第4話 届いた手紙は

『どうしても伝えたいことがあります。修行中ということを充分承知の上で、お願いします。一度、こちらに戻って来てもらえませんか?』


 カイルにそんな内容の手紙を送ってから、数日が過ぎた。


 彼が今どこにいるのか、そしてそこが、ここからどれくらい離れた場所なのか、私にはわからない。

 だけど、セバスチャンが言うことには、隣のルドウィンよりは遠いにしても、手紙が届くまでに掛かる時間は、せいぜい一日くらいだろうってことだった。


 彼からの定期報告が届き、セバスチャンに私の手紙を託してから、もう六日も経ってるのに。

 未だ、返事は届いていなかった。



「どうしたんだろう? 私の手紙、まだ読んでくれてないのかな?」


 つぶやいて、部屋の窓から空を見上げ、大きなため息をつく。

 カイルのことだから、きっと、すぐに返事をくれると思ってたのに。



(もしかして、何かの手違いで、手紙自体が届いてないのかも!)



 そう思って、セバスチャンにも確認したんだけど。

 伝書鳩的役割を担ってくれてる小鳥さんからは、ちゃんと届けたって報告を受けてるらしい。



 カイル……ホントにどうしちゃったの?

 あなたの性格からして、自分宛ての手紙を、何日も読まずに放っておくなんて、あり得ないはずでしょ?


 しかもそれが、返事を求めるような内容だったら、絶対、そのままになんかしておかない。……ううん。しておけない人じゃない。



「まさか、病気とか……怪我しちゃってて動けない、なんてことじゃないよね?」


 不安が口をついて出て。

 私は慌てて、発した言葉を打ち消すように、思いきり首を横に振った。



 ダメ! 縁起でもない!

 そんな不吉なこと、考えちゃダメだってば!


 ……きっと、忙しいんだよ。

 毎日忙しくて、ヘトヘトで……。

 手紙を読む気力すらない、とか……そーゆー理由で……。



 ……ホントに?

 ホントにそんな理由?


 どんなに疲れてても、ヘトヘトでも、私からの手紙を読まずに放っておくなんてこと、彼に出来ると思ってるの?

 あんなに真面目で誠実な人が、自国の姫からの手紙を、数日読まずにいられると思う?


 そんな……そんな適当なこと、絶対出来るはずのない人じゃない!



 ……だったら、どーして?

 なんでカイルは、すぐに返事をくれないの?



 涙が溢れそうになっていたところに、ノックの音が響いた。

 私は反射的に両手で目元を覆い、指先を左右に動かして涙をぬぐった。


「姫様、入室してもよろしいですかな? 書状が届いております」


「えっ!?」


 一気に期待で胸が膨らみ、返事もしないままドアへと駆け寄る。

 ドアノブをつかんで回し、体当りするかのように大きく開け放つと、私は興奮して訊ねた。


「ほんとっ、セバスチャン!? カイルから返事が来たのっ!?」


「ピョッ!?……は、あ……。いえ、あの……」


 びっくりして固まってるセバスチャンの肩に手を置き、強く揺さぶる。


「ねえねえっ、そーなんでしょっ? カイルからの手紙が届いたんだよね!?――ねっ、ねっ? そーなんだよねっ!? ねえったらねえっ!!」


「いっ……いえっ、それが――っ、その……っ。……おおおっ、落ち着いっ――てっ、くださいっ、ませっ、……ひ、姫さ――っ、まっ」


 ガクンガクンと前後に頭が揺れてるセバスチャンに気付き、私はハッとして両手を離した。


「ごっ、ごめんセバスチャン! つい、夢中で……」



 あー……。

 確か数日前にも、似たようなことしちゃってたっけ。

 興奮すると、一瞬周りが見えなくなっちゃうんだよなぁ。


 ……ハァ。

 ダメだなぁ、ホントに私ってば。

 反省しなきゃ……。



「ひ……姫様……。あの……た、大変申し上げにくいのですが、本日届きました書状は、カイルからではなく……。その……ギ、ギルフォード様からのもの、でございまして……」


 ちらちらと顔色を窺いつつ、セバスチャンから告げられた言葉に、心が凍りつく。


「ギ……ギル……から?」


 やっとのことで声を絞り出した私の前に、折り畳まれた、上質そうな紙が差し出された。


「はい。たった今、私の部下が運んで参りました」


 私は沈黙し、震え出しそうな両手を胸元で固く握り締めながら、目の前の手紙をじっと見つめる。



 そこに書かれている内容が、どんなものであるかはわからない。

 でも……どんな内容であれ、私がギルではなく、カイルを選んだという事実からは、逃れられない。

 気持ちが定まってしまった以上、私はギルに、そのことを伝えなきゃいけないんだ……。



「――姫様?」


 セバスチャンの声で、我に返る。

 私は両手でその手紙を受け取ると、胸元にギュッと、抱き締めるように押し当てた。


「ありがとう、セバスチャン。……それから、悪いんだけど……しばらくの間、一人にして?」


 力なく笑って、返事を待たずにドアを閉めた。



 ごめんね、セバスチャン。

 ここに書いてあることが、どんなことであったとしても……私きっと、泣いちゃうから。

 ギルのこと……ギルに伝えなきゃいけないこと考えたら、絶対、泣いちゃうと思うから。


 ……だから、ごめんね?

 今は……今だけは、一人にして……。



 深く、長く息を吸い込み、そしてまた、ゆっくりと時間を掛けて吐き出すと。

 私はギルからの手紙を開き、書かれている内容を確認した。

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