第12話「見習い魔術師」

 公園の外にまで飛ばされてしまうのではないかと錯覚するほどの勢いで、アミスが地面と平行に飛んでいく。

 今まで控えていたヴォイドが動く。投げ飛ばされたアミスの進路上に体を出すと、彼女の体をがっしりと受け止めた。


「平気か、アミス」

「……あぁ。ちっ、無茶苦茶過ぎんだろ、あの怪力女」


 揶揄やゆされた当の本人は、両手をパンパンと払い、ふふんと鼻を鳴らす。


「どんなもんよ」


 ……つ、つよすぎる。

 初めて間近で見る魔術師同士の戦闘。

 人間離れした身体能力から繰り出される技の数々に、悠真は恐怖を覚えながらも、どこか高揚感を抱いていた。

 火球や風の刃が飛び交うような、想像していたファンタジックな戦闘とは全く違う。

 フィジカルにものを言わせたフィルフィーネの戦いっぷりに、悠真は終始驚かされっぱなしだった。

 ……あれ? そういえばフィルフィーネって、魔術使ってなくないか?

 今までにフィルフィーネが見せたのは、人間離れしたパワーとスピード、そして卓越した槍さばき……目立った魔術は何一つ使用していないように見えた。

 魔術を使わずにあの強さだったのか、ともはや驚きを通り越して、少し引いていた。

 悠真がフィルフィーネの傍らへ近寄ると、彼女が振り返り小さく笑った……が、その表情はみるみるうちに青ざめていった。


「あれ……なんか、きもちわる……」


 悠真が心配そうに声をかける。


「だ、大丈夫か……?」

「へ、平気平気……。船酔いしてるみたいな感じというか、 立ってるだけで落ち続けてるみたいな感じ? 思ったより厄介な魔術だったみたい……今頃効いてき……うっ」


 フィルフィーネは口に手を当て吐き気をこらえる。

 《夢幻離宮エフェメラル・パレス》によって乱された感覚が、少しづつフィルフィーネを蝕んでいた。

 体の動かし方をある程度把握したとはいえ、違和感が全て消えるわけではない。地面の上に立っているだけでも、意識と実際の感覚の不和に神経が擦り減っていくのだ。

 フィルフィーネは、少しでも楽な姿勢を取ろうと地面に膝を着いた。

 悠真はその様子を見かねて、フィルフィーネの背中をさすりながら魔力を込める。


「ちょ、ちょっと……何を、してるの?」

「お前にかかってるこの魔術を俺が書き換えてみる。うまくいけば、この魔術を無力化できるかもしれない」

「か、書き換える……? よくわからないけど、本当にそんなことができるのならお願いしたいけれど……」

「いいんだな。よし――それじゃあいくぞ」

「で、でもそんなこと簡単には――」

「――《解析アナライズ》!」


 フィルフィーネが言い終わる前に、悠真は魔術を起動する。


「……。術式を抽出。構築式を分解……ここのベクトルを修正すれば……よしっ!」


 フィルフィーネの周囲を取り巻いていた《夢幻離宮》の術式がバラバラになったあと、新たな文字列に並び替えられて再び収束する。


「――《改編オーバーライト》!」


 一分とかからぬうちに、術式の書き換えは完了した。


「うそ……元に戻ってる。全然なんともない! ちょっとキミ、いったい何をしたの?」

「だから、あいつの魔術の術式を書き換えたんだよ。感覚を乱していた部分の数値を通常と変わらないようにしたんだ。マイナスをプラスにする感じって言えばわかりやすいかな」

 ああでもプラスじゃなくてゼロにするって言った方が正しいか、などとぶつぶつとつぶやく悠真に対し、フィルフィーネは唖然としている。


「そんな複雑なことを、あんな短時間で? ……ていうか、他人の魔術に直接干渉なんてできるの?」

「べつに大したことじゃないさ。魔術そのものを打ち消してるワケじゃないから、術者に魔術を掛け直されると意味がないし、もう一度同じことをやり直さなきゃいけなくなるから、結局のところ、その場しのぎでしかない。むしろ俺は、こんなことしかできない見習い魔術師なんだ」

