そ、そうなんだ……」と縮こまりながら呟いた。

 悠真はため息をついてから、八尋との馴れ初めについて話し出した。


「八尋とは付き合いが長いんだ。昔から距離感というか、気づかいというか、そういうのあんまり気にしないんだよ、お互いに」

「初めて会ったのが小学生のときだったっけど、仲良くなったのは中学に上がってからなのよね」

「あ、懐かしいー。私が八尋さんと友達になったのもその頃だよね。たしか、お兄ちゃんが私に告白してきた先輩を殴っちゃったときだっけ?」

「そうそう。沙希ちゃんが上級生の男子に声かけられてて、こいつ沙希ちゃんが手出されてると勘違いして全速力で飛んで行って――そのまま上級生のこと思いっきり殴り飛ばしちゃったのよねー」


 にやにやと笑う八尋の視線。

 悠真はそっぽ向いたまま、「嫌なこと思い出させるなよ」と口をへの字に結んだ。


「へぇ……、ユーマって意外と乱暴なのね」

「あっ、あれは仕方ないというか勢いでだな……。というか、フィーネにだけはそんなこと言われたくないんだが」

「私はおしとやかですけど?」

「おしとやかな人間は人ひとり軽々とぶん投げたりしないと思うんだが……」


 悠真の発言に八尋が「なになに、なんの話?」と頭にはてなマークを浮かべていたが、悠真は聞こえない振りをしてストローに口をつける。


「でもあの時のお兄ちゃん、すっごくかっこよかったよ」

「――っげほっ、ごほっ……!」


 不意打ちだった。

 誇らしげな沙希とは対照的に、悠真はバツが悪そうに顔を腕で隠す。


「やーい、照れてやんの」

「うるさい!」


 その反応が余計に八尋のツボにハマったようで、腹を抱えて笑いだした。

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