第4話「異世界召喚という名の災害」

 昼休み。悠真たちは昼食を取るために屋上へと集まっていた。


「「「「異世界召喚?」」」」


 青空の下、四人の言葉が重なった。

 春先の暖かな陽の光が降り注ぐ屋上は、適度に吹きぬける風が心地よい絶好の昼食スポットとなっていた。

 今日はいつもの面子である悠真と健児と仁、八尋やひろに加え、素敵なゲストが一緒だった。


「とても興味深いお話ですね」


 澪依奈れいなが胸の前で手を合わせて微笑んだ。


「異世界って……そんなマンガやアニメみたいなこと、ほんとにあるの?」


 八尋が可愛らしい弁当を食べながら悠真に尋ねる。

 何気に、この弁当は八尋の父親の手作りらしい。

 彩りにと添えられたブロッコリーから、彼女への思いやりが垣間見える。


「本当に異世界かどうかはわからないけど……おかげで朝から沙希の部屋が大荒れで大変だったんだよ」

「なるほど、それで今朝は遅刻ギリギリだったんですね」

「そういうこと……って――」


 悠真は横目でじーっと見ながら、隣に座る人物へ問いかける。


「――なんで鷹嘴たかはしがここに? いつもは学食だろ、お前」

「貸し一つって言ったじゃないですか。たまにはいつもと気分を変えてみようかなと思っただけです。いいですよね?」

「そりゃ、俺は構わないけど。というか、ほとんど事後報告じゃねえか……」


 一緒に昼食を取る程度で返せるんなら安いもんだ、と思いつつ健児と仁に目配せする悠真。


「いいと思うぜ、俺は。鷹嘴と話せる機会なんてめったにないからな」

「俺もだ。誰が一緒でも問題ない」

「ふふ、ありがとうございます、棚町くん、水上くん」


 二人は名前を呼ばれて嬉しそうにへらへらしている。

 ……なんてわかりやすい奴ら。

 澪依奈はどこで買ってきたのかもわからないような、高級そうなお弁当を食べていた。

 鷹嘴家は言うまでもなく大金持ちで、家にはメイドや執事がいると噂されている。澪依奈本人にも専属のお付の人がいるという話だ。

 きっとその人に買って来てもらったんだろう、と悠真は深く考えないことにした。

 そんなことよりも悠真は今、三人掛けのベンチで女子二人に挟まれて座っている状況にガチガチに緊張していた。

 左には八尋、右には澪依奈が座っている。

 あまり大きくないベンチに三人で座っているものだから、肩と肩が触れ合いそうなほど近い。

 ……飯の味がわからん……。

 なお、健児は地べたに座ってパンを頬張っている。

 仁はプロテインバーを食べながらスクワットしていたが、「暑苦しいから飯食ってる時ぐらい大人しくしてろ」と八尋に言われ、今は健児の横で大人しく座っている。


「で、どっからがウソ? それとも夢の話だったりする?」

「だから本当なんだって。ほら、見ろよこれ」


 悠真は家を出る前に撮影しておいた沙希の部屋の写真をみんなに見せた。


「うっわ、なんだこれ⁉」

「台風でも通ったみたいな荒れようだな」


 健児たちは写真を見ると一様に驚いた表情をした。

 写真には、机の上に並んでいた参考書やノートが床に散らばっている光景が写し出されていた。本棚はぐちゃぐちゃで、紗季のお気に入りのぬいぐるみたちも、部屋中を好き勝手にお散歩しているように見えてしまうほど、あちこちに吹き飛んで横たわっている。

