第13話「お客さまと遅めの夕食を」

「ごめんなさい……重くない?」

「いや全然。むしろ軽くて驚いてるくらい」


 悠真は公園で空腹と魔力切れを同時に起こし、力尽きたフィルフィーネをおんぶしながら歩いていた。

 命を救ってくれた恩人を公園に放置する訳にもいかず、こうして自宅へと連れ帰っている最中なのだ。

 背中に当たる二つの膨らみや、両手から伝わる太ももの柔らかい感触にどうしても反応しそうになるので、フィルフィーネとの会話に集中することでどうにか意識しないようにしていた。


「ふふっ。お世辞でもちょっと嬉しいかな」

「お世辞なんかじゃないさ。いったいどこからあんな力が出てるんだ?」


 言いながら、これは聞いてもいい話なのだろうか、と心配になった。

 魔術師にとって、こういう話は聞かれたくなかったりするのではないだろうかと不安になり、ちらりと背中越しにフィルフィーネの反応をうかがう。


「あはは、私は他の人より体内の魔力の密度が高いみたいでね。身体強化の効率も数倍高いんだ。おかげで昔から周りの魔術師たちからは警戒されっぱなしで――」


 あっけらかんと話す彼女に、心配は杞憂だったかと安堵する悠真。

 けれど同時に、やはり自分は魔術師たちの争いに巻き込まれたのだと再認識させられた。

 アミス、ヴォイドと名乗っていた魔術師たち。そして彼女――フィルフィーネ。

 ……詳しい話を聞くためにも、今は仲良くするべきかな。少なくとも敵ではなさそうだし。

 饒舌じょうぜつに語るフィルフィーネの話を聞きながら――意味は半分も理解できなかったが――歩くこと十数分後。ようやく我が家へと辿り着いた。

 両手が塞がっていては玄関を開けられない。

 そう気づいて、背中のフィルフィーネに声を掛ける。


「フィルフィーネ、ちょっと降り――」

「お兄ちゃんおっかえりー! 遅かっ……た、ね……?」


 バァンっ! と勢いよく開け放たれた玄関から、お出迎えしようと待機していた沙希が飛び出してきた。

 沙希は苦笑いを浮かべる悠真と、その背におぶさったままにっこりと笑うフィルフィーネを交互に見ると、瞳をうるませながらこう言った。


「――っ! お兄ちゃんに、ついに彼女が!」

「違う!」

「あははー。面白い妹さんだねぇ」


 フィルフィーネは悠真の背から降りると一礼し、自己紹介をする。


「はじめまして、サキ。私はフィルフィーネ。よろしくね」

「これはご丁寧にどうも。私は藤代沙希です……って、あれ? お兄ちゃん、私のこと教えてたの?」

「あ、あぁ……ちょっと色々とあってだなぁ……」

「……やっと会えた」

「え?」


 フィルフィーネがぽつりと何かをつぶやいた。

 悠真が振り返ると、フィルフィーネは一瞬だけ、感極まった表情をみせた。

 かと思えば、沙希の前で、まるでどこかの騎士のように仰々しく片膝を付くと、


「私はね、サキ――あなたを守るために、こことは違う世界からやって来たんだよ」


 と言って、沙希の右手を取った。

 沙希は一瞬何を言われたのか理解できなかったが、ある特定のワードにだけ強い反応を示した。


 ――こことは違う世界。


 つまりそれは、『異世界』を指す言葉で……。


「え……えーーーーーーーーーーーっっ⁉」

 

 夜中の住宅地に響き渡るほどの絶叫は、驚愕ではなく、歓喜の叫びだった。

 悠真は一人頭を抱え、大きなため息をついた。


  †


「はぐっ、あむっ、んっ、んぐ……!」

 

 フィルフィーネを自宅へと招き入れた悠真たち藤代家は、彼女と一緒に遅めの夕食を取っていた。

 最初は慎重に食事を口に運んでいたフィルフィーネだったが、すぐに一心不乱に食べ始めた。

 現代料理の美味しさに、頬は緩みっぱなしだった。


「よく食うなぁ……」

「だって……ごくん。とっても美味しいんだもの!」


 沙希が作ってくれていた夕食は、クリームシチューと冷凍しておいた作り置きのハンバーグだ。シチューには大きめに切られた野菜たちがごろりとしており、よく火が通っていて口の中でほろほろと崩れていく。

 フィルフィーネは口に放り込んだジャガイモが予想以上に熱かったらしく、はふはふと悶えながら咀嚼そしゃくしている。


「あふっ、あふっ......! んっ、話には聞いていたけれど、実際にこっちの世界の料理が食べられる日が来るとは、思ってなかったのよね」


 ハンバーグを大きめな一口サイズに切り分けると、豪快に口の中へと放り込む。溢れる肉汁に舌を火傷しそうになりながらも、一緒にご飯を食べる手が止まらない。

 よほどお腹が減っていたのだろう。フィルフィーネは一口食べるごとに、これ以上ないと思えるほど幸せそうな表情で料理を味わっていた。


「でもちょっと驚いた。異世界の人ってはし使いこなせるんだな」

「それは……向こうの世界で教えてもらったの。最初は難しかったけど、慣れると結構便利よね、これ」


 話している間も、フィルフィーネの手が止まることはなかった。気持ちの良い食べっぷりに、沙希はご満悦。にこにこしながらフィルフィーネの食事姿を眺めている。

 悠真が自分の分を半分ほど食べすすめた頃、フィルフィーネは最後のひと口を頬張った。


「……ごくん。はぁー美味しかった! ご馳走様でした」

「お粗末さまです。えへへ、こっちまで嬉しくなる食べっぷりだったよ」

「あはは、ちょっと恥ずかしいけど、サキの料理がどれも美味しかったからよ」

「え〜、そんなことないよぉ〜」


 互いを褒めて照れ合う。

 沙希とフィルフィーネが談笑を続けている横で、急いでご飯をかきこむ悠真。ごちそうさま、と手を合わせてからフィルフィーネの分も合わせて食器を流しへと持っていく。そのまま洗い物をしながら、フィルフィーネに話しかけた。


「――それで、改めて詳しく話を聞かせて欲しいんだけど、いいかな、フィルフィーネ」

「私のことはフィーネでいいよ」

「わかった。なら俺のことも悠真で大丈夫だ」

「ありがと、ユーマ」


 フィルフィーネは満足そうに悠真に笑顔を向ける。


「はいはい! じゃあ私はフィーちゃんって呼んでもいいかな!」

「――――――」


 フィルフィーネは一瞬、とても驚いたような顔をした。


「なんで年下のお前がちゃん付けするんだよ」

「えー、だってとってもかわいい名前だと思ったんだもん。ダメかな?」

「そりゃダメに決まって……って、フィーネ?」


 沙希に妙なあだ名で呼ばれて驚いているのだろう。

 悠真がフォローするように声をかける。


「嫌だったら断っていいからな」

「……え、あ、いや……ごめんなさい、ちょっと驚いただけ。――サキの好きなように呼んでくれていいわ」

「やった! これからよろしくね、フィーちゃん」


 両手を上げて喜ぶ沙希。

 そんな彼女を、フィルフィーネは懐かしむような面持ちで見つめていた。

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