「こんなことって……」


 ……他人の術式を正確に読み解いて、あっさりと書き換えてしまうような魔術を扱える人間が見習い? でも冗談で言ってるようには見えないし……。

 無知を通り越してもはや破天荒にさえ思えてくる。

 悠真の物言いに、フィルフィーネは開いた口が塞がらない。


「こりゃあとんでもないヤツがいたもんだ」


 二人の話を聞いていたのか、アミスは髪を掻きむしりながら、得心がいったという面持ちで口を開く。


「ただのボウヤかと思ったらそういうことか……。どうりでこっちの召喚が失敗したワケだ」


 一瞬身構える悠真だったが、アミスからは先程までの突き刺さるような敵意がないことに気づいた。

 すでにアミスの手にナイフはない。

 彼女は大きなため息をついてヴォイドの体に寄りかかると、「疲れたー」とその場に座り込んであぐらをかいた。


「あら、あの程度で疲れたの? アミス、あなた働きすぎなんじゃない?」

「誰かさんのせいでな。あーあっ、今日はもう店仕舞いだ。アタシは無駄な残業も割に合わない労働もしない主義なんでな。アンタみたいなバケモンの相手してたら、命がいくつあっても足りやしない」

「……俺は、まだやれる」

「黙ってろヴォイド。お前だって、とっくにエンジン切れてるクセに見栄張るんじゃねぇよ、ったく……」


 アミスがげしげしとヴォイドのすねを殴るが、ヴォイドは困った顔のままピクリとも動かない。

 さきほどまでとは打って変わって、穏やかな様子のふたりに困惑しながらも、ひとまず命の危機が去ったことに安堵する悠真。

 ……しかし、ここからどうすればいいんだ……?

 助けを求めるかのようにフィルフィーネの方を見ると、彼女は槍を小さくして腰に提げたベルトへ収納しているところだった。


「うわ、その槍って大きさを変えられるのか」

「すごいでしょ。師匠にもらった私の自慢の相棒よ」


 フィルフィーネは誇らしそうにそう答えた。

 さて、とフィルフィーネが仕切り直す。


「それじゃあ、話を聞かせてもらいましょうか」

「ふん、アタシたちの持ってる情報なんかたかが知れてるけどな。……で、何が聞きたい?」


 思ったより素直に答えるアミスに、フィルフィーネは眉をひそめた。


「どうして彼を狙ったの?」

「アンタのことだから、もう大体予想がついてんだろ。いちいち説明するのもめんどくせぇ」

「じゃあ質問を変えましょうか。アミスが動いてるってことは、あの人もこの件に関わっていると思っていいのね?」

「…………さぁーてね」


 数秒の間を置いてから、アミスは誤魔化すように言った。

 その口ぶりに、フィルフィーネがため息をつく。

 後ろで話を聞いている悠真には、いったい何の事だかさっぱりわからない。

 けれど、どうやら自分が何かしらの事件に巻き込まれている、ということだけは理解できていた。 

 ――とはいえ、悠真にとっては自身のことよりも重要なことが一つだけあった。


「お前らはなんで沙希を狙ってるんだ?」

「サキ? 知らない名前だねぇ。一体だれのことだか」

「とぼけるなよ。さっきお前が言ったんだろ、『召喚が失敗した』って。お前たちなんだろ。沙希を……俺の妹を狙ってるのは」


 問い詰める悠真に対し、アミスはへらへらと笑ってみせる。


「とぼけてなんかないさ。サキなんて名前、アタシたちは聞かされてないからね。アタシはいつも通り、上から言われた仕事をこなしてるだけだ。聖女の保護のためにボウヤを処分しろってな。それ以上は知らないし興味もないね」