 ……ベッドのシーツが乱れてるのは、ただ沙希が興奮して暴れてたせいだけど。


「これは片付けるのが大変そうね……」

「帰ってからのことを考えると憂鬱で仕方ないよ」

「がんばれお兄ちゃん。応援だけしてるわ、応援だけ」


 悠真は八尋に同情されるように肩をぽんぽんと叩かれる。


「でも沙希ちゃんの部屋って元々汚いんじゃなかったっけ? 悠、いつも掃除してくれないって愚痴ってたじゃん」

「そりゃそうだけど、さすがに普段はここまで酷くないって」

「汚いことは認めるんですね……」


 事実なだけに咄嗟とっさ擁護ようごもできず、悠真は誤魔化すように苦笑する。


「そういうワケだから、今日は放課後はすぐ帰るつもりなんだ。もし暇なやつがいたら、手伝いに来てくれたっていいんだけど……なあ、健児」

「なんで俺だけ名指しなんだよ。でもわりぃ、今日は塾の日なんだ。とてもとても行きたいところだがそういう事情があるから今回はご遠慮させていただこうと存じます」

「めっちゃ早口じゃん」

「いつもは塾なんて行きたくねぇーって言ってるくせにな」

「おい仁、そういうことは俺にテストの点で勝ってから言えよな」

「ぐっ……どうしてこんなチャラチャラしてるやつが俺より成績いいんだ……教えてくれ、大腿四頭筋だいたいしとうきん……」

「どこに聞いてんだよ」


 水上お得意の筋肉芸にみんな吹き出した。

 そんな彼らとは別に、写真を食い入るように見つめている澪依奈の姿があった。


「どうかしたか、鷹嘴」

「……いえ、なんでもないです。早く片付けが済むといいですね。もし人手が必要なら言ってください。業者を手配しましすので」

「業者って……。そこまでする必要はないから」

「壁紙の張替や家具の新調まで、なんでも言ってください」

「それはもはやリフォームでは?」

「…………」

「……な、なんでもないです、ごめんなさい……」

 健児のツッコミに澪依奈が無言でニッコリと笑いかける。

 表情こそ笑ってはいるが、まるで氷のような冷たさを秘めていた。

 ……これは、お嬢様特有のジョークなのだろうか。


「鷹嘴さぁ、なんか俺と悠とで態度違いすぎねえ?」

「やめとけ健児。外見だけはいいお前のうさんくささはもうバレてるってことさ」

「そうそう、健児くんはもっと寡黙にしてればいいんだよ。外見だけはかっこいいんだから」

「そうなんだよ俺外見だけはほんとイケてるから……って誰が外見だけだって⁉」


 ノリツッコミをしながら、健児は声のした方を振り返る。

 そこには、丁度屋上へやって来た沙希と朋花が立っていた。

 沙希は「やっほー」と手を振っていて、横では朋花ともかが少し緊張しながらも小さく会釈だけした。

「なんだ沙希ちゃんか。ならば許す。俺は寛大だからな」


 健児は二人を迎えるべく立ち上がると大きく両腕を広げる。

 まるで俺の腕に飛び込んでおいで、と言わんばかりだ。


「八尋さーん、授業疲れたよー」


 だが沙希はこれをガン無視。

 健児を華麗にスルーし、八尋の胸の中へと飛び込んだ。


「わたし体育きらいー」

「おーよしよし。がんばったがんばったー」

「沙希ちゃん、たくましくなったなぁ……」


 親離れする娘に対する父親のような感想をつぶやきながら、その場に崩れ落ちる健児であった。

 健児と悠真は中学の頃からの付き合いなので、健児は沙希ともかなり親しい。

 悠真が初めて沙希を紹介した時は沙希が少し怯えていたが、今では軽口を言い合えるほどの仲になっている。


「沙希ちゃん、私のくからここ座っていいよ」

「大丈夫ですよ八尋さん。――健児くん、お願い」

「おうよ。仁、ほれ」


 パッと立ち上がった健児が仁に声を掛ける。

 仁が健児の意図を察して立ち上がると、二人は少し離れた場所にあるベンチを持ち上げて、悠真たちが座っているベンチと隣合うように置いた。


「どうぞ、お姫様。ごゆるりとお過ごしください」

「うむ、苦しゅうない」

「……どうも」


 ベンチに腰掛けると沙希と朋花は膝の上に弁当を広げる。

 二人に鷹嘴が話しかける。


「初めまして、ですね沙希さん。私は藤代くんのクラスメイトの鷹嘴澪依奈です。よろしくお願いします」

「わわっ、これはご丁寧にどうも……! 妹の沙希です。で、こっちが友達の――」

「和泉朋花です。よろしく、お願いします……」


 人見知りな朋花は、初対面の澪依奈に対し緊張しているようだ。

 朝、下駄箱で悠真に対し啖呵を切っていた人物と同じとはとても思えない。

 悠真に対してだけ非常に当たりが強いのは、沙希曰く、「ともちゃんに認められているから」とのことだが、一体自分の何を認められているのか、悠真はよくわかっていない。


「鷹嘴先輩のことはよく聞きます。学校でも外でも有名人ですし、お兄ちゃんからも時々話を聞きますよ」

「お、おい沙希っ」


 澪依奈は慌てる悠真を横目でじーっと見つめた。


「……藤代くんが私の話を? どんな風に話してくれているのか、 ぜひとも詳しくお話を聞いてみたいですね」

「鷹嘴先輩と同じクラスになったこととか、ほかの男子によく声を掛けられているところを見るとかですね」

「……事実をありのまま言ってるだけだ」


 悠真は努めて平然と言った。

 澪依奈は「へぇ、そうですか」と呟きながら、やや口角が上がっていた。

 八尋は「ふーん……」となぜか不貞腐れ気味に、悠真の顔をじーっと見つめている。

 ゲラゲラ笑い転げている健児の背中を叩きながら、悠真は弁解し始めた。


「な、なんだよ。こっち見るなっ。別に普通だろ、学校での出来事を話すことぐらい!」

「席が隣になったことも、この前話したんですよね」

「ちょっ……!」


 ――やめてくれ朋花、これ以上話を広げないでくれ……!

 またしても八尋が「ふーん」と言いながら悠真をじっと見つめる。そのまま視線が悠真に突き刺さって貫通しそうなほどだった。

 悠真はただ耐えることしかできなかった。


「とても気になりますが、これ以上は藤代くんが可哀想なのでやめてあげましょう。ところで、許可もなく呼んでしまっていたのですが、沙希さんとお呼びしてもいいですか?」

「もちろんです! じゃあ私も、はっしー先輩って呼んでもいいですか?」

「ふふ、あだ名で呼ばれるなんて滅多にないので、なんだか嬉しいです。ぜひそう呼んでください」

「きゃー! ありがとうございます、はっしー先輩!」


 仲良くなりたい相手にはあだ名を付けて呼ぶのが沙希の友達術だ。

 より特別な関係っぽいでしょ、とは本人談である。


「和泉さんのことは、朋花さんとお呼びしても?」

「……あ、はい。好きに呼んでもらって大丈夫です、鷹嘴先輩」

「はい、よろしくお願いしますね」


 朋花の人見知りを察してか、澪依奈は自身の呼び方は強制しない。

 鷹嘴はやはりよく人を見ているなぁ……と感心する悠真だった。

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