 アミスの発言にはまだ裏がある、と悠真は直感的に思った。

 自分のことを明確に待ち伏せしていたことといい、思わせぶりな発言の数々……何も知らないとは思えない。

 だが、彼女が喋ったところで、何が嘘で何が真実かもわからない。

 ……だったら、聞き方を変えてみるか。

 悠真が別の方向から追求しようとすると、フィルフィーネがこれを制した。

 言いたいことはわかってる、とでも言うように悠真に対しウインクをして、彼の代わりにアミスを問い詰める。


「〈協会〉の目的は聖女の保護のはずでしょ? 本来あなたたちは管轄外のはずじゃない。なのにどうして?」

「そうも言ってられない事情があるってことだよ。〈協会〉が一枚岩じゃないのは、アンタだってよく知ってるだろ」

「それは……」


 アミスの言葉にフィルフィーネは顔を伏せる。

 〈協会〉という組織がどんなものなのかわからない悠真だが、反応から察するにろくでもない奴らの集まりなことだけは察しがついた。


「アンタが何を考えて〈協会〉を抜けてこんなところにいるのか知らないが、アタシたちの邪魔をするってんなら、覚悟しときな。〈協会〉にとって、聖女の存在は絶対だ」


 言い切るアミスに、悠真はつばを飲み込んだ。

 ……つまり、これからもまだ沙希が狙われ続けるってことか……。

 フィルフィーネは大きく息を吐いてから、しっしっと虫を払うように手を振った。


「もういいわ。これ以上聞いても一番欲しい情報は得られそうにないし。あなたたちに貸しを作っておく方が、今後なにかと便利そうだし、さっさと消えてちょうだい」

「あぁ? いいのかよ、そんなヌルいこと言って」

「あなたたちが何度襲ってきたところで対した脅威にはならないもの。それより、あなたみたいなタイプは貸しを作っておくほうがいざって時に使えそうだし。それに……」

「……それに?」

「……アミスは私のこと、ちゃんと名前で呼んでくれるから」

「――――――」


 フィルフィーネは、ほんの少しだけ笑っていた。

 けれどその表情は、どこかとても寂しそうにも見えた。

 ……まったく。あの女が居たら、どんな顔したんだろうかね……。

 アミスはフィルフィーネに対抗するように、わざとらしく大きくため息をついてから、


「あーそうかいそうかい。口が減らねえ女だよホントに。だったら、最後に一つだけ教えてやる」


 よっこらせと立ち上がって、その場から立ち去ろうとフィルフィーネたちに背を向けた。


「〈協会〉は本気だ。アタシら以外にも、複数の魔導師に声が掛かってる。近いうちに、何かどでかいことをやらかすつもりみたいだ。精々気ぃつけるこったな。アンタの強さはぶっ飛んでるが、あんまり調子に乗ってると、足元救われるぜ? はっはっは――!」


 不気味に笑いながらアミスとヴォイドは公園を出て夜闇に消えていった。


「なんだったんだ、いったい……」


 あまりにも情報量が多すぎる。

 悠真はとりあえず、詳しいことは彼女に直接尋ねるほうが早いと思い、


「えっと、フィルフィーネ……さん? ちょっといいかな――」


 と声をかけたが。 


 ――ギュルルルゥ〜……。


 突然、静寂が訪れた夜の公園に謎の音が響き渡った。

 ……なんの音だ?

 異様な音に動揺していると、フィルフィーネが悠真の腕の中に倒れ込んできた。


「お、おいっ、どうかしたのか⁉」


 ……まさか、さっきの戦闘でどこか怪我でもしてたのか⁉

 慌てる悠真は、彼女の体を必死に支えて呼びかけた。

 すると、フィルフィーネがか細い声で、


「お、お腹……減った……」


 と言った。


「…………は?」


 思わず冷めた低い声が出てしまう悠真であった。